転移したら、平和だった。 《既に別の転移者が魔王を倒してた上に帰還してたので、最強耐性スキルを使って郵便配達します。残党狩りは、勘弁な。》

1輝

魔法陣には素直に従いましょう

 何でもない日々、何でもない日常。当たり前に朝を起きて、学校に通って、友だちと遊んで、帰宅して寝る。大多数の高校生の一人だと思っていた。あの瞬間までは……


「またなー!」

「「「大里だいりまたね!!!」」」

放課後にみんなと遊んだ後、いつもの道を歩いていた。何の変哲も無い、変わらぬ家路。テクテク進んでいると、眩い閃光がいきなり目を入ってきた。まぶしさに目を堪えつつ、出どころを調べた。

「なんだこの光……って!」

なんと、足元からだった。しかも光は文字と紋様を映し出し、魔法陣の様だった。誰かの悪戯か、はたまたアニメで見た本物の魔法陣か。とにかく気味が悪いので、逃げようと駆け出す。が、魔法陣の真ん中が足の裏にこびりついているのか何処までもついてくる。さっきまで友達が居た場所に辿り着く手前で、足が急に動かなくなった。というよりも、ぬかるんだ泥に足を取られる感覚だった。

「なんだよこれ!」

よく見ると、コンクリートの道路がドロドロに溶けており、その中に足が沈み込んでいた。ズルズルと引き込まれる体をなんとかしようと、手を伸ばす。が、何も掴めず引きずり込まれる。そしてとうとう、全身が地面に飲み込まれてしまった。そのまま、流されて行ってしまった。

「負けてたまるかー!」

流されては行ったが、諦めてはいなかった。一生懸命に、流れに逆らい泳いだ。泳ぎに泳いだ。少しでも流されるスピードを抑えようと、泳ぎに泳いだ。だが、別の問題が発生した。


「ガババボバアァ……」


息が続かなかったのである。遂には溺れててしまい、流されてしまったのである。



――――――――――――――――



「ハッ!」

気がつくと、薄暗い部屋に倒れていた。全身がびしょ濡れの状態ではあったが、そこまで寒くは無かった。立ち上がると、倒れていた場所には魔法陣が描かれていた。しかもその魔法陣は、自分を引きずり込んだ物と酷似していた。

「なんだコレ……」

まとわりつく水分を飛ばしながら、部屋を見渡す。沢山の本や見慣れぬ物が書き殴られた黒板、怪しげな薬品が所々に置かれていた。しかしどれも埃を被り、様に見えた。部屋に少しだけ光が差していたので、光の出どころの窓を覗いて見た。

「ハアァ!ナニこれ!?!?」

そこには、さっきまで自分が居た街並みとは違う世界が広がっていた。レンガ作りの家々の間を、馬車が走る。人々も様々な格好だが、剣や盾などの武具を携えていた。遠目には魔法の様な事をしている者もいた。

「ゲームのやり過ぎか……」

そんな事をボヤいてると、急に震えが起こりだした。流石に濡れたままはマズイと思い、外に出ることにした。大きな木の扉の金具を引くと、ギギギィと重く鈍い音を立てながら開いていった。部屋に差す日が増えると同時に、埃やチリも舞い出した。

「ケホケホ……随分と汚れてるな…………」

部屋の外に出ると、そこには中庭と思しき場所が有った。草木が茂り、池の様な物も有った。そこに、誰かが居た。見るからにメイド服を着ている人に、声をかけた。

「すいません〜」

「はい?」

メイドは振り向くと、目が合った。言葉が通じる事に安堵していると、メイドは叫んだ。

「だっ!誰かーーー!!!」

「えぇっ!ナニナニナニ??????」

困惑している間に、どこからともなく現れた鎧兵たちに取り囲まれた。槍を向けられ、どうする事も出来なかった。反論や質問をさせて貰える雰囲気でも無い。そして縛り上げられると、担ぎ上げられどこかへ連れて行かれた。


