第4話 春咲く蘭菊 その2
「ふんふん これわかるかぁ 教えてやろかぁ」
コイツは教科書を覗き込み、こちらを見て盛んに話しかけてくる。授業中なんで奇行する訳にもいかないから、無視をすることにした。
したのだけど、このフィギュアは美鳥に似ている。長い亜麻色の髪といい、アーモンド型の目の形といい、金色と間違えてしまいそうなヘイゼルの瞳といい。美鳥に対して冷ややかな目で見ないといけないかと思うと切ない。
「無視するなよな」
そんな言葉を聞くと精神がゴリゴリと削られる。
ごめんな、美鳥。なぜかお前が泣いている顔が浮かんでしまう。
午前中の4つの授業はかなりの苦行になってしまった。休憩時間もチャイムが鳴るとやるせなくてトイレに駆け込んで隠れていた。こんなこと繰り返していたらクラスの子らと話できてない。怪しい奴認定でボッチになる。どうしたものか。
午前中の最後のチャイムが鳴った。昼休みだ。
「やったー!飯だ。仕出し弁当頼むぞ’松'だ」
粘土フィギュアは両手を上げて笑顔で言ってるが知ったこっちゃない。
俺の入った高校には食堂がある。なんとカフェテリア方式。2年前は利用する前にドロップアウトしたから使い方をおしえてもらうフリをして、美鳥の話ができるかもしれない。
そうしていると教室の前側の出入り口で立っていたのを見つけたから、呼ぼうとしたのだがプイッと顔を背けて、他の子と出ていってしまった。
無視するなんて仕打ちをしている後ろめたさから諦めて、1人で行くことにする。廊下の案内板、看板を頼りに食堂まで辿り着いた。
明かり取りの窓が全面ガラスで大きく取っているから明るい雰囲気で食べられそうだ。自分で選ぶにしては疲れ果てていたから、今日選んだのはカレー。ちなみに辛めのビーフでした。
テーブルは既にほとんど埋まっていたから窓際カウンターの空いているところに移動した。
途中、友達たちとテーブルでパスタを食べている美鳥を発見した。窓際まで行くのに近くを通ることになるのだが話に夢中で気付いてはくれない。まあ、談笑していたから友達関係も上手くやっているのだろうと安心した。前はボッチで俺の後をくっついていたからなぁ。
思った通り美味しいカレーに満足して教室に帰ると、
やはり奴はいた。
「おい、弁当まだか。持ってきてくれないのか」
しゃがみ込んで指先で机をグリグリしていじけている。
「おまえ食べられるのか?」
しまった話しかけてしまった。無視を決めこようかとしていたんだが。
「そういうのは気分なんだなあ」
「おまえなぁ」
食堂に聞いて持ち出しできるのなら、目の前で食べてやる。羨ましがらせてやる。
暫くすると美鳥たちが帰ってきた。俺の方に近づいてきた。
「クラス委員の琴守です。昨日のホームルームであなたがゴミ係に決まりましたので、今日からお願いします」
と告げてすぐ踵を返して席に行ってしまう。なんか冷たい。幼馴染というのは儚い夢だったのかなと考えてしまう。
後をおって美鳥の方を見ると、丁度こちらに視線が向いていたのだが、ざまあーみたいな顔をして、すぐ顔を背けてきた。これがしょっぱい対応かあ。
さあ、午後の授業だ。眠気との戦いだ。
粘土フィギュアよ美鳥のような顔をするのはやめてくれないか。辛すぎる。
美鳥、お前と普通に話をするのはどうしたらいいんだ。教えてくれ。
● ● ● ● ●
◇ ◇ ◇ ◇
現国の先生が授業を進めている。前を向いている筈なのに後ろにいるお兄ぃの顔もわかるの。
「ふんふん これわかるかぁ 教えてやろかぁ」
誰かじゃない、こいつがお兄ぃに話しかけている。
お兄ぃ、私じゃないからね。そんな嫌そうな顔しないで、ゴミでも見るような目で見ないで。お願いなのおー。
先生の言葉は何も耳に入らないし、ホワイトボードの文字も意識できないよぅ。
「じゃあ、今日はここまで」
「………」
「クラス委員?」
「はっ、起立、礼、着席、ありがとうございましたぁ」
もう、だめだめ。
気落ちしながら振り返ってお兄いを見たんだけど、いない。教室を見渡したけどいなかった。どこ行ったんですか?
「琴森さん、キョロキョロして何か探してるの?」
「えっ!なんでもないの、ごめんね」
「ふ〜ん。…私のことは歩美で良いよ」
「私も美鳥で」
「じゃあ、美鳥。確か風見さんだっけ、今日から来た人。気になるノォ?
ドキッ
私は目を見張ってしまった。動揺すれば、何かと追求されちゃう。
「まだ、顔も認識できてないのに、うー、何もないよう。歩美から見てどう?」
「背が高くてスマートだったよ。髪は短め、いかにもスポーツマンって感じ」
「ふーん」
「ふーんって、美鳥は好みではないの? それと2つも歳上、でも大人って感じじゃなかったね。やんちゃ坊主?かなぁ。私の好みからも外れるなぁ」
「歩美のお好みは?」
歩美は人差し指を立てて、
「内緒」
私も同じく、
「な、い、しよ」
二人して、から笑いしました。
「いけない、いけない。次の授業はじまっちゃう! お花摘みに行きませんこと?」
「御同伴させていただきます」
落ち込みかけてた気分が和らぎました。ありがとうね歩美。
次の授業が始まったけど、辛かった。お兄ぃはこいつを無視することにしたらしい。
話しかけられても無視していた。
でもね、見えるの。そんなことしてるお兄ぃの顔、無表情なんだよね。止めて見たくない。
私はお兄ぃとお話がしたい。少しぐらい羽目を外して笑いたい。お兄ぃの笑顔が見たいし、私の笑顔も見せたいんだよ。
そんな苦行の授業が終わる。号令の後、振り返るといない。後ろのドアが閉じる音が聞こえただけだった。
次の授業も同じて忍耐力がゴリゴリ削られて行く。とうとう4限目の途中で切れちゃった。
「無視するなよな」 は、私の心の声でもあるんだよ。
授業が終わり昼休みになって歩美が一緒に食べないかと誘ってくれた。後で聞いたけど顔に表情がなくて見てられなかったって。丁度お兄ぃがこちらを気にしているのに気付いたけど落ち込みすぎてお兄ぃの顔を見返すなんてできなかったんだ。
絶対に元に戻って笑顔でお話しするから待っていてね。今はごめんなさい。
そして歩美の同じ中学の日野さんと水野さんと4人でテーブルを囲んだ。昨日のネットとかテレビの話しで盛り上がって、私の心も盛り上がった。笑顔も戻ってくれたと思う。本当に歩美には感謝しかない。
気力いっぱい、これなら笑顔でお兄ぃに会える筈と教室に戻ったんだけど、だけど教室でおにぃの顔が見られなかったの。また、あの無表情で見られるかと怖くなってしまった。
せっかくだよ、お兄ぃの顔が見られるのに。すべてを奥にしまいこみ、仕事、お仕事とフラットに話したの。
「クラス委員の琴守です。昨日のホームルームであなたがゴミ係に決まりましたので、今日からお願いします」
こいつが下の方から見ているのがわかる。返事を待たずに振り返って自分の席に戻ってしまった。お兄ぃ、お話ししたい。どうすればよいのぉ。おしえてよお。
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