ダンボールの中に悪役令嬢が入ってた

空伏空人

第1話

 小さなダンボールを覗き込んでみると、犬が2匹、僕を見上げていた。

 小型犬の兄妹。

 彼らが家族になることはすぐに決まった。


 両親がなにやらブリーダーとの間で契約書を書いている間、僕はずっと犬を抱えていた。兄の方だった気がする。

 家に帰る車の中、両親に「犬はまだ慣れてないだろうから、勝手に触らないように」と忠告を受けた。


 しかし当時の僕は、今以上に子供だ。7歳ぐらいだ。

 ペットショップで色々と用意をする両親を尻目に、車に残った僕は、ダンボールの中で眠っていた犬を驚かさないように気をつけながら、慎重に、手を伸ばした。


 僕の手に気づいた犬は、鼻をひくひくと動かしてから指を舐めた。

 だから僕は、家族の中で一番最初に犬を抱えて、一番最初に舐められたってこと。

 犬はずっと舐め癖が治らなかったけれども、僕は治そうなんて一度も思わなかった。なにせ、あまりにも愛おしかったからだ。


 どうして急に犬の話をしたかといえば、高校の帰り道でダンボールを見かけたからだ。

 犬2匹が入っていたぐらいの大きさのダンボール。

 朝通ったときはなかったから、きっと昼の間に誰かが置いていったのだろう。


「懐かしいな、なんだか」

 僕はあの時のことを思いだしながら、何気なく、ダンボールの中を覗きこんでみた。


「じいっ」

 ダンボールの中には。

 煌びやかな貴族少女が詰まっていた。


 貴族なんて言葉、現代日本において使う機会なんてないと思っていたが、彼女は『貴族』と称するのがピッタリだった。

 金色の長髪。

 染めたものではない、天然の金色だ。

 陶磁器のような、すべすべとした白い肌。

 赤色の、絢爛豪華なドレスを身にまとっている。

 気の強そうな、ツンとした目で彼女は僕をじっと見つめている。


「捨て貴族?」

 奇妙な光景に、口に湧いた言葉をそのまま吐いた。

 貴族が捨てられている。

 なかなか言える言葉ではない。


「どうして貴族なんかがここに?」

 我ながら奇妙なセリフだなと思うが、こうとしか言いようがなかった。

 ぱちぱちとまたたきしていると、さらに奇妙なことに気づいた。


 ダンボールの中から段瑞を見上げている捨て貴族。

 その胸から上あたりがダンボールからはみだしているが、胸から下が入りこむには、ダンボールはあまりにものだ。


 体育座りでもしてむりくり入っているにしても、それでも浅い。

 ダンボールを突き抜けて地面に刺さっているか、中でパタパタと、びっくり箱のように折りたたまれていない限り、彼女がダンボールの中におさまることはできないはずだ。


 奇妙だぞ。

 貴族がそこにいるって時点で奇妙で。

 貴族が捨てられているというのも奇妙で。

 浅いダンボールの中に入っているというのも奇妙だ。


 僕は思わず左足をさげた。後ずさりをした。

 ざり。と、砂をひく音。

 その音と、捨て貴族の黒い目が光るのはほぼ同じタイミングだった。


「逃がすかぁ!!」

 ぴょーんと。

 捨て貴族は、ダンボールごと跳び上がった。

 ツェペリ男爵のごとく膝だけで跳んだのか定かではないが、ふわぁとダンボールごと跳び上がった。

 僕の首に腕をまわして、しがみついてくる。


 急な重みに、僕は少し前のめりになる。

 右足で倒れそうになる体を支える。


 ぶらん、ぶらん。

 捨て貴族は首にしがみついて、ぶらさがる形になった。

 それでもまだ、彼女の体はダンボールから出てこない。 


「逃がさないわよ!」

 捨て貴族は腕に力をいれ、顔を近づけてくる。

 鼻先まで近づいてきた顔は、僕のことをじっと見ている。

 自然と、彼女の匂いが鼻につく。

 その格好に見合うだけの甘い匂いに——格好にふさわしくない、汚い匂いが混ざっていた。


「この私が困っているというのに逃げようとするなんて! どこの平民よ!」

「へ、平民?」

 ふんと鼻をならす彼女。

 はじめて言われた、平民。


「名乗りなさいよ、平民」

「ぼ、僕は段瑞きだみず野中のなか

「きだみず? 変な名前ね」

 ぶら下がったまま、捨て貴族は首を傾げる。


「私の名前はレビリア・イン・カードボード」

 捨て貴族——レビリアと名乗る彼女はダンボールの中にいるとは思えないぐらい堂々とした構えで、段瑞を見つめる。


「喜びなさい、平民。あなたにこの私を助けることを許可してあげるわ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る