盗賊と倫理観

 荷馬車は街道をひたすら進み続ける、太陽が真上に来ているのでちょうど昼時だろうか。

 この世界は時計という概念がないため、どうしても時間がアバウトになってしまうのだけど、俺の腹時計は正確に昼時を刻んだ。


「どうした腹が減ったか」

 その音を聞き取ったクレソンが笑いながら声をかけてくる。


「もうすぐ集落の近くを通るが、その休憩の時にひとっ走り行って食い物を買ってくるからもう少し辛抱しな」


 考えてみれば目的地の間までに、ただ道だけしかない訳がない。

 元々”王都までは5日掛かった”だけで済ましていたが、その間にも町もあれば観光地などもあったかもしれない。

 それを全て書くのが正解とは言わないが、実際に自分がそれを経験してみると、こんなにも色々な情報にあふれた行程なのだと改めて思う。



 しばらく行くとクレソンさんの言った通り、視界の先にポツポツと家が見えた。


「あれはなんて集落なんですか?」

 あまり大きくはないが、十数件の家が山肌に沿って建っているのが見てとれる。


「そういや知らんな」

 クレソンさんはそう言ったあと、買い出しに行くメンバーを一人選んで、馬を馬車からはずした。

 二人は鞍を馬に乗せて、すぐに集落の方へと走っていったのだった。


 そうか、こんな集落書いた覚えはないもんな、名前もないのは仕方ないか。

 それでもそこに人はいて、生活をしているのだろうと思うと、なんだかまた申し訳ない気持ちになってしまう。


 それはともかく、馬が戻ってくるまでは商隊も進むことが出来ない訳なので、しばらく木陰で休憩をとることになった。


「しかし、街道はモンスターもほとんど出ないんですね」


 俺はちょっとした疑問をクレソンにぶつけてみた。

 出発したのは昨日の昼からだったので、これでちょうど24時間経ったことになる。

 その間スライム数匹と、野生動物をちらほら見かける程度だった。


「そりゃおまえ、モンスターも野生動物と同じで、危険なところに近寄ろうなんて思わねぇだろ」

「危険な場所?」

 街道が危険だという認識がなく、ぽかんとした顔で聞き返してしまう。


「モンスターと見りゃ、やれ退治だ、やれ小金稼ぎだと殺しにかかってくるんだぜ? 向こうにとっちゃ人間ほど怖い生き物はいねぇだろうよ」

「なるほど」


「それでも怖がんねぇのは、スライムみたいな思考能力のないヤツか、人間に恨みを持ってるヤツかくらいだろ」

「恨まれてそうですね人間」

「だな、ハハハハ」


 モンスターも生き物なんだなと、スライムの時に思ったわけだが。

 ゲームや他の小説のモンスターというのは、何故勝ち目のない戦いを挑むのだろう?


 それはもはや、話のための駒としての扱いなのだろう。

 ここで襲ってくれば、主人公がヒロインを守れるとか、経験値を稼いで強くするためだとか。

 そういった作者の都合で出てきているだけで、なんの整合性も必然もないのではないかとさえ思える。


 リアルであること。

 それが全てではないとは思うが、体感するとそれがいかに不思議なことか感じられる。


 実際にモンスターも生き物であれば、こんな人通りの多い場所にほいほい姿を現すことはないだろう。


 でもそれなら何故商隊は冒険者を雇うんだろうか?

 ふとそんなことを思った瞬間だった。


「頭を下げろ!」

 誰が叫んだか、その言葉の意味を理解して行動に移す前に、クレソンによって俺の体が二つに折り畳まれた。


「野郎共、殺せ!」

 商隊でもうちのメンバーでもない声が聞こえ、草を掻き分ける音がした。

 俺はいまだ状況を把握できていなかったが、その言葉の意味は一瞬で理解できた。

 そしてその事実が、平和な日本で生きてきた自分にとって、馴染みのないもので、俺の体は完全に固まった。


「賊が!」

 クレソンさんが御者ぎょしゃの椅子を降り、荷馬車の裏に飛び出す。

 矢はもう飛んできていなかったが、代わりに足音が近づいてくるのが分かる。

 下げた頭を上げることが出来ずに、なんとかクレソンさん達を見ると、すでにそこにはうちのメンバーが勢揃いしていた。

 2台目の馬車の御者をしている、ヒッコリーさんの相方も、腰から短剣を抜いて構えているので。小さくなって震えているのは俺だけという状況だ。


「怪我はないか」

 クレソンがそう言うと、憎々しげにアドルフが答える。

「腕に一発貰っちまった、まだ戦えるが」


 彼の左腕のそで部分が赤く染まっている。

 主人公に矢が当たらないのは、映画の中だけなんだなとぼーっと考えていると、荷馬車を回り込んだ盗賊が彼らを取り囲んだ。


 その数13人。

 こちらで戦えるのは5人だけ。

 買い物に二人割いたのがあだになっている。


 ……いや、盗賊は分かっていたのだろうな、ここで人数が減ることを。

 機をみて飛び出したに過ぎないんだ。


「苦しみたくなかったら、あまり抵抗してくれるなよ」


 この男、殺すことを前提で話をしている。

 たしかに、ここで逃がしてしまえば役人を連れて戻るかもしれないような人間を、わざわざ見逃す義理はない。

 それに、ここに盗賊が出ると噂が立てば、通るものも減るだろう。


 運良く俺は台の上にしゃがんで居るので気付かれて居ないようだ。

 どうせ足手まといになるのは目に見えてるし、足が震えて力が入らない。

 頭だけは冴えていて、冷静に分析は出来ているが……戦いにはほとんど役に立たないだろう。


「おとなしく殺されるタマでは無いか」


 盗賊のかしらとみられる男は、武器を構えて隙を見せないアドルフ達に、交戦の意思を見たのだろう。

 これ以上の交渉をする気は無いようだ。


 そのまま手を上げ前に振り下ろすと、後列にいた数人が弓を引き絞った。

 同時にアドルフ達も動く。

 こっそりと、身体強化魔法を全員にかけ終わったのか、ローラレイは荷馬車の後ろへ。


 まず最初に敵に飛び出したのはプリン。

 そういえば、真っ向から敵陣に飛び込んで行くタイプで、度々ピンチを招くと書いた記憶がある。


 待て待て! 小説の中でのその設定は、話の展開が面白くなるだろうと思えるが、リアルにピンチはヤバイだろう!


 引き絞った弓が一斉にプリンへと放たれるが、一瞬手前で背中に背負った大きな剣を盾代わりにして弾き返した。


 その影に隠れて進んでいたのはアドルフ。

 姿を見せるとほぼ同時に、日々研鑽けんさんされた技を盗賊の一人にお見舞いした。


「ギャっ!」

 そんなつまらない悲鳴と共に地面を転げ回る男。

 だが止めを刺す余裕なんてない。

 すぐさま二人目の盗賊に剣を振るったが、それは剣で受け止められた。


 盗賊達も必死なのだ。

 とはいえアドルフだけに気を取られている訳にはいかない。

 すぐさまクレソン達もそれぞれ近くの敵に切りかかっているし、プリンもその大きな剣を構え直して突っ込んできているわけだ。

 後列の短弓を持っていた者も、それを投げ捨て近接武器に持ち変えた。



 荷台の隙間から見える限りでは、全てを把握することはできなかったが、かなり緊迫した乱戦になっているのは分かる。

 隠れていることしか出来ない自分が惨めに思えるが、足を引っ張るのはもっと嫌だった。


 アドルフとプリンの二人は頭一つ飛び抜けていて、バタバタと盗賊をなぎ倒してゆく。

 特にプリンの一撃は、たとえ剣で受けたところでどうしようもない破壊力なのだ。

 盗賊側も逃げ回る他無くなっていた。


 実際、地面に7人程倒れた頃になると、残り半数の盗賊が逃げ腰になり、逃亡するものまで現れた始末だ。


「待て、くそっ!」

 アドルフと互角に渡り合っていたかしらも、剣を捨てて元の草むらに逃げ込んでいった。


「追わなくていいぞ、次の街で憲兵けんぺいにでも報告しておけばいい」

 落ち着いた口調でクレソンが言うと、ようやく場の緊張感が緩んだようだった。


「さて、こいつらはどうする」

 アドルフが動けなくなっている盗賊を剣で指す。


「どうせ憲兵に引き渡しても死刑だ、いっそここで殺しておいた方が後腐れ無くていいんじゃないか?」

 それはクレソンの言葉だった。


 殺す。

 その言葉があの優しいクレソンから出た事が信じられなくて少し戸惑った。


「ちぇっ、寝覚めがわりいぜ」

 乗り気ではないようだが、アドルフも異論はない様子だ。


「ちょっ、待ってくれ」

 さっきまでの震えとはまた別の気持ち悪さを、吐き出すように俺は言葉にした。


 顔を上げた俺の方を全員が見る。


「殺すのは、ほら……止めようぜ、な?」

「なんでだ?」


 クレソンが少し不機嫌そうに答える。

 理由などない。ただ自分の価値観で、感情論で訴えることしか出来ない。


 俺の様子を見て、クレソンはため息をついた。

 そしてきっとこの世界では当たり前の事を、子供に教え込むように話し始めた。


「俺たちがこいつらを見逃したら、次の商隊が襲われる。今回は運良くお前らみたいな戦えるヤツがいたからいいが、そうじゃない奴らは皆殺しにされるんだぜ?」


「それは分かってるけど」

 分かってはいるが、生理的に無理なのだ。


「俺の街からも王都に向けて、年に4回定期的に荷馬車を出す。そいつらが逃がした盗賊に殺されても、お前はだまって見逃すかい?」


 それが隣の家の人、友人、親族だったら。

 もしそうなれば、探し出してもこいつらを殺すだろう。

 だがそれは事だ。

 それなのに人の命を奪うというのはどうしても俺には考えられなかった。


「まだ納得はしていないようだが、こいつらのように人を殺して生きていこうとした時点で、もう人ではなくなっている。お前がやっているのは、人食い狼の檻を開けてやれと言っているようなもんだぜ」


 畳み掛けられる正論に対して、俺はもう言葉を返すことが出来ずに、ただじっと拳を握る他無い。


 沈黙が俺の気持ちを代弁しているようだった。


 しかしその沈黙を破ったのは、ここに居る筈の人間ではなかったのだ。

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