第9話:十階

 学生ライセンス所持者の魔石の買い取りが認められていないのはそうだが、探索者個人同士の魔石の譲渡は学生じゃなくとも全探索者内で禁則事項だ。



「なんだけど、別の誰かが倒したことによってドロップした魔石を拾うだけなら別にお咎めないのよ。これが無いと荷物持ちのバイトは立ち行かないし、そもそもダンジョン全域を監視するのは不可能だからね」



 お金を渡している現場を直接抑えられない限りは問題ない、と語る三好さん。確かにグレーではあるけど、一応見咎められることはほぼ無いのか。



「具体的にはどうするんですか?」

「匿名掲示板で換金する側の探索者を探して、取り分の条件と日時と集合場所を決めたら当日落ち合って別々に同じダンジョンに潜って、君がエネミーを倒したら魔石は無視して立ち去って、その後を付いていった換金係が魔石を拾って、指定した時間になったら指定した場所に集まってお金を渡して解散。そんな感じだね」



 取り分……確かに、換金する側だってボランティアでやってる人はいないか。バレたら何かしらの罰則が下される可能性だってあるし……そうなると、俺がもらえる金額という面ではそんなに多いわけではなくなるな。


 ただ、換金する側も労せずしてお金がもらえるわけだから……半々くらいから交渉していけばいいのか? 仕方ないが、まあもらえるだけありがたいということだろう。



「現行だとえぇと……ここだね。結構アングラなとこだから、注意書きとかよく読んであまり余計なこと言わないでいれば大体大丈夫なはずだから」



 古風でしょ、と三好さんが笑う。昨今はSNSが主流で匿名掲示板はかなり廃れてきた文化と聞くけど……だからこそ逆に、ってことか?



「三好さんもここで学生探索者の助けになってるんですね」

「いや私は全然。友達が参加しててね、あたしの稼ぎに協力してーって言われたのを思い出したのが半分、苦境の学生さんを応援したいっていう先輩面が半分、ってとこかな。ここを利用したことは無いけど、あたしも貧乏だったからね」



 見ず知らずの学生にこんなに詳しく色々説明してくれる……本当に親切な人だ。母さんが倒れた不幸があったが、それと共に親切な人に会ってこうして稼げる機会を得た。こういうのを捨てる神あれば拾う神あり、って言うのだろうか。


 今日早速……いや、そんなに急だと反応してくれる人がいないか。来週だな。



「三好さん、色々ありがとうございました。来週さっそく試してみます」

「照れくさいなぁ、いいよいいよ。ほんとにグレーなことなのは間違いないからちゃんと見つからないようにしなね。あたしはしばらくこの辺で稼いでるから、頑張ってね」

「はい! そちらも頑張ってくださいね」



 じゃあねー、と手を振る三好さんに背を向けて奥へ向かって駆けだす。今日は良い日だ。探索者としての門出は順調、今後は頑張って稼がないとな。











「どうだった? 釣れた?」

「大当たりだね、将来有望どころか即戦力だよありゃ」

「それは何より」












 『支配の塔』、9F。


 三好さんと別れた後も順調に階層を踏破していき、最初のボス部屋である10Fに繋がる星門を前に再び軽い休憩を取っていた。



(10Fのボスはエリートオーク……)



 非致死性ダンジョンのボス部屋は、同時突入した人数に応じて敵が強化される。耐久力が増えるのは言わずもがな、頭数が増えたり、行動パターンが変化するパターンもある。でも1人で潜っている俺の場合は最低戦力だ。


 エリートオーク1体。ようするにVRダンジョンで彰吾と一緒に倒したそれと変わらない。



(その時との違いは彰吾がいないことと、この謎の力だが……)


 今の方が単純比較した戦力としては圧倒的に上だろう。それくらい今の身体能力……推定ステータスが高い。


 原因に思い当たる節は無いが、推測はなんとなくできる。



(母さんは日常の中で魔力が体内に大量に蓄積した結果体調を崩した。それと同じで、日常生活で俺の体内に魔力が蓄積した結果が俺の奇妙なステータスなんじゃないのか?)



 日常の中で濃い魔力に近くに寄った覚えはないし、魔力の濃い地域で長く過ごした人間の初期ステータスが高いっていう話も聞いたことが無い。だが素直に考えればそうなるだろう。



(よくわからないけど、検査とかしてもらった方がいいのか……?)



 現状俺に起こっているのは、推定だがダンジョン内でのステータス増加。日常生活に何か支障が出ているわけではないし、ダンジョン内で損に働いているわけでもない。


 折角ダンジョンでお金を稼ぐ手段にも目処が立ったところ。母さんに変な心配をかけたくもないし、俺の診療費だってかかる。何か悪い症状が出てきてからにすればいいだろう。先に稼げるだけ稼いでおきたい。


 でも……もし症状として表に出ていないだけで何かあったら。そんな漠然とした形の無い不安が頭にこびり付く。


 母さんもそうだが、もし俺が倒れたら恵里が一人残されてしまう。それは本当にまずい……かといって検査したとして、万一それがきっかけに俺が入院でもしたら……。


 でも……しかし……。



(……ちょっとでも体調が悪くなったら、すぐ病院に行こう。そうしよう)



 浅はかな考えなのは自覚している。でも、今俺が少しでも稼がないと、後でもっと大変になる。そんな言い訳を自分に課して、10Fに繋がる星門を潜った。




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