ワイ、30歳無職がお見合いをした結果
加糖のぶ
第1話 30歳無職はお見合いをしますンゴ
◆
カポーン
庭園のように大きな庭、ししおどしの音が二人だけの静かな空間に鳴り響く。
「……」
その時節聞こえるししおどしの音が気にならないほど――ワイこと
「ニコニコ」
目の前には自分とは一生縁のない世界の住人である絶世の美女と見間違えるほどの女性がワイのような下等種にニコニコと微笑みを咲かせ、覗き込むように見てくる。
その女性は淡く紺色の浴衣姿に透き通るかの如く綺麗な黒髪をポニーテールにまとめた髪、どの男性が見ても二度見するであろう巨――プロポーションの持ち主。
「……っ」
笑みを向けられただけで浄化されそうになり、焦りと緊張から尿意が押し寄せる。
お互い畳の上に敷かれた座布団に座っているはずなのにやけに相手が大きく見える。
目の前にいる女性の名前は
なんでも「橘」という名家の跡取りの女性だそうで絶対に自分とは縁もゆかりもない。
そんな女性と30歳無職のワイは「お見合い」をしていますん。
嘘だと思うけどこれまた現実なのが恐ろしく、美人局というレベルではなくワイの臓器でも狙っているのではと疑心暗鬼。
悲しいかな、だってそれしか自分には取り柄がないから。
緊張が一向に冷めない中ここまでの経緯を思い返す。
◇◇◇
ワイこと松村賢司は30歳無職のオワコンオッサーン。
約十年間の引き篭もりで定職に就かずゲーム三昧の毎日を過ごす親の脛齧りであり、絶賛「魔法使い」に退化した者でござる。
二十歳を超えた我が妹様には会うたびに蔑んだ目を向けられてそれがまたたまらん!
ま、定職に就かない無職とは言っても仕事はこなす……「自宅警備員」だけどw
ワイが常日頃から気をつけていることは一つ。親から家を追い出されないかどうか。
ネットの知識だけど兵糧攻めやら自分が出かけた隙に家族が家から消えるなど色々と出てきて怖すぎンゴ。
そんなビクビクと怯える日々と格闘し何事もなく変わり映えのない生活をしていた昼下がり。
飲み物をとりにリビングに寄った時、三日ぶりに顔を合わせた親、ママーンからありえない話を語られ。
『賢ちゃんにお見合いの話が来ているの。この機会にお見合い、してみない?』
ハローワークに行けという催促だと思っていたがどうも違うようで。
ちなみにワイのママーンは茶髪に年齢を感じさせない可愛い系の若作り――訂正。若いママーン。若い頃は相当モテたとか。
自分はそのママーンと渋面のパパーンの容姿を受け継ぎルックスは良い方。
ただし不衛生な生活から髪はボサボサ、無精髭は自由奔放に伸び、ダサ面に変身。
太らなかったことだけが救い。
『……ハハハ。母上、面白い冗談を』
『本当だよ?』
ワイが「お見合い」だと?
