第9話(4)悪夢の復活

「なに?」


「探していた……器を」


「器だと?」


 用心棒がゆっくりと起き上がり、自分の服を指でつまむ。


「この体も悪くはないが、あくまで他に比べてマシという程度だったからな……」


「な、何を言っている?」


 用心棒は立ち上がって呟く。


「器の他にも探しているものがあった……それがまさか二つ同時に見つかるとはな……」


 用心棒は俺と桜を指差す。


「え⁉」


「わ、私たちが探しもの……?」


「さて……」


 用心棒は俺と桜に向かってゆっくりと近づいてくる。


「む……」


「どちらにしようか……」


 用心棒は俺と桜を交互に指差す。俺は身構える。


「く、来るな!」


「ふむ……」


「ええ⁉」


 用心棒が桜に指を差し直す。女神の姿をした桜が戸惑う。


「女神になれるほどだ、我の魔力を許容出来るほどの器の持ち主であろう……」


「ま、魔力⁉ まさかお前は……⁉ いや、そんな馬鹿なことが……!」


 ティッペが信じられないといった反応を示す。


「女、ありがたく思うがいい……!」


 用心棒の体から禍々しい煙のようなものが噴き出し、ひと固まりになったかと思うと、桜の体へと一気に流れ込む。


「!」


「や、やめろ!」


 俺はわけも分からず、煙のようなものを斬ったが、まるで手応えはなかった。


「無駄だ……」


「なっ⁉」


「この女の体は我が頂いた……」


 桜が低い声で呟く。


「さ、桜⁉ な、なんだ、その声は⁉」


「サクラは乗っ取られたっぺ!」


「の、乗っ取られた⁉ 誰にだ?」


「魔王だっぺ!」


「ま、魔王だと⁉」


 驚く俺にティッペが説明する。


「その昔、『虹の英雄だち』の活躍によって、世界征服を企む魔王軍は滅ぼされたっぺ……」


「ふん、そういう風に伝わっているのか?」


「え? ち、違うっぺか?」


 桜の体を乗っ取った魔王の問いかけにティッペが首を傾げる。


「奴らといえど、我を完全に滅することは出来なかった」


「な、なんと……」


「もっとも奴らと女神の強大な力を以って封印されたがな、忌々しいことに……」


「封印……」


「その封印を解くのになかなか手間取った……近年ようやく外に出ることが出来た。ただし、器を使わなければ満足に動くことも叶わんがな」


「そ、そんな……」


 ティッペは愕然とする。


「……しかし、今、我の力に耐えうる器と、我の望みを叶えられる特殊スキルが同時に手に入った。神などクソ喰らえだが、今だけは感謝してやってもよい……」


 魔王は胸にそっと手を当てながら、ニヤリと笑う。


「くっ……」


「スグル!」


「な、なんだ⁉」


 俺はティッペの方を向く。


「まだ魔力が完全には戻っていないはずだっぺ! 今なら間に合う! 勇者の力で魔王を打倒するっぺ!」


「し、しかし、元の肉体は桜なのだぞ⁉」


「そんなことは分かっているっぺ! ……そこら辺は倒してから考えるっぺ!」


「な、なんてことを言うのだ!」


「ふん……心配には及ばん、貴様の力では我は倒せん……」


「な、何を……⁉」


「きょ、虚勢を張っているっぺ!」


「虚勢などではない……我が不覚を取ったのは、『虹の英雄たち』の七人が一同に会している時……赤髪の勇者一人で何が出来るというのか?」


「む、むう……」


 ティッペが押し黙る。代わって俺が声を上げる。


「そ、そんなことはやってみなくては分からない!」


「ふん、足が震えておるぞ?」


「う、うるさい!」


 魔王が自らの手のひらを見つめる。


「……この女神の力で一気にケリをつけてもよいのだが……今我はすこぶる機嫌がよい。面白いものを見せてやろう……はあ……!」


「‼」


 魔王の姿が美しい女神から大きな毛むくじゃらの大男に変わる。


「あ、あれは⁉」


「し、知っているのか⁉」


「その昔、魔王とともに猛威を振るった、『七色の悪夢』が一角、『茶色の魔人』だっぺ!」


「な、なんだと⁉」


「グオオッ!」


「ごはっ⁉」


 魔人の振るった拳を喰らい、俺は後方に吹っ飛ばされる。


「ス、スグル⁉」


「ぐっ……なんという力だ……」


 俺はなんとか立ち上がり、魔人の様子を伺いながら距離を詰め直す。


「グム……」


「だが、力だけならば対策の取り様はある……」


「……フオオッ!」


「⁉」


 俺は驚く。魔人が姿を変え、灰色の鎧を身に纏った騎士となったからだ。ティッペが叫ぶ。


「あ、あれは⁉ 『七色の悪夢』が一角、『灰色の魔騎士』だっぺ!」


「な、なんだって⁉ そんなに瞬時に変化出来るのか⁉」


「……フン!」


「どわあっ⁉」


 騎士が振るった剣から炎が巻き上がり、俺はそれをまともに喰らってしまう。倒れ込む俺の目に、桜の姿に戻った魔王が映る。魔王が手を握ったり、開いたりしながら呟く。


「……確かに魔力がまだ本調子ではないな。今日はこんなものにしておこうか……」


 魔王がその場から去っていこうとする。俺は顔を上げて声を絞り出す。


「ま、待て……さ、桜を返せ……」


「ほう、まだ生きていたか……よかろう、そのしぶとさに免じて今日は見逃してやる」


「ぐっ……」


「我はかつての居城で待つ。この女を取り戻したくば、そこに来るがいい。来れるものならな……はーはっはっは!」


「く、くそ……」


 低くはあるが、紛れもない桜の声で高らかに笑う魔王の声を聴きながら、俺は気を失う。

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