第73話 ライムのOld Enough
「マゼンタ、出来上がりが貯まってましたよ。急いでね。鼎も困ってましてよ」
「はーい」
お座なりに返事してマゼンタは両手を上げて頭の後ろで手を組んだ姿勢でキッチンカーへ滑っていった。
そんな時に俺は気づいてしまった。川合さんの隣で久米くんが、シアンさんに促されてキッチンカーへ戻るマゼンタを目で追っていることに。おろ。
シアンさんが川合さんに近づいて軽いカーテシーで挨拶した。両手でスカートを軽くつまみ、ききあしを半歩後ろに下げてお辞儀をしながら膝を軽く曲げていく。
「ディッシュアップのシアンです。何かありましたら、お呼びくださいな」
「すいません、美鳥とは姉妹ですか? 三つ子とか? あまりにもそっくりなんで」
興味深々に川合さんはシアンに聞いていく。
「嬉しいことを言ってくれますの。ふふふ、そういう事にしておいてくださいな」
唇に指を当てて、シアンは微笑む。彼女がするとミステリアスな感じになる。流石に大人の色気が隠せません。
口には出せないけどね。
「これからもウチの美鳥をお願いします。川合さん」
シアンは振り返って、
「後はよろしくょ、ライム」
そのまま、滑っていってしまう。煙に巻いたな。
そうしたら、俺は気づいてしまった。
久米くんが今度はシアンを目で追っている。
どうもライムは気づかなかったようで、エプロンのポケットから伝票を取り出しながら、川合さんに話しかけている。
「まったく選りに選ってGなんて、ここは食べ物扱っているのですから…」
ライムは、プンプンしながらも、
「ご注文は何にします? 歩美」
「お勧めって、なんかある?」
「歩美の好きそうな甘い系だと、ワッフルサンデーかなあ」
まだ覚えたてなのか、頬に指をつけて上目でメニューの話をしてる。
「久米くんは、甘いのよりグリルチキンとかグレービーかけのビスケッツなんてどう」
「えっ、あっ、おっ」
いきなり、振られて久米くんがアワアワしてる。そりゃシアンのお尻を追っかけ見てればねえ。
「「どこ見てたの」」
見なさい。2人に怪しまれてる。
「ごめんなさい。琴守さん… ごめん、ライムさん綺麗だし、赤い人も青い人も綺麗だなぁって、三つ子たっだんだ。知らなかったよ」
しどろもどろで、言葉に力がないよ。それにダメでしょ。川合さんもいるのに、そんな事言っちゃあ。
「もう、お褒めに預かりありがとうございます。で?ご注文は?」
「ほら、早く決めちゃお」
ほら見なさい、2人とも気分が落ち気味だよ。
「じゃあ、僕はライムさんのおすすめで」
「私もワッフルサンデーでお願い」
それを聞いて、伝票に書き込んでいく。通常の店内であれはハンディだっけポータブル端末に入力すれば、いいのだけれど、屋外という事で手作業でやっているんだ。
「すいません。メニュー表の番号もお願いします」
特にライムは初心者という事でオーナーの守道さんがアドバイスしてくれた通りにしてる。
「おふたりさま、お飲み物はどうしますか?」
「私、アイスコーヒーで」
「僕、コーラで」
あっ、川合さんの目が大きく見開いた。
「お、お、おふたりさまぁー」
「違うの?」
見る見るうちに川合さんの頬が紅潮していく。
「僕は…」
バシン、バシン、バシン」
久米くんが声を出しかけたけど、川合さんに背中をなん度も叩かれて、話せていない。
「もう、オーダー受け付けるね。後、お二人でどうぞ」
バシン
「痛い、痛い。川合さん、痛いからやめて」
「おふたりだって、うふふ」
「………」
川合さんの勢いにライムも引き気味になっている。それでも俺の方へ向いて、
「一孝さん、どうでした? 上手くできたと思います?」
「復唱、忘れてるよ」
「あー、しまったぁ」
ライムは広げた手で顔を隠してる。
「ごめんね、歩美。注文頼んでくるから待っててね」
そうして踵を返すとスタコラっと、キッチンカーへ走っていってしまった。照れ隠しだね。
俺も自分の役割をしないとね。でも、その前に、
「川合さんありがとね。付き合わせちゃって。今の接待って初めてなんだよ、美鳥のやつ」
「そうなんだ。私が初体験の相手なんだね」
うーん、言い方がねえ。
俺は屈んで、川合さんの耳に口を近づけて、こしょこしよと
「一応、言っとくと、シアンさんは彼がいる。マゼンタも彼氏持ち。美鳥は、俺は負けるつもりないから。久米くんはよろしく」
川合さんは俺の顔を凝視してから久米くんに視線を動かすと、微かに首肯した。
「わかった。頑張る」
小さく呟いた。
「じゃあ」
俺も他のテーブルの片付けをはじめた。
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