第40話 美鳥です。女の子の闘いでもあるんです。

 まず、私は机の上にある黒いジャー容器を手に取る。蓋を開けて指先につけてから額、頬、顎、鼻に少量ずつ載せていく。

これはUVケアプライマー、紫外線対策とお肌の小さい凸凹をなくしていくもの。お外に出る時は日焼け止めクリームも使うのだけれどう今日はしない。スポンジを取り出して肌の中心から外側へ薄く伸ばしていく。

次はファンデーション。今日はパウダータイプを使う。リキッドとかもあるんだって。

ここで胡蝶様からストップがかかる。


「美鳥さんは、赤くなっているところがありますよ。ニキビの初期ですわね」

「どうしたら良いのでしょうか?」


 私が聞くとすぐ、違う容器を出してきた。


「こういう色味を消すのがコンシーラー。目のクマを消すのもこれなんですよ」

「どうするんでしょう」

「ファンデがパウダーとリキッドて、塗る時が違うのよ」


 同じではないのかと疑問に思ってしまう。


「ファンデがパウダーの時は先に塗るの、で色味を消すのね」

「はい」

「でもリキッドで先にコンシーラーを塗るとファンデがよれて浮いてしまうのよ」


 確かに間違えたら大変なんですね。


「今日はパウダーだから先にキュッキュッで、はい消えました」

「ありがとうございます」



 続けていくことにする。パウダー容器からパフにつけて片方の頬から滑らすように馴染ませていく。やはり内から外に。額、頬、顎と順番に滑らせてから、ムラがないか鏡で確認していく。


「ここからはパフを半分に折るとよろしくてよ」

「はい」


 目の縁、小鼻へ馴染ませていく。


一通り終わってからもう一度ミラーで拭き残しやムラを見ていく。よかった、ないや。この後は目の周り、


「今は、校内ですから抑えめでいきましょう。美鳥さんアイラインを描くのは初めてでいらっしゃる?」

「先日、一度してみました」

「どのように?」


 アイペンシルを取り、頬に手をつけて描いていくふりをする。


「行儀は気にせず肘も机につけましょうか。ブレが少なくなりますから」


 流石に先輩です。経験がものをいいます。


「ほんとはまぶたを引っ張るのだけれど、それは後日。目の縁に沿って書いていただける」


 黒目の端から目のカーブを薄くなぞっていく。そしてインライン、まつ毛とまつ毛の間を埋めていく。見下ろすように鏡を見ているから変顔を見てしまう。お兄ぃには見せられません。


「次はアイシャドウですけど、どういたしましょう。先ほどのラインの上にブラウンを薄く載せても良いのですけど?」

「しっかりとやってみたい、お願いします」

「よろしくてよ。右目は私くしがいたしますので、習って左は美鳥さんが」


 胡蝶さまはアイシャドウのパレットをとりベースカラーをブラシにつけ右目のアイホールに載せていく。ブラシを変え、濃い色を目の際のラインに細く載せていく。また、ブラシを変えて中間色を載せてグラデーションを作っていく。偶に左目で胡蝶様を見ると真剣な眼差しでしてくれている。ブレがないんだ。


「さあ、美鳥さん。次はあなたが」


 私もブラシを取りパレットの色をつけていく。片目だとなかなかブラシの位置が定まらない。躊躇してしまう。


「焦らない。焦らない。力を抜いて慎重にそして大胆に載せていきましてよ」


 初めは見づらいし指が動かないけど、お兄ぃを瞼に浮かべてブラシを動かしていく。


「初めての割に素晴らしくてよ、その調子で」


 お褒めのお言葉を貰っちゃいました。目の際に濃いラインをつけていく。指が震えるのは気力で押さえつけた。ミディアムカラーを別のブラシで載せてグラデーションができた。


「美鳥さん、目を閉じてくださいな」


 顎先をゆっくりと動かされて左右のアイホールを見られているのを感じる。


「お見事です。左右とも同じ具合のグラデーション、よく出来ていてよ。後は練習あるのみ」


 私は目を片方づつ開いて閉じてしながらしか瞼の具合が見えないからか、よくわからなかった。


「次はアイブロウ、眉ですね。学校では剃るのは禁止されていますから、パウダーペンシルを使っていきますわよ」 


 瞼と同じように右目を描いてもらい、


「パウダーで柔らかい直線で書いていくのですね。足りないところをペンシルで1本1本書いていく。さあ左は美鳥さんですよ」


 左目は私が描いていく。鏡で左右逆になっているものだから描きにくいよ。


「大丈夫、パウダーでぼかすから多少は誤魔化しが効きます。ブラシでチョイちょいとね。はい、よくできました」


 これは家に帰ってから特訓しないと。


 次のビューラが1番気になっていた。やはり怖いんだね。くるんとしたまつ毛はキュートだけど。


「さあービューラを使ってみましょうか、最初は根本までつけて瞼を挟まないように小刻みにギュッ、ずらして真ん中を同じように、またずらして毛先とグッグッグッと手首を返すようにしますね、では美鳥さんやって見ましょうか」


