リンランの旅戦記 〜幻精の最弱男装姫君は、水精の最強女騎士と東方を目指す〜
Meg
プロローグ 最強と最弱の出会い
「うわさのオンディーヌを味わってやろうぜ」
エメラルドの森の奥、緑の
ゴツゴツした
「さぞや美人なんだろうな。どうやって従わせる?」
「なあに。この
一人の男が、トゲトゲした岩の塊のような拳を胸の前で構えた。
ここは人と精霊が交じり合った国、シアラミーレ。精霊の血筋を持つ人間は、特殊な精霊の体質か、特殊な霊力を持つ。
男たちは岩の拳を構え、カーテンをめくりあげる。
空色の湖が目に入った瞬間、なにが起こったのか認識する前に、男のひとりの首から血が噴き出た。
「え?」
木に囲まれた湖の水面から、スッと鋭く尖った白い金属が突き出されていた。
残された者が岩の拳を構えると、水面からザバっと人が飛び出た。ニィッと笑う大きな口、日焼けした細身の身体、後頭部で束になった透明の髪。青く丸い目。
小柄な少女だった。握っている
「ひぃ」
怯んだ男のみぞおちを足で思いきり蹴り上げ、倒す。
少女はやれやれと槍を地面に突き立てた。
「クズ男トラップの味わいはどうよ? オンディーヌだの歌姫だの好きだよなあ。てめえらみたいなフィジカル系は」
くるりと湖に身体を向け、美しい声で歌ってみせた。水面の上を歩きだす。
背後の木の裏から、岩の拳を構えて突進してくるもうひとりの男に、気づく様子もなく。
岩の拳が少女の肩を粉々に砕いた。水しぶきをあげ、彼女は湖に落ちる。
「へ、へへ。どうだ。
「……んー微妙」
歌うような声に、男は目を開いた。
ふっと水面に大きな魚のような影が浮かぶ。影はスイスイと走り、槍とともに例の少女がバシャリと飛び出した。砕かれた肩は、水の塊がまとわりつき、再生している。
「獲物狙うなら相手の学習しとけ。オンディーヌは
パキンと、少女の肩が凍った。
少女は背後に冷気を感じ、振り返る。
口ひげの初老の武人が、腕をかざしてやってきていた。
「そのへんにしなさいオンダ」
「邪魔すんなよ師匠。いいとこだったのに」
少女、オンダは男をしこたま蹴っ飛ばして気絶させてから、槍を落とした。武人の師匠が手を握ると、オンダの肩の氷も溶ける。
まあ、師匠は
師匠は背後に憂いを帯びた表情の少年を連れている。
「誰そいつ?」
少年は上目でオンダを見上げた。
闇夜のような黒い髪。死者のような青白い肌。柔和で整った顔立ちは、ほかの者と比べて彫りが浅い。時折具合悪そうに
少年の細い肩には、小さなピエロの人形が座っている。オンダの二の腕くらいの背丈。くるくるの金髪に青く丸い目は、なかなかかわいらしい。
オンダがギロっとにらむと、人形は怯えて少年の髪の中に隠れた。ぶるぶる震えながらつぶやいている。
「リンラン、怖いよ」
その名を聞いて、ピンと来た。
「あ。そいつリンラン?」
「こら。なんと無礼な」
「構いません。慣れております」
視線を落とし、大人びた口調で少年は言った。
黒髪の弱っちい王子のうわさは、無骨者のオンダでも聞いたことがある。
亡くなった母は、東の果てのリンラン出身。ほかの者と容貌が違うことから、周囲から奇異の目で見られ、好奇や
師匠は咳払いをした。
「オンダ、今日からおまえは殿下の護衛になれ」
「はあ? なんで?」
「修行の一貫だ。今この方を守る者が必要なのだ」
「ふざけんな。クズ男トラップの時間なくなっちゃうじゃん」
鍛錬の時間が削られてしまう。せっかく相手にしやすいフィジカル系を誘いこみ、経験値を上げられる実戦場を作ったのに。
鍛え続けなければ弱くなるのに。
最強にならなければならないのに。
師匠は腕を組み、ひげをなでながら大まじめに言う。
「まあ聞け。結論から言う。おまえはアホだ」
「んだとジジイ」
「アホのおまえが一人前の戦士になるには足りないものが多すぎる。それを殿下を守ることで養いなさい」
オンダは顎をあげ、リンランを見下した。
なよなよしたリンランは、怯えているピエロ人形と同じように、怖がって師匠の背中に隠れた。
わけがわからなかった。時間の無駄としか思えない。
のちに命を預けあう仲になるなんて、思いもしなかった。
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