四属瞑答? まずはチュートリアル!


『お初にお目にかかります。私は玩具箱トイボックスの管制人格にしてゲームマスターにございます。どなた様もお気軽にGMジムとお呼びください』

「あら、可愛い。よろしくお願いするわGM」

『ありがとうございます。マドモワゼル』


 何とも礼儀正しい案山子だ。

 古代遺失物アーティファクト云々とかどうでもよく、ふつうに欲しい。


 仕事や勉強をしている時、机の上で佇んでくれているだけで癒されそうだ。


『さて、マスター。こたびの対戦相手はどなた様で?』

「今、アンタと挨拶を交わした女よ」

『かしこまりました。マドモワゼル、お名前を伺っても?』

「オフィーディアよ」


 名乗れば、GMはコクリと一つうなずいた。


『改めてよろしくお願いいたします。オフィーディア様。

 ではこれより、マスターとオフィーディアの対戦の準備をさせて頂きます』


 オフィーディアとディトリエのそれぞれに礼儀正しくお辞儀をしてから、GMはまずディトリエへと身体を向けた。


『さて、マスター。何を求めるので?』

「いつもと同じよ。その女の、肉体、人格、精神、魂の掌握。いつでもどこでも、あたしが好き勝手いじくれるようにしてね」


 ディトリエは笑ってそう告げる。

 底意地の悪さを見せつけるような笑み。

 醜悪で最悪で、だけど令嬢ごっこしている時よりもずっと生き生きとした、魅力的な笑顔だ。


『かしこまりました。

 オフィーディア様。貴女様が勝利した際に、マスターに何を求めますか?

 マスターが求めるモノと同等の価値あるモノを求めるコトが可能です』

「そうね……」


 勝負に勝つことも重要だが、ここの内容もかなり重要になる。


「ディトリエがGMを使って行ってきたその掌握? というモノの解除かしら?」

『それは求める必要ございません。

 私は勝利者の手を渡り歩く存在。物品や権利など――保有をするコトに意味あるモノの譲渡と異なり、催眠や洗脳、行動の強制や制限などに類する永続的効果のある賞品に関しては、私の持ち主が変わる時点で解除されます。

 またそれらを解除せずに、状況を継続したままの、ワタシの所有権移行も可能です』

「そのまま移行した場合、わたくしの任意で解除は可能?」

『はい。現在マスターが行っている洗脳は、マスターの自由意志で制御可能なモノですので、所有権移行後であっても各員への洗脳設定は所有者が任意に行えます』


 ディトリエがどれだけの人間を洗脳しているのか不明だが、相手によってはむしろ洗脳されたままでいてくれた方が良いこともありそうだが――


(例え悪党であっても、完全に自由意志を縛るというのはどうなんでしょう――)


 少なくともイルニクリスは嫌がりそうだ。

 イルニクリスが嫌がることを、オフィーディアはあまりやりたくはない。


「貴方の所有権移行時、解除を求めた場合、操られてる間の記憶は残るかしら?」

『残る人もいれば残らぬ人もいます。全ての人に残すことをオフィーディア様が求められるのでしたら、それも可能です』

「ふむ……」


 それにより不都合の生じる者たちはいるかもしれないが、明確に行動していたという証拠が記憶に残っていてくれた方が、オフィーディアにとって都合が良い。


 それに、洗脳の維持も解除も、どちらであろうとも、破滅する令嬢なども出るだろう。


 だが、申し訳ないがオフィーディアはそこまでの責任は持ちきれない。

 婚約者と国を守るだけで、オフィーディアの両手はいっぱいなのだから。


 小さな思考のあとで、オフィーディアはうなずく。


「では、それで。貴方の所有権がわたくしに移行した時点で、ディトリエの行っていた洗脳の全てを解除。その際、記憶は残してください」

『かしこまりました。ほかにも何か求めますか? 賭けの内容が釣り合っておりませんので、オフィーディア様はまだ上乗せが可能です』


 上乗せと言われても――と思いながら、オフィーディアは少し考える。

 この間にディトリエが特に口を挟んで来ないことを思うと、その人格や行いはともかくとして、ゲームに関してはフェアなのかもしれない。


 そんなことを思う傍らで思いついた内容を、オフィーディアは口にする。


「それなら、ディトリエは嘘や誤魔化しが今後一切不可能というコトでどうかしら? 何を問われても誰に問われても、その内容に対して正直に答えるコトしかできなくなる。

 ああ、そうだ。その制約をわたくしの任意でオンオフできるようにお願いします」

『かしこまりました。他にはございますか? まだ上乗せが可能ですが』

「それで充分よ。ありがとう」

『では賭けが成立しましたので、ゲームの選定を始めさせて頂きます』


 GMはそう宣言すると同時に、縦に細長い木箱を取り出すと、それを横に振った。

 ガラガラと音が聞こえてくるので、中に何か入っているのだろう。


 しばらくガラガラと音を立てていたGMはやがてその箱を逆さまにして、縦に振る。

 すると、箱に開いた小さな穴から、細い木の棒が出てきてテーブルに落ちた。


『ゲームの内容が確定されました。

 こたびは、【Karte VerstectSich in den Zahlen】にて対戦して頂きます』


 その宣言を受けて、ディトリエの表情が笑みの形に歪む。


「さてさて、どんなゲームなんだか」


 この古代遺失物アーティファクト玩具箱トイボックスと呼ばれている理由はこれだ。

 保有者であるディトリエすら、その瞬間になるまでどのようなゲームで対戦するのかが分からない。


 内容によっては、保有者が不利になることだってありえるのが、この古代遺失物アーティファクトである。

 何でも、制作者である大昔のギャンブル狂いの王は、ただ勝負するだけでなく、常にスリルを求めていたそうだ。


 ここまでくると制作者はギャンブラーではなくスリルジャンキーな気さえしてくる。あながち間違ってはなさそうだが。


『では、準備を始めさせていただきます』


 GMがそう言うやいなや、テーブルの上にトランプが並べられた。

 各スートマークの1~6が並んでいる。


「ゲームタイトルの四属ってトランプのスートのコトだったのですね」

『その通りです、オフィーディア様。

 このゲームは、トランプ四種1~6合計24枚のカードを使うゲームとなっております』


 ルール説明を兼ねた練習試合を始めましょう――と、GMが告げるとテーブルに広げられたカードは一つにまとめられて、シャッフルされる。


『このゲーム、雑に一言で纏めるのであれば、カード当てゲームとなります』


 そう言ってGMは一番上のカードを宙に浮かべた。

 浮かんだカードはこちらに対して裏を向いている。ご丁寧に「?」マーク付きだ。


[?]


『お二人にはこのカードを当てて頂きます。解答権は1ラウンドに付き1度となります』

「ノーヒントで当てろって?」


 そんなワケがないだろうと思いながらも、ディトリエが訊ねればGMは丁寧な仕草で首を横に振った。


『もちろんヒントはありますとも』


 そう言って、再び山札の一番上を手に取ると公開する。

 <スペードの3>だ。

 公開されたそのカードもまた宙に浮くと、表向きのまま問題となっているカードの右に並ぶ。


[?][スペード3]


『交互にヒントとなりうるカードを出しあい、正解を考えていただきます』


 GMは自分の手に持つ山札を撫でると、上から四枚のカードが消失。

 次の瞬間、オフィーディアとディトリエの目の前に、それぞれ二枚づつ伏せられた状態で現れた。


『そちらは手札であり自分だけが見るコトの出来るカードとなります。どうぞご確認ください』


 二人はGMに言われるがままカードを手に取り確認する。


『今回は練習ですので、マスターが先行というコトでゲームを進めさせて頂きます』


 GMはオフィーディアとディトリエ、それぞれの顔を見、了承の意を確認してから、話を進める。


『自分のターンの最初に、カードが一枚補充されます』


 先ほど同様にGMが山札の一番上を撫でると、それがディトリエの前に現れた。

 ディトリエは真剣な表情のままそれを手札に加えて、GMを見遣る。


『次に、手札を一枚場に出して頂きます。

 出すことが出来るのは、<スペードの3>の右か、上下です』


「何か違いがあるワケ?」


『はい。左から右へ向かって並ぶ列をレーンと呼びます。このレーンは最初の表向きカード含め最大3つまで作るコトが可能となります。

 今回の場合、<スペードの3>の上下どちらかにカードを配置した場合、レーンが新設される形になります。

 上から順番にAレーン、Bレーン、Cレーンとお呼びください。

 なお、<裏面カード>はどのレーンにも含まれませんのでご注意を』


「レーンが3つしか作れないのなら、いずれはレーンにカードを並べる必要がでるのよね? 並べるとどうなるのかしら?」


『ごもっともの質問です。そしてそこがこのゲームのキモとなります。

 マスター。今回はお好きなカードを<スペードの3>の右……つまりBレーンへの設置の宣言をお願いします』


「わかった。んじゃ、<ダイヤの2>をBレーンに」


 ディトリエがGMに言われた通り、カードをテーブルの上に出して宣言する。

 すると、カードは消え失せ宙に浮かんでいる盤面の宣言通りの場所へ現れた。


    A

[?] B[黒スペ3][赤ダイ2]【5】

    C


『Bレーンに【5】という数字が浮かび上がってきたのがおわかりになるでしょうか?』


 オフィーディアとディトリエがそれぞれにうなずくと、GMは説明を続ける。


『レーンに二枚以上のカードが設置された時、このように数字が現れます。

 これは、そのレーンから得られるヒントとなります。

 数字は、<裏面カード>を含んだそのレーンの、同じスートの合計値あるいは同じ色のカードの合計値の中で、もっとも高い数値を表しております』


 レーン上の同じスートか、同じ色しか合計されない。

 ……であれば、現状のBレーンから読みとれることは――


 <裏面カード> + <スペードの3>=【5】

 <裏面カード> +  <ダイヤの2>=【5】

 <裏面カード> +    <黒の3>=【5】

 <裏面カード> +    <赤の2>=【5】


 つまり、今回の場合――裏面カードの数字は、2か3だ。

 ただ、色の合計もありうる為、スートは絞ることができない。


(でもこれを繰り返しても、どうやってもニ択までしか絞り込め無いのでは……いえ、手札と場に出ているカードから推理はできる……か?)


 オフィーディアはカードを持たない手で輪郭をなぞりながら、ルールを反芻はんすうする。

 その視線は手札と盤面に行き来い忙しない。 


 そして視線と思考がせわしなく動いているのはディトリエも同じだ。


『カードを場に設置後、解答するかターンを終了するかをお選びください』

「本番ならこの時点でバクチを仕掛けるのも悪くはないけど、今は練習だし……ターン終了するよ」


 やはりこういうところではフェアな精神を持っているようだ。

 可能な限り対等な体験をした上で、ゲーム上で相手を叩き潰すことを好んでいるのだろう。


『では、次にオフィーディア様のターンとなります。

 練習ですので気兼ねなくお好きなカードをお好きなレーンへどうぞ』


 GMの言葉とともに、自分の手元へとカードが届く。

 それは<スペードの2>だった。


 これにより、<裏面カード>の選択肢から<スペードの2>はなくなった。


(この時点で、<答え>は三択になったけど……。

 まだ勝負に出るには苦しいわね。さて……)


 手札は、<ハートの2><スペードの5><スペードの2>となっている。


 勝敗に関係ない練習とはいえ、この僅かな時間に、このゲームに向き合う為の思考方法などはしっかりと身につけておきたい。


(そうね。練習だし、負けても良いワケだし、試してみましょうか)


 オフィーディアが出すのは<スペードの5>。出すレーンは……。


「レーンBにこれを」

『かしこまりました』


   A

[?]B[黒スペ3][赤ダイ2][黒スペ5]【10】

   C


 レーンに表示された数字は【10】。


 このゲーム、カードの数字は1~6までだ。

 レーンの末尾に表示される数字は、スートあるいは色の合計のもっとも高い数字が出る。ならば、Bレーン上でどの数字であっても【10】を作ることのできない<ダイヤモンド>を含む<赤>は、解答の選択肢から外される。


 となれば<裏面カード>の色は黒。


「なるほど、これで黒のカード……スペードかクラブのどちらかに絞られるのか。ここまで来たら、二択を運に任せるのもありっちゃありだね」

「そうね。でも――わたくしの手札に、さらに情報を絞れるカードがあったならば話は別ですわよね?」

「そりゃな」


 ディトリエが肩を竦めるのを見て、少し笑みが漏れる。

 最悪な女だし、今すぐハラワタをぶちまけてもらいたいという黒い感情はあるものの――それらを脇に置いて、ゲームの対戦相手として見た場合、彼女は非常によい対戦相手だ。


 ゲームに対してはフェア。あるいは感情がフラットであると言うべきだろうか。


 ともあれ、オフィーディアはこの練習試合の解答を口にする。


「解答します、GM。答えは<クラブの3>」

『正解でございます』


 ぱんぱかぱーん……! とどこからともなくファンファーレが響き、伏せられていたカードが表向きとなった。


「これ、不正解だった場合はどうなりますの?」

『先に説明していた通り、解答権は一人一回となります。

 間違っていた場合、その時点で間違えた側の手札が全てオープンされ、ターンが対戦相手に移ります。

 そして、対戦相手も必ず次のターンで解答して頂きます』

「オフィーディアがミスってあたしにターンが回ってきたあと、そこであたしがミスったらどうなんだ?」

『ドローゲームという扱いとなります。両者にポイントは入らず、ラウンドをやり直します』


 GMの説明を聞きながら、ことと次第によってはドローも戦術に組み込めるかもしれないと考える。

 それは、オフィーディアもディトリエ双方ともに、だ。


『ゲームは3ラウンド行います。先に2ラウンド取った方が勝利となります。よろしいですか?』

「ああ、それでいい」

「ええ、構いませんわ」

『では二人が合意したことで、正式にゲームの開始が宣言したいと思います』


 賭け金は互いの人生うんめい

 知らぬ者からすれば最低最悪のギャンブルだ。


 負ければ全てを失うゲーム。

 お金や身分どころか、自由も尊厳も肉体や意志の主導権すら含む、あらゆるモノを奪われる。

 好き好んで挑む者の正気を疑う狂気のゲーム。

 最低最悪とさえ言ってもいい。


 当事者たちとて、己が賭けているモノに対する緊張感は当然ある。


 だけど、それでも――


「こんな場面で言う言葉ではないのかもしれないのだけれど」

「なんだよ、改まって」

「最高に楽しい戦いゲームになってくれると嬉しいなって、そう思ってるわ」

「同感だ。あたしはゲスな自覚はあるが、卓上だけはフェアなつもりだ。お前の勝敗関係なく、最高のゲームを味あわせてやるってのだけは約束してやるよ」


 ――卓に並ぶ当事者ギャンブラーたちは、それでも笑っていた。


 二人はきっと、GMを創った古代王を笑えない。

 あるい古代王が二人を見れば、爆笑するかもしれなかった。

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