ありふれた闇に呑まれゆく

@6LD

第1話:日常

「得点は?」

「今の討伐分で終わり! あとは潜るだけだね」

「タイムは残り15分。これなら間に合うな」



 VR練習用ダンジョン:ランダム生成危険度7、制限時間120分、規定人数以内、得点8割以上で最奥に到達。学生用探索ライセンスの得られる必要条件。


 ライセンスを取得するために彰吾と二人で近くのVRダンジョンに、日曜日は必ずと言っていいほど足繁く通い始めたのが1か月前。5度目のチャレンジでようやく突破を果たそうとしていた。



「ルートは?」

「あと行っていないのはこの道だけだ。危険度7ならこれ以上ギミックは無いはず」

「おっしゃ!」



 ダッシュで来た道を駆け戻る。エネミーは全て討伐済みであり、マッピングも済んでいるので迷う心配は無い。


 最後の道を駆け抜ければ、すぐに階層移動のための門を見つけた。その色は間違いなく、最終層へ続くことを示している星空模様。別難易度では何度も見たものではあるが、改めて見ると感慨深い。


 門を起動し通過する。赤みが増した壁面を自身の目で直接見たことがあるのは、星空模様の門を見た回数と同じだけ。


 すなわち、それは最奥のボス部屋。部屋の中央に立つこれまでの階層までに出てきたものと比べて一際巨大な豚と人を掛け合わせたような怪物が、獲物を見つけたと言わんばかりに鼻を鳴らす。



「練習通りに」

「おっけー、いっちょやろうぜ!」



 レベル7最終層ボス、エリートオーク。制限時間は残り12分弱。事前のシミュレーションでの所要時間は最速で7分42秒。練習通りにやれば必ず勝てる。その自信を元に5層で拾った棍棒を握りしめ、一気呵成に殴りかかった。








「突破おめでとうございます。それではこちらが、学生用探索者ライセンスとなります」

「「ありがとうございます!」」



 8分と少しで首尾よくエリートオークを撃破しクリアしたことで無事7層を突破した俺たち2人は、規定通りに探索者ライセンスを受け取ることが出来た。俺の狙っている就職先は高ランクの探索者ライセンスを持っていれば有利になるというのもあったので、3年になる前に取れて何よりだ。



「ライセンスを活用するにあたっての注意書き等はこちらの資料にまとめてあります。活動するにあたっての禁止事項なども記載されておりますので、こちらは必ず熟読をお願いいたします。また毎週日曜日に開催されております探索者用ガイダンスが行われており、こちらも必ず受講をお願いいたします。ライセンスの方にガイダンスの受講記録が付けられ、この記録が無い場合は探索を行うことが出来ません」

「わかりました」

「はーい」



 受付を後にしてその足で近くの牛丼屋へ向かう。休憩を挟んでいたとはいえ約5時間もVRダンジョンに潜っていたこともあってヘトヘトだし、お腹も空いた。



「いやー遂にやったな!」

「彰吾のおかげだよ、ほんとありがとうな!」

「馬鹿いえ、とどめを刺したのもモンスター討伐数もお前の方が多いだろ!」

「罠の解除やルート発見はお前だよ!」

「じゃあ、二人のおかげってことで!」



 お冷で乾杯し箸と話を進める。彰吾との腐れ縁ももう2年になろうとしている。1年の時の俺に、隣の席のやつと一緒にダンジョンに潜ってライセンス取ってるぞなんて言っても信じないだろうな。



「ふう、ごっそさん! んじゃ、いつも通り俺の奢りってことで」

「毎度言ってるが……俺だってバイトしてるんだし、ちゃんと払うぞ?」

「いいのいいの出世払いで、ライセンス取れたから卒業したら金稼ぐビジョンも明確になったろ? 払った金額はちゃんと記録してあるからなぁ、ちゃーんと後で返してもらうって!」

「お前は細かいな……ありがとな」

「いいのいいの、親を楽させてやんなよ」



 省吾は親が大企業に勤めている裕福な家庭の出で、一年生のときに俺に金が無いことを知ってからは度々奢ってくれるようになっていた。本当に、ありがたい友人を持ったと思う。稼げるようになったらいの一番に返さないとな。






 翌週日曜日に講習会を受ける約束を取り付けて帰路につく。交通費がかからないからと選んだ学校にほど近い、木造のレトロな一軒家。



「ただいま!」

「お帰り、惠太ー」



 いつも通りの挨拶と、いつも通りの返事。リビングに入るといつも通り、テレビを流しながら料理をしている母さんがいた。



「お風呂沸かしてあるから、先に入ってきなさいね」

「恵理と母さんは?」

「もう入った後よ」

「おっけー、てかこれ見てよ母さん!」



 もらったばかりのライセンスを見せると、びっくりしてすぐ笑顔になってくれた。



「それ、ライセンス? ってことは受かったのね、おめでとう!」

「ありがと! 高校卒業したら稼ぎまくって、A級探索者になって母さんに楽させてやるから!」

「ありが、げほ、げほ!」



 母さんがまた咳をした。俺が中一の時に父さんがモンスターに殺されて、それからは昼にパートで働いて一人で俺と恵理を育ててる。俺も高校に入ってからは近所の定食屋でバイトさせてもらってお金を入れて負担を減らしてるけど……それだけで賄えるわけでも無いから、母さんの体調は心配の種だ。



「母さん、大丈夫?」

「ええ、平気よこれくらい。さ、お風呂入ってきなさい。あがったら恵理も呼んできてね、ご飯にしましょ」

「おう……皿洗いとかはやるからさ、ちゃんと休んでくれよ」

「ふふ、ありがとね」



 でも、それも1年の辛抱だ。俺が高校を卒業して就職すれば、その給料で母さんは働かなくて済む。育ててくれた恩はちゃんと返さないとな。


 そう、この時の俺はそう思ってたんだ。

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