 衛兵たちが建物を出ると、近くの木造家屋に入っていった。そして縛ったまま放り投げた。

「……っイッテェ!」

「コイツは神聖な転移陣の館の侵入者だ!ギルドで後処理を頼む。」

「はぁ?侵入者って……」

「では!」

衛兵たちは、さっさと出て行ってしまった。追いかけようにも縛られて動けない。しかも、建物の中に居た人々に取り囲まれてしまった。

「ヘッヘッヘ……」・「犯罪者は、好きにしても良いよな〜」・「魔物の餌にしろー!」

口々にテキトーな事を捲し立てる。流石に身の危険を感じて、叫ぶ。

「待て待て待て!!!オレは気づいたら、さっきの場所にいて、何も知らないんだよ!!!!!」

「知るか!錆にしろ!」・「人攫いに売っちまえ!」・「バラせバラせ〜」

聞く耳を持たない連中を黙らせようと、縛る縄から逃れようとする。が、キツくてどうにもならない。もがいている内に、誰かが近づいてきた。その人物が近づくにつれ、周囲の喧騒は収まっていった。顔には大きな傷のある、長身の女性が煙草らしき煙をくゆらせながら歩いていた。

「なんだ、このガキはぁ?」

「ちょっと待ってくれ!」

「あぁ?アタシは忙しいんだ。」

「何がなんだか、分かんないです!」

「知らん。犯罪者なら、とっとと殺るだけだ。」

「勘弁してくれよ!」

煙草を咥えると、腰に下げた剣を引き抜いた。ピカピカに磨き上げられ、明らかに切れ味が抜群の刀身だった。

「死にたくなきゃ、『スキル』を使うんだな。」

「ヒィィ!」

「オッラァ!」

「グッ……」

絶対絶対のピンチ。異世界で犯罪者扱いされて縛られて、剣を振り下ろされて死ぬしかない。だが、諦めなかった。言われた通りに、スキルを使おうとしてみた。

「スキル!!!」

その瞬間、全身から虹色の光が放たれた。

「虹……色……」・「まさか……」・「転移者の色……」

周囲が驚き、たじろぐ中、空中に浮かび上がる文字を読む。見た事のない文字だが、何故か読む事が出来た。いくつかある中で、いまこの瞬間に必要な物を選択した。


《レジスタンス:スラッシュ》


選んだ刹那、振り下ろされた剣が身に降りかかった。ガンッと鈍い音がした。肉を切り裂く音でも、床に突き刺さる音でもなく、折れた剣の破片が零れ落ちる音だった。

「は?」

「えっ!?」

振り下ろされた側も、振り下ろした側も、驚くばかりであった。周囲は呆気に取られ、声さえ出せなかった。しばらくして、ザワつきが止めどなく流れた。

「マジかよ……」・「ギルドマスターの剣が折れた!」・「本物の転移者か?」

折れた剣を鞘に戻すと、顔に傷のある女性ことギルドマスターは縛られ倒れる男に近寄った。咥えていた煙草は、いつの間にやら消えていた。

「オメェ、本物か?」

「はい?……」

「チッ、こっち来い!」

「はいぃ!」


 酒場のカウンターの様な場所が、見えてきた。しかし、提供されているのは酒ではなく、紙だった。ギルドやらギルドマスターなんて言葉が聞こえていたので、おそらくクエストか何かなのだろう。そうこうしている内に、目の前のテーブルに、無理矢理に座らされた。縄は既に外されたが、緊張して身動き出来なかった。反対側には、ギルドマスターが座る。座るというより、テーブルに脚を投げ出していた。

「名前は?」

「え?」

「名前だよ名前。オマエの?」

「あっ、たるみ、垂大里だいりです……」

「ふーん……」

自分で聞いておきながら、興味が無さそうで有った。かと言って、大里の方から話を聞ける様な雰囲気でも無かった。

「生まれは?」

「と、東京です……」

「どっから来た?」

「家に帰る途中、魔法陣に引きずり込まれて……気がついたらこの世界に…………」

「ほう……」

「ハハハ…………」

乾いた愛想笑いしか、大里には出来なかった。ギルドマスターも、目の前の人間に対して半信半疑なのだろう。

「……………………」

「…………………………………………」

二人の間に沈黙の時間が、ただただ流れた。が、その沈黙は第三者によって切り裂かれた。

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