「えっ、いっしょにやってぇ、お姉ちゃん」


 しまった。失敗した。やらかした。今は家から出て単身、大学に行ってる姉に話してるつもりになってしまった。顔が熱くなる。

 胡蝶さんの雰囲気が変わった。そして一言、


「お姉ちゃん?」

「いえっ、すみません。私、姉がいるんですが、間違って同じ口調で話してしまいました。す、すみません」


「美鳥さん、もう一度、'お姉ちゃん?' って呼んでいただけますか?」


 胡蝶様が手を合わせて、私に懇願してきた。私は口に出してみる。


「お姉ちゃん」


 胡蝶様は手を握りしめ、目を閉じている。眉尻が下がっているような。そして、カッと目を見開き私をみて、


「美鳥さん! 私の妹になりなさい」


 あまりな話に驚きながらも


「えっ、私には実の姉が」


 でも、胡蝶さんは止まらない。


「学校内だけで良いから、お願い。わたしにも弟がいるんだけど『クソ姉貴』だぜぇ」

「胡蝶様、言葉遣いが」


 崩れてる。


「憧れてたんだな、『お姉ちゃん』これからそう呼べって」

「こ」


 頭の文字だけ口に出したんだけど、


『お姉ちゃん!』


 念を押されてしまった。

 でも、実の姉はいるんだ。


「お姉様で…」

「まあ、宜しいでしょう。これからはそれでお願いね」


 残りの2人が呆気に囚われていた。


 胡蝶様、いえお姉様は


「続けきしてよ。その前にコームでまつ毛を整えて」


 と専用コームで睫毛を漉いていく。そしてビューラを手に取るとわたしの右目に近づけて瞼を挟まないように慎重にまつ毛を挟む。


「美鳥、痛くはありませんか?」

「はい、大丈夫です」


「では」 

 睫毛の根元まで差し込まれたビューラが睫毛を巻いていく。上へ少しズレると再び、そして毛先までカールしていく。


「美鳥、鏡を見て見なさい」

「うわぁ、クルンクルン」


 鏡に映るのは綺麗にカールしている睫毛を持つヘイゼルの瞳。いつも見ているはずなのに違うの。いいの。キュートなの。下の睫毛も同じようにして頂いた。


「さあ美鳥、やってごらんなさい」


 ビューラを受け取りおっかなびっくりまつ毛を挟んでいく。


「そうそう、そんな具合、ギュ、ギュ、ギュですよ。意中の方を思いながらどうですか。見ていただけますよ」


 俄然やる気が出ました。お兄ぃどうって聞いてみるんだ。


「美鳥さん、なかなか良いものをお持ちなようで、お見事です。これも練習あるのみ、美しいは1日にして非ず」

「次はマスカラですね。これも初めてなんです」

「ではね、ダマにならないようにティシュにつけて調整して根元からスッと上にひくようにしていくの」

「こうですか」


 教えてもらった通りにしてみた。


「そうそう」


 クルンのカールした睫毛が際立ってメイクにもピッタリなナチュラルな仕上がりになりました。


「唇はリップクリームを滑らすように、そうそう、そしてリップグロスを重ねていくの」

「うわあ、艶々」


 ハリウッドミラーに映る唇をみて感動した。


「美鳥さん、ここまで頑張ったあなたへの贈り物ですわ」


 お姉様は口紅のパレットを取り出すとリップを塗ったプリップリのより少し濃い色を小指の先につけて、唇のキューピットボウの下、窪みに載せてくれた。


     カシャ 

 

 音がした方へお姉様が顔を向けた。


「貴方達、何を撮影しているのかしら?」


 原田様と生駒様かスマホを構えて、先程から撮影していた。


「いえね、あまりにもてぇてえーな絵画あるものだからつい」

「つい」

「もう仕方ありませんね、身内だけですよ」


 のちにスマホがウィルスに感染。画像がネットに拡散して、ひと騒動起きてしまった。


 出来上がりをわたしのスマホに撮影してもらった。今後の見本にするつもり


「さあ、美鳥さんお行きなさい。是非ともお見せしたい殿方がいらっしゃるのでしょう。さあ」

「でも片付けが」

「私たちも貴方に刺激されたのでしょう、自分の化粧をし直しますから、お気になさらずに」


「お姉ちゃん、ありがとう」


 胡蝶様は目を見張る。そして微笑んだ。

 わたしは教室を出て階段を急いで降りていく。途中、何人も振り返り見ているのはわかったけど気にしない。

 お兄ぃのところへ行くんだ。荷物を取りに自分の教室へ。ドアを開けると…いる。椅子に座ってぐったりしている。なんか疲れたのかな?


「お兄ぃ」

 

 お兄ぃは私を見てくれた。見開いた目が何もかも語ってくれる。


「どこの天使かと思ったよ。いや女神かなぁ。綺麗だよ。美鳥」


 わたしはお兄の胸に飛び込んだ。上目づかいに、お兄ぃの顔を見上げる。


「どう、いい女になったかなぁ」

「ああっ、確かに。惚れちゃぃそうだ」


 涙は気力で抑える。マスカラが流れるから。


 手をお兄いの背中に回してギュとした。


「お兄ぃ、大好き」


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