何かの間違いか勘違いだとは思ったが、話を聞いてみた限りどうも本気らしく……相手側から是非会ってほしいとお願いされ……。
相手はパパーンの仕事先のお偉い方に加え、今まで散々迷惑をかけてきたママーンから頭を下げられてお願いされたら断れない。
どうせ断られるのは目に見えているけど行かないという選択肢はなく、決心した。
『……いくよ』
『本当! 賢ちゃん偉い!!』
ワイの言葉にママーンはパッと笑顔を咲かせ、抱きついてくる。
イヤではないが、30歳を超えた自分が実の母親に抱きつかれていると思うと……こう、あれだ、あの、萎える……。
『それじゃ、今から向かうから車に乗ってね!』
『……wats?』
聞いてみると「お見合い」は今すぐに行うらしく、ワイの許可を得たらすぐ向かう寸法だったそう……巧みな罠。
そのせいかボサボサの髪に無精髭を伸ばし、十分な準備が成せないワイはダボダボのスーツ姿で戦場に向かうことに。
『賢ちゃん、乗りなさい』
あ、実の父親であるパパーンにも「賢ちゃん」と呼ばれている30歳無職です。はい。
車に乗ったワイはもうこの際これも良い機会と思い「久々の新鮮な空気を吸って笑われに参る!」とやけになっていた。
こんな惨めな自分に優しい両親に恥をかかせてしまう事を忍びないと思いながら。
・
・
・
『着いたぞ、降りなさい』
『……でっ、か』
車が停車し、降りた。
口から出た言葉はそんな幼稚な言葉。
パパーンの稼ぎのお陰か自分の家はかなり大きく裕福だと思っていた。それは事実。
それでも目の前に広がる広大な庭園ともよべる庭にそれに似合う和風の豪邸。
スケールがかけ離れすぎていて、自分がこの豪邸の跡取り娘と「お見合い」をすると思うと鼓動が逆の意味で激しくなる。
そうこうしていると黒服の団体がこちらに歩み、代表と思われる優しさの中に貫禄が見えるお爺ちゃんが腰を曲げ。
『ようこそお越しくださりました。私、橘家使用人長を務める
柏と名乗るお爺ちゃんの案内の元豪邸に足を踏み入れる。
黒服をぴっしりと着こなし、所作がとても綺麗で皺のある顔で微笑む姿が孫思いのどこぞのお爺ちゃんを連想させる。
情けないことにそんな優しそうなお爺ちゃんの案内の元でも人見知りが激しいワイは両親の背後に隠れるように着いていく。
『おお! これはこれは裕二と明美さんよく来てくださった!』
大広間らしき和室に通されたと思った矢先、突然大柄の男性が背後に美人を二人引き連れ声をかけてきた。
『元気そうで何よりです。今日はこのような場を設けてもらってありがとうございます』
『息子のためにありがとうございます』
両親が揃って頭を下げ、挨拶をすると大柄の男性はニコニコと笑い、背後の女性陣も柔らかく微笑む。
『何、構わん私と君たちの仲だ。それに娘きっての頼み事の上、君の息子君は――背後にいるのが息子君の賢司君かな?』
『は、ひゃあ!?』
突然自分の名前を呼ばれたことでパニック。
両親は普通に対応をしていたけど、自分は人見知りと怠惰な私生活からくる対人スキルの劣化からか変な奇声を上げるばかり。
自分を自分で心底情けないと思ったことはこの先ないだろう。
『ははは! すまない驚かせてしまったな。賢司君は人見知りだったな。裕二から聞いていたのにこれは失敬』
なのにその男性はこちらの無礼を軽く笑い飛ばし、自分が頭を下げてくる。
『い、いいヘ。あにょ、ありがちょうごじゃい、まっす……』
その器の大きさに感銘を受けるも支離滅裂な言葉しか返せないワイとは一体……。
男性の背後にいる女性達は笑いもせず真剣にこちらの話を聞いてくれる。
正直、大人にもなって泣きそうだった。
されるがままに和室に通され、両親と腰を下ろした。
『――では、自己紹介と行こう。私の名前は
大柄な男性橘さんが話す中、自分はただママーンに手を握られ無心で聞いていた。
『――御紹介に上がりました通り私、橘千早は松村賢司様と結婚を前提にお付き合いしたく、お見合いの話を持ち掛けました』
気づいたら橘両親の紹介は終わり、なぜか腰を下ろした自分に三つ折りでもするかのように絶世の美女がこちらに頭を下げる。
それに「結婚」て……な、何か返さないと……。
『い、あの。う、うぅ』
言葉が見つからず、背後にいるであろう両親に助けを求めるが……。
『若い者同士、二人で話し合うと良い。邪魔者の私達は隣の部屋にいる』
気を遣ってくれたのかは知らないが、橘さんがそう話すと自分と橘千早さんを残し、足早に去る。
『ニコニコ』
『……っ』
そして、現在へ。
◇◇◇
ま、まずいでござる。まずいでござる。いや、おふざけとかじゃなくて本当に……誰か助けてクレメンス……。
そう思っても誰も助けにはこず。
「賢司様」
「ひゃい!?」
突然の名前呼びに怯える。
沈黙が長すぎたことで相手側が呆れたと思う一方、両親に悪い事をしてしまったという思いで頭がおかしくなりそう。
「お外、一緒に歩きませんか?」
それは自分が想定していなかった内容。
※注 この作品は友人のお題で一話書いたものです。続きを書くかは分かりません!……とか宣っていましたが、私情で書くことに( ; ; )
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