信用と公認鑑定士

 洞窟の中が静かになり、アドルフとプリンの荒い息づかいと、俺が指をくわえてチュパチュパいわせる音だけが響いた。


「勝てましたね」

 プリンは満身創痍まんしんそういという感じだろうか。


「フミアキ何やってんだ」

「文字通り指を咥えて見ていたチュパ」

「汚いから3m以内に近づくなよ」

「リアルな数字チュパァ!」


 アドルフはあの強敵に対してかなりまだ余裕がありそうだ。


「みんなお疲れさま! 本当に凄かったね!」

 心を癒すローラレイの声に、アドルフもプリンも笑顔で返した。


「これが親玉だろ? もう仕事は終わりじゃねぇか」

「でも、この死体どうすれば良いの?」

 プリンがドラゴンスレイヤーで今まで動いていたドラゴンをつっつく。


「ふっふっふ。預言者たるわしがそこを考えぬ訳がないチュパ」


 全員の視線がこちらを向く、アドルフには嫌なものを見るような目をされたが、全く問題はない!

 俺は防寒具を揃えた町で、この展開を予想していたのだ、まぁ予想というかストーリーを書き換えたというか。


「それに関しては俺がすでに手をうっているチュパ!」

「やめないと斬る」


 アドルフがご機嫌斜めで剣に手を掛けたとき、入り口の方で声がした。


「まさか本当にレッドドラゴン!」

 声の主はモノクルを掛けた30代前半の男。

 頭に乗せた帽子がずり落ちそうになるのを手で受け止めながらも、唖然あぜんとして固まっている。


「誰だ」

 俺を斬るために剣に手を掛けていたアドルフがそのまま振り返って質問するので、今度は完全に萎縮してしまった。


「お早いお着きですね、ミルドリップさん」

 俺は緊張を解きほぐすように、明るく声をかけて走り寄る。


「これは、イルマ様。いやぁ、すごいですね」

 一度頭を下げると、手を伸ばしてお互いに握手をした。

 よだれでべちょべちょだが、現状に驚いているのかミルドリップは気にした様子はない。


「ここまでに倒れていたドラゴニュートにも驚かされましたが、まさか1パーティでレッドドラゴンを倒すなんて……」


 ドラゴニュートでも軍隊が必要だが、飛んでいるレッドドラゴンなんて、普通の人間には手も足も出ない生き物だ。

 今回は戦う場所が火山の穴蔵の中で、得意の飛行が使えない状態だったことや、生物上の弱点をつかれて負けてしまったわけだが、本来なら地上最強の種族の一つだ。


「言ったでしょ、こっちには勇者とドラゴンスレイヤーの使い手がいるって」

「確かに、しかしそのパーティメンバーである貴方様が強くないので半信半疑でしたよ」


 ミルドリップは苦笑して返してくる。

 まぁそりゃぁそうだわな。

「俺は戦闘担当じゃないので」

 俺も苦笑で返す。


「おう、二人で楽しそうだなオイ」

 突然現れたミルドリップに、アドルフは絡む。

 初手でめられてはいけないという、ヤンキーの思考だ。

 自分でこいつを勇者と紹介しといてなんだが、振るまいが勇者ではない。


 俺はそれを手で制して彼の紹介と、ここに彼がいるいきさつをかい摘まんで話すことにした。



────スケルトンロード討伐後。

 とりあえず一番近い大きな街へと戻ってきていた。


 相変わらずみんなは勝手に行動するので、お小遣いをみんなに持たせて放置。

 俺はある人を探していた。


「って、プリンはついてくるのか? アクセサリーの露店とか出てたぞ」

 斜め後ろくらいをついてくるプリン。

「ああいうのは買って貰うから嬉しいのであって、自分で買っても嬉しくないの」


 そう言いながら、王都デーッケーナ滞在中には、自分で稼いだお金の一部がアクセサリーに消えたのを知っている。

 今もその耳に光るイヤリングは、旅立の時には無かったものだ。


「俺について来ても、今日の目的は買い物じゃないぞ」

「別に良いわ、他に興味ないし、暇だもん」

「そんなもんかねぇ」


 そう言いながら俺は大通りを歩く。


 目的のものはすぐに見つかった。

「ここか」

「なに? 買取り師?」


 プリンが看板の文字を読んでいる間にも、俺はその扉を押し開けた。


 店内は品物を置いておらず、年期の入った板張りのすっからかんとした部屋に、大きなカウンターが一つだけ。

 その奥にモノクルを掛けた男性がいる。


「ようこそ、私は鑑定士のミルドリップ、君は見かけない顔だね」

「ええ、この街には初めて立ち寄らせていただきました」


 ミルドリップさんはそのモノクルをキラリと光らせると、こちらを値踏みしたようだ。

「君は見たところ商人か何かか、後ろのお嬢さんはかなり強そうだけど、護衛かな?」


「まぁそんなところです」

 俺はその鑑定眼をスルーして会話を進める。

 暖簾のれんに腕押しな返答に、少しだけ眉間にシワを寄せるが、交渉ごとに置いて相手に流れを掴ませるのは得策ではない。


「実は出張鑑定をお願いしたくて」

「ほう、それは公認鑑定士である私に頼む程のものなのかい?」



 ここで【公認鑑定士】について話しておく。

 この世界では一般人の識字率はあまり高くない。

 そうなると計算が出来る者も多くはない。


 例えば畑に出たスライムを倒して、その核を売りに行ったとしても、相場がいくらなのか解らず買い叩かれることも少なくなかった。

 そこで、各国の王が集まりこの公認鑑定士を定めることにしたのだ。


 お陰である程度の相場をみんなが把握し、場合によってはここに持ち込むことで、ちゃんとした取引を行えるようになった。



「今度ダンジョンに潜ろうと思っていまして、倒したモンスターの引き取りと鑑定をお願いしたいのです」


「確かにうちではそういう事もやっているが、人手が要るぶん、信用できる相手でないとな……」


「では既に討伐済のダンジョンがありますので、そこを視察に行っていただき、信用できると感じていただけましたら、次に行くダンジョンへ人を送って貰えませんか?」


 ミルドリップは少し悩んだ後に、カウンターの下から地図を出した。


「いいだろう、ではその討伐済みのダンジョンはどこだ、見習いを送ろう」

「ありがとうございます、ダンジョンは……ここですね」


 俺が地図を指すとミルドリップは鼻で笑った。


「おっと失礼。そこはスケルトンが頻繁に目撃されている場所だ」

「そうですね、スケルトンばかりのダンジョンでしたよ」

「御仁、申し訳ないがスケルトンは殆ど査定の対象にならないぞ。人間の骨など墓を掘ればいくらでも出てくるものだからな」


 一瞬バカにした理由は解った。

 しかし俺は顔色一つ変えない。

 プリンは俺がバカにされていることで、めちゃくちゃムスっとして居るがそれはこの際置いておく。


「彼らはスタンピートを画策かくさくしていた様子で、剣や鎧をまとっていましたので、それだけでもかなりの量になるはずですよ」

 俺は営業スマイルで返す。


「スタンピート……それほどまでに膨れ上がっていたか。とはいえ十数体の戦利品程度では……」

「400体ならどうです?」


 その途方もない数にミルドリップの体が少し跳ねた。

「400」

 数を口に出すが、規模が大きすぎて理解が及ばないのか、生唾をごくりと飲み込んだまま止まってしまう。


 畳み掛けだ。


「ここに寄る前にデッケーナへ立ち寄ったのですが、修練場の武器や防具がだいぶ使い物にならなくなってきていると聞きました。もとより使い捨てできるような安いもので良いのでしょう? それを納められてはいかがでしょうか?」


 まぁ使い物にならなくなったのは、訓練所に足繁く通っていたアドルフのせいでもあるんだが。

 連日実践を想定した訓練ばかりをやって、怪我人と使い物にならなくなった武器や防具を量産したらしい。


 とはいえ、そこに通う人間はアドルフのざっくばらんな性格に合ったのか不平不満はでず、むしろ怪我をおしてでも試合に望んだのだとか。


「確かに王都とはいえ、訓練所で使う道具は戦場でかき集めたものもある。だからこそ金品を払ってまで集めるようなものではないんだが……」


 まだ渋るミルドレッドに、顔色一つ変えずにこう提案してみる。

「ああ、こちらへの支払いに中古の武器防具は含まなくて構いませんよ」


 これは信用を得るための手付てつけ金なんで。

 言わずともそれは伝わるだろうか、どうせ自分達で運んだにしても苦労ばかりでお金にならんしな。


「その代わり、今日はこれを鑑定して貰えればと思います」


 俺は背嚢はいのうからスケルトンロードが身に付けていた、金色の王冠を取り出した。


「これなら手付金になるんじゃないですか?」


 純金ならかなりの価値になるだろう。

 手に取ると改めて、金の重さがずっしりと感じられる。


「ロードも倒したのか!」

「私たちの実力を納得していただけましたか?」


 俺が直接手を下した訳ではないが、鼻高々に胸を張ってみる。

 しかし、ミルドリップの反応はいまいちだ。


「しかしこれは、金じゃないですな」

「はい?」


 いや、鉄に金メッキとかだと明らかに重さが違うじゃん、絶対金だろ。

 と思ったが、相手は公認鑑定士。

 その目利きは疑いようがない。


「これはゴルドノイドと言って、金に似た別の金属ですよ」


 そういって奥の引き出しから、金貨を二枚持ち出した。


「こっちが金貨、こっちがゴルドノイドの偽金貨です。色、光沢、重さに違いはありませんが……」


 説明をしながら、ナイフで金貨の側面を傷付ける。


 本物と言われた金貨には縦に傷が入ったが、偽物には一切傷が入らない。

 それどころか、置いた偽金貨に勢い良く刃物を突き立てると、ナイフの刃が欠けてしまった。


「このように硬度がかなり高いのです」


 そんな金属初めて聞くんですけど。

 俺は困ったときのプリンちゃんと言うことで、目線を投げる。


「錬金術師が金を作ろうとして出来た副産物だって言われているわね、貴方知らなかったの?」

「知ってたし! だとしても錬金術で作ったものなら、そう出回るものでもないんじゃないかと思ってな」


 見栄張っちゃいました。


「まぁ二束三文ということはないですよ。この硬度の高い金属をここまで細やかに細工している腕も素晴らしいですし、金ほどではないにしろ欲しがる方は少なくないでしょうな」


 ちょっとほっとした。

 ゴミっていわれたらどうしようかと思った。


「まぁその王冠ひとつ取っても私たちが少しは信用に値するパーティだと分かっていただけるのではないかと」


 その言葉にようやくミルドリップも目線を合わせて頭を縦に振った。


「私たちは次に行くダンジョンをもう決めているのですが、その後始末も全てお任せしたいと考えているのです」


 こうしてレッドドラゴンのダンジョンの、下ごしらえを進めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る