星降る街の公園のベンチで、煙草を吸う

羽弦トリス

第1話ため息をつく男

春の陽気に包まれたこの街は、桜が一斉に満開になった。

鶴舞つるま公園には、夜桜を楽しむ人々で一杯だった。女の子同士の笑い声、家族グループの小さな子供達のはしゃぐ声、ちょいと頭の弱そうな、男どもの一気飲みのコール。

そう、公園は様々な声に圧倒されていた。

1人、リュックを背負ったゴツい体格の男が缶ビール片手に公園の端にあるベンチに座った。

男はベンチにリュックを置き、ポケットから煙草を取り出し、深く煙を吸った。

この男、どこか考え事をしているのか、ベンチに座った時から、ため息ばかりついている。

男の名前は柳瀬拓也。福祉大学卒業後、就労継続支援A型施設「あさがお」に、就職し早、7年。A型施設とは、障がい者、難病の方が一般で働く前にここで、軽作業などで体力と自信、スキルを身に付けてもらい、一般企業へ再び復帰させる事を目標とし、一時的に雇用関係を結び仕事をする場所の事である。

柳瀬はビールを1口飲むと、

「はぁ~、山竹さん辞めちゃうのか~。はぁ~」

山竹とは、「あさがお」のサービス管理責任者のおばさんで、長年、柳瀬みたいな若者を始動してきた。

利用者の様々なトラブルを解決したり、経営にも携わっていた。

その、山竹のおばさんは社長の足立と口論となり、今月一杯で退職するのだ。

それで、新しいサービス管理責任者通称サビ管は社長が柳瀬を選んだ。

もちろん、サビ管の資格もあるし、7年もこの施設で働いている。しかし、サビ管は辛い。

だが、柳瀬はサビ管の指名を拒否出来なかった。

それは、出世したい気持ちと持ち前の気の弱さが起因している。

「なんで、オレ断わんなかったんだろ?」

そう呟き、腕時計を見ると午後8時20分。

飲み終えたビールの缶をグシャリと握り潰しゴミ箱に投げ捨てた。

煙草は携帯灰皿に入れて、ベンチを立った。

この華やかな夜桜の下、柳瀬はもう後戻り出来ない自分が情けなくなり、一度も桜を見上げる事はなかった。


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