一人ぼっちの音楽士志望者

 グラシアへの帰還がてら『魔復の旋律』を試した結果だが、まあ普通に優秀な性能と言えた。

 体感、MPの回復速度は三割近くアップしていて、効果は一分ほど続いていた。


 ネックなのは、再使用可能になるまでの待機時間リキャストが二分ぐらいかかってしