ある国を救った英雄の後日譚

鷺島 馨

【前編】

 英雄譚の締めくくり、その殆どは『めでたし、めでたし』だ。

 そんな英雄譚に憧れていた俺は聖女様のもたらした神託に従ってこの国に攻めてきた魔族を討ち倒した。

 英雄譚の通りであれば王様から褒賞を貰うとか、お姫様を娶るとか、一緒に魔族討伐をした聖女様と結ばれるとかそういった結末を迎えて『めでたし、めでたし』となる筈なんだけど……


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 俺が王城に戻り魔族を討ち倒した事を報告すると王様は『良くやった勇者よ』と言った。


 勇者だなんてとんでもない話だ俺は攻めてくる魔族の一領軍を討ち倒しただけで、魔族領に侵攻してその全てを打ち滅ぼした訳じゃない。

 そんな事をすれば全面戦争になる事が分かっていたからこそ王様も俺に侵攻してくる魔族の討伐だけに留める様に言ったんじゃないのか?

 魔族からの侵攻その全てを解決できていない俺は勇者などと言われる程のもんじゃない。それを分かっている人たちは俺を英雄と呼んだ。

 むず痒さはあるが悪い気はしなかった。


 それなりに出費もあったから報奨金くらいは貰えるかな? そんな思いがあったのだが王様は謁見の間にいる俺に向かって『下がってよい』と言い放たれて俺は謁見の間から出て行く事になった。


 衛兵に先導されて城外に出るまでの間に聞こえてきた『復興費の捻出が……』『宝物庫から売れるものは全て……』という声から察するに復興費すら捻出できない状況らしい。て、どこの復興だ? 襲われた街も集落も見なかったけど。

 この状況で『報奨金が欲しい』と言えるようであれば俺は英雄と言われるような行動をとっていなかっただろう。

 それなら『お姫様との結婚』をと思うだが、この国にお姫様はいない。だから『お姫様を娶ってハッピーエンド』という物語のような展開も望めない。

 報奨金なし(大赤字)、お姫様との結婚もない。神託の聖女様とお近づきにもなれない。これは一緒に旅をしているうちに早いうちに諦めた。聖女の能力が処女性によるものだったからだ。もし俺が聖女様に手を出したらそこで聖女じゃなくなる可能性があった。

 だからかなぁ、魔族領に入る前に最後の集落で聖女様を残して単身で魔族領に行く事にしたのだった。

「はぁ、聖女様にお願いして当面の生活費くらい貰えないかなぁ……」

 結果を言えば、聖女様に取り次いでもらう事もできずに装備品の一部を売ってこの街を出る事にした。


『救国の英雄』なんて呼ばれている俺が生活費を工面できずにいるなんて英雄譚に憧れる子供達には見せられない。そうだろう?

「何処か、俺の事を誰も知らない街に行こう」

 俺はそう心に決めて街の門を潜った。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 数ヶ月後。


 俺は半ば絶望に近い感情を持って魔族領に足を踏み入れた。

 街を出る事を言わずに出てきたのがマズかったのか、いまの俺は国から追われる身となっていた。

 別に悪い事をした訳でもないからおおっぴらに懸賞金がかけられている訳じゃないけど単身で魔族を撃つ事ができる俺の能力は脅威と判断された。


 その結果、国に呼び戻されるのであればそれに応じた(と思う)。それなのに王国は俺を脅威として排除する事を選んだ。

 ある街に入ってすぐに衛兵に槍を突きつけられた。

 あの時は聞き入れてもらえなかったが弁明も試みた。あまりの殺意の高さにその場をあとにした俺は衛兵に追われる事になった。

 それからずっと街道を避けてようやく辿り着いたのが俺が討ち倒した魔族の領地・スガラパスアだった。


 最初に向かったのは前線の砦。

 俺が宝剣の能力を借りてその機能の半分を破壊した廃墟のような場所だけど雨風は凌げると考えたからなんだけど。

 砦に辿り着いた俺は疲労感から崩れる様に倒れ込んだ。


「起きてください、忌まわしき新たな領主様」

「んあっ……」

 太陽を背に寒風を遮る位置に立つ頭に羊みたいな角を持った女性? 少女? いや、幼女が白い髪を陽の光に煌めかせて仁王立ちのままアホな事を言っている。誰だよ領主様って、ここの領主は俺との勝負に敗れて死んだはずだ。


「いや、ここの領主は死んだんじゃないのか? それにあんた誰?」

「領主様はそこに居る」

「ん? どこに居るの」

 ビシッと突き刺したその子の指は俺の方を指していた。後ろに誰かいるのか?

 振り返ってみたけど誰もいない。

 幻でも見てるのか? それともヤバイ薬でもキメてるのか? そう考えると逆光で顔の分からない幼女に胡乱な視線を向けてしまっていた。

「なんですか、その目は」

「いやぁ…… 見えないものが見えてるのかと思ってな」

「見えないものなんて見えてない」

「あ、はい……」

 表情は分からないのに、なぜかもの凄く不機嫌にさせてしまったようだ。

 なんかスマン。

「それで、忌まわしき新たな領主様のお名前をお聞きしても?」

「えっと、その忌まわしきナンチャラって、ひょっとして俺の事か?」

「あなた以外誰が居るっていうのかしら?」

「誰か、その辺に隠れて…… あ、いや、ナンデモナイです」

 言い逃れようとする俺にギラリと鋭い視線を向けてきた幼女の圧に負けて正座をしてビシッと背筋を伸ばしちゃった。てへ! (うわっ、気持ち悪い……)

「以前の領主を討ち倒したあなたが新しい領主様。本当に忌々しい事だけど」

「いやいやいやいや! 意味がわからんぞ! なんで、俺がそれで領主なんだ!!」

「領主が一対一の戦いをして敗れた。なら、その全ては勝者が引き継ぐのが決まり。だから人間、あなたが新しい領主様。忌々しい事だけど」

「俺に領主をやれってのかよ…… 平民出の戦う事しかしてこなかった俺に領主が務まるはずがないだろ? それならアンタらで領主を選んだ方が……」

「それなら新しい領主となる者があなた、領主様を殺す必要があるけど」

「御免なさいぃっ! 私がぁ、領主でっすぅ!!」

 命を差し出せなんて言われたら領主でもなんでもする。恥も外聞もないと俺も思うけど仕方がない。そうだろう?


「では、改めまして忌々しい領主様。私は前領主スガラパスアの娘、プールカラ。そしてあなたの伴侶となる者」

「なんで!!??」

「プールカラにあなたを殺す力は無い。それでもスガラパスアの領民は私が守らなければいけない。だから私を差し出す。交換条件としては悪く無いはず」

「いやあ、幼女はちょっと……」

「誰が幼女か!?」

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