第2話・夏


 私は今、人生で初めて、壁にどん、と手をつかれて身動きが取れない状態でいる。それも、異性に。

 どうしてこうなったのだろう。必死に考えても、頭がまるで回らない。

 

 その間にも、ひんやりと冷たい壁の感触が、じわじわと背中に広がっていく。背中には、べったりと汗をかいている。冷や汗だ。


「どうした、雪玲シューリン? 顔が青いぞ?」


 低く、しっとりとした声がすぐ耳元で怪しげに響く。その声はどこか楽しげで、いたずらっ子のように弾んでいる。

 

 私の反応を面白がるように、綺麗な形をした瞳がすうっと細められた。私はむきになって、「気のせいです」と強がるけれど、その声は情けないほどに震えている。

 

 重ねて言う。

 どうしてこうなったのか。私は、自分の状況がまださっぱり理解できていない。


 私は、リー雪玲シューリン。訳あって男装して、中書門下省の文官として働いている一庶民(女)だ。

 なぜ、女の私が男装して宮廷に紛れているかと言うと、それは一ヶ月ほど前のできごとにまで遡る。

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