第三章 ~『第二皇子への報告★ルイン視点』~


『ルイン視点』


 王宮で使者の役割を終えたルインが第二皇子の元へと帰還する。


 第二皇子が住む屋敷は帝国でも有数の広さを誇る。煉瓦造りの屋敷と広大な庭に圧巻されながらも、ルインは使用人に案内されて、第二皇子の待つ談話室へと通された。


 入室と同時にルインが頭を下げる。他人に敬意を払うことが苦手な彼だが、第二皇子が相手の場合だけは別だった。畏怖の対象として、敬うことを忘れない。


「ただいま戻りました」


 ルインの声は薪が鳴らすパチパチという火花の音でかき消される。だがしっかりと聞こえていたのか、第二皇子は顔をあげる。


 彫りの深い顔立ちをした黒髪黒目の美男子なのは変わらずだ。だがその印象は初対面の時から大きく変わっていた。黒い瞳は深淵のように底が見えず、対峙しているだけで恐怖を覚えた。


「良く戻ったな、ルイン公爵。使者としての役目は果たせたか?」

「いえ、クレアは私と婚約を結ぶつもりはないと……」

「やはりそうなったか……あわよくばと上手くいくことを願っていたが、人生はままならぬものだな」


 第二皇子はルインとクレアに婚約を結ばせ、裏から王国を支配するつもりだった。だが結果は失敗。最も簡単な道を失ったが、彼に悲壮感はなかった。


「まぁ、気にすることはない。駄目で元々。もしクレアにまだ未練が残っているなら成功するかもしれない程度の策だ」

「は、はい。本命のプランであるヌーマニア公爵家を乗っ取る計画は無事成功したとゴブリンたちから報告がありましたから。これで我らは公爵家の一角を手中に収めることに成功したわけです」


 ルインは魔物を従えることができる。知能の高い魔物なら意思疎通まで可能だ。ゴブリンたちは彼の手足となり、父親を襲い、再起不能な状態としたのだ。


「残念だが、その計画も失敗だ」

「ありえません。両手両足を潰して歩けない状態にしたと、ゴブリンたちから報告を貰っています」

「命は奪わなかったのだろう?」

「相手は血の繋がった父親ですから。それに目的は領主の地位を奪うこと。職務を実行不可能なほど痛めつけましたから、次の領主の座が回ってくることは間違いありません」

「その目算が間違っていたのだ。なにせ王国にはクレアがいる。回復魔法で治療できるのだ」

「ま、待ってください! 例え回復魔法でも、あの瀕死の状態から治せるはずが……」

「それほど王家の血を色濃く引いているということだ。既に完治させたとの報告も上がってきている。作戦は失敗したのだ」

「そんな馬鹿な……」


 ルインは絶望で顔面が蒼白になる。クレアを侮っていたわけではないが、敵に回った時の厄介さを改めて思い知らされたからだ。


「計画は失敗した。これから護衛も厳しくなるだろう」

「きっと父上の友人のアレックス公爵がピッタリと護衛に付くでしょうね」

「アレックス公爵か……その強さは帝国まで名が轟くほどの豪傑だ。今後、標的をクレアに変更する場合も、その武力は大きな障害となる」

「こんなことなら最初に狙う相手はクレアにするべきでしたね」

「リスキーな一手ではあるがな。なにしろ、傷を負って回復魔法で復活するようなことがあれば、王国内でのクレアの権威はさらに高まることになるからな」


 古来より、傷を負ってから復活したことで崇められた救世主は数えきれないほどいる。ただでさえクレアは小麦を栽培し、食料事情を解決したことで人望が増しているのだ。それをさらに手助けするような真似はできない。


「どちらにしてもアレックス公爵は邪魔だ。今後の仕事をやりやすくするためにも王都から離れてもらう」

「どうされるのですか?」

「あの男は王国の将軍だ。国境沿いで軍事演習を行い、王都から距離を取らせる」

「で、ですが、皇帝が反対しますよ」

「だから共和国に頼む」

「そんな手段が……」


 共和国との国境沿いから王都までは距離がある。すぐにクレアの護衛が必要となっても、簡単には帰ってこれない。


「共和国の知り合いには既に文を送ってある。頼りになる者を奪い、孤独になったところでクレアを潰してやればいい」


 第二皇子は喉を鳴らして笑う。共和国との人脈、王国に張り巡らした情報網、そのすべてが彼の武器だ。しかしそれ以上に、復讐を遂げるための狡猾で残忍な性格が恐ろしいと、ルインは底冷えするような寒気に襲われるのだった。

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