第25話 自分の声を知っている人は多くない。

簡易キッチンで電気ケトルがポコポコなっている。

気を失った美鳥が起きた時のためにお湯を沸かしている。


「お兄ぃ、美鳥ちゃんのほっぺぷにぷにぃ」


 居室にあるベッドの上でコトリが美鳥の頬を突いているのだろう。


「美鳥で遊ばない。起きた時にバレたら大変だよ」

「だって、ぷにぷにぃのすーべすべなんだよぉ。いいなあ」

「コトリだってほっぺぷにぷにだよ」

「ありがとうね」


 自分が小さかった時と同じ姿を見るという体験をして美鳥は気を失った。今はベッドに寝かせている。

着ているウールコートを脱がすのは、いろいろと触ってしまいそうでできなかった。

コートの下は黒色コットンのプルオーバーに紺緑のタータンチェックのスカート、濃い色のタイツもそう。皮のショートブーツを脱がすぐらいしか出来なかった。コートと同色のベレー帽は枕元に置いてある。

 

ベッドの縁に腹ばいになってコトリは美鳥の目を閉じた横顔を鑑賞している。お触りもしていたりする。

 電気ケトルがゴーと湯が沸騰することを告げる音を出してきた。


「髪の毛もサラサラだし、長いよねぇ。お兄ぃも長い髪は好きですか?」


 コトリはキッチンにいる俺の方を見て聞いてきた。


「長い髪の毛は好きだよ。すごく女の子って感じがするんだよなぁ」

「じゃあコトリも伸ばすかなぁ」


 そういえば美鳥がおかっぱ頭を止めて伸ばし始めたのはコトリぐらいの背格好からだった。

コトリはシーツに広がる美鳥の髪を触ったり、指にくるくると巻いてみたりと遊んでいた。俺と同じでコトリは美鳥の体は触ることはできるんだ。そのうちに、


「あれぇ、目を開けてる。お兄ぃ、美鳥ちゃん起きたよ」


コトリが声をあげてきた。


「そうか!」


 簡易キッチンを離れ、美鳥の様子を見に行く。

 見ると美鳥は未だベッドで横になっている。目線だけを俺に向けている。


「美鳥、起きたのか?、気分どう?あたま、はっきりしてるか」

「あなたたちの話は気にさわるし、やかんの音は煩いし寝てられない」

「ごめん、ごめん。悪かったよ」


 いきなりプンスカしているところを見ると大丈夫そうだな。

そうしていると美鳥はすぐ側にいるコトリへ顔を向け、いきなり聞いてきた。


「ねぇお兄ぃ、この娘、誰?」 

「うっ」


俺はいうのを躊躇った。だけど、コトリも美鳥の顔をのぞきこんだんだ。


「うわぁ、美鳥お姉ちゃんの目、綺麗だね。黄色かなぁ、そうだ金色に見えるよ」


 美鳥が視線でコトリを見た時に丁度、お互い見つめ合う形になったようだ。

 上手く話を変えてくれた。


「貴方の目の色も同じでしょ。金色に見えるよ。そうだね。貴方は私なんだから」

「そうだよ、コトリは美鳥だもんねぇ」


 コトリは嬉しそうに答えている。


「わかってたのか?」

「インターフォン越しに声を聞いた時は、あの粘土フィギュアがお兄ぃの部屋にまでいると勘違いしてたの。お兄ぃの部屋まで来てドアを開けたら小さい時の私がいた。驚いたよ。すごく驚いたの。鏡で見るか、撮ってもらった写真でしかみられない自分がいるのだから」


美鳥は顔の前に手を持ってくるとひらひらと手を返して見出す。


「よく見たら、手や足が透けているのよ。ゾッとして意識が飛んだけどね」


 美鳥は上体を起こし座り直すと顔を近づけていたコトリの顔を両手で挟み自分の顔に近づけて見始めた。


「鏡では、いつも見てたけど3Dで見るとちがうねぇ。こんな感じなんだ」


 美鳥はコトリの顔をを上下左右に動かして観察。


「美鳥お姉ちゃん恥ずかしいよぉ。やめよ、ねぇやめよ」


 コトリは頬を染めつつ抗議し始める。


「ねえ、お兄ぃ」


 どんな質問が来るのか、生唾を飲む。


「私の……私の声って、こんな感じなのかな。自分で聞くとキンキンして頭に突き刺さってくる感じなのだけれど、意外と低いというか、ソフトというか」


想像が外れてホッとした。そして素直に、返事を返すことができた。


「美鳥の声は優しいよ。耳の中にフワッって入ってくるんだよな。心地よいというか俺は好みだな」


 ポッと頬を朱に染める美鳥。コトリは両手で耳を押さえてクネクネしてる。

俺は以前TVで聞いたことを思い出しながら、


「自分の声って頭の骨の中を通って耳に入るって聞いてる。声が高く聞こえるんだって。ということは、俺は自分の声か実際にどう聞こえているかはわからない」

「そうか!お兄ぃが知らない声を私は知っているのね。お兄ぃの声って私の鼓膜を心地よく震わすのよ。聞いててドキドキしてくる。好きなの、お兄ぃの声が」


 俺も頬が熱くなった。


 

 しばらく無言の時間が過ぎる。するとカチンと音がした。電気ケトルのお湯ができた後、中の空気が冷えて容器が音を出すんだそうた。恥ずかしくて話題を変える。


「そういえば、美鳥。今日は何のようなんだ?」

「あっ」


 小さな呟きが聞こえた。


「そうだったわね。ママからメッセージを頼まれたの」


 美鳥はコートの内ポケットを探って、メモらしきものを出してきた。


「これを渡してと、言付けもあるのよ」


 赤い名刺サイズのメモだ。折ってある。開いてみのと銀のマーカーで、


’来なさい'


の4文字。


「明日の夕飯は、こちらで用意するからって。否はなしだって」


 2人でその赤いメモを見る。


「赤い紙なのは何でかな」

「召集令状だって。アカガミって言ってた」

「ふるぅ」

「なんかその時のドラマを見てたみたい」

「そうなんだね」


「私もきて欲しいよ」


 耳まで赤くして恥ずかしそうに美鳥は告げてきた。

俺も耳まで熱くなっていく。


そんな事をしていると、


「私も混ぜて!2人の世界作らないでよぉ」


 俺と美鳥の間に割り込んで手をバタバタするコトリさんが現れた。


「私をもっとかまってよぉ」


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