幕間 ~『破滅した婚約者』~


 クレアの誕生日パーティから数日が経過した。女王である彼女に婚約破棄を突きつけたルインの罪は重い。


 実家から縁を切られた彼には、行く当てもなければ働き口もない。彷徨った末に辿り着いたのは、街の路地裏だ。


 風呂に入れず、食事も残飯を漁っていたため、饐えた匂いが漂っている。艶のある銀髪も汚れてしまっていた。


「どうして俺がこんな目に……」


 膝を組みながら、目尻から涙を零す。実家を追放され、公爵の立場を失った彼には何も残っていない。婚約者のサーシャも逃げ出してしまった。


「これもすべてサーシャが俺を誘惑したからだ」


 言い寄ったのはルインからだが、責任を誰かに押し付けなければ心を保てないほどに彼は疲弊していた。


 サーシャが悪いと呪詛を繰り返していく内に、その恨みは他の者たちにも広がっていく。


 自分を勘当した父親、公の場で糾弾したギルフォード、そして謝罪を受け入れなかったクレア。涙が頬を伝うたび心にどす黒い感情が込み上げていく。


「絶対に復讐してやる……一人残らず地獄へ送ってやる……」


 そんな怨嗟の声を聞きつけたかのように、ルインに人影が近づいてくる。黒髪黒目の美男子だ。背が高く、彫りの深い顔立ちをしていた。


 身なりから上流階級だと分かり、ルインは不愉快を隠そうともせずに睨みつける。


「俺は物乞いじゃない。施しなら他を当たれ」

「ルイン公爵――いや、元公爵かな?」

「……誰だ、貴様は?」


 ルインが実家を勘当されたと知る者は少ない。わざわざ公言する理由もないため、父親も秘密にしているはずだ。


 つまり公爵の隠している情報にアクセスできる権力や情報網が必要になる。只者ではないと察するが、その顔に見覚えがなかった。


「心配しなくてもいい。私は君の味方だ」

「初対面の貴様がか?」

「クレアが憎くてね。そのための手伝いをしてくれる人材を探していたんだ。君もあの女に復讐したいだろ?」

「俺は……」

「悩む余地はないはずだけどね。ならこうしよう。もしクレアの排除に成功したら、王国のナンバー2にしてやろう。それなら文句はないだろ?」

「馬鹿げたことを。仮にクレアを玉座から下ろしても、空席になるだけだ」


 王座を継げるのは、王家の血を引くものだけ。だからこそ三大公爵も、王国のトップの座を得ることなく、長年静観し続けたのだ。


「クククッ、それなら問題ない。私もクレアと同じく王家の血を引いているからね」

「――ッ……そ、それは間違いないのか⁉」

「間違いなく、クレアとは異母兄妹だ。つまり私も王になる資格を持っているよ」

「それなら計画に現実味が出てきたな」


 クレアを失えば、消去法で玉座はこの男のものになる。そのナンバー2になれるなら、家から追放されて、残飯を漁る生活をしているルインにとって悪い取引ではない。


 藁にも縋る気持ちで立ち上がると、ルインは男の提案に頷く。すべてクレアが悪いのだと逆恨みしながら、怨嗟の炎を燃やすのだった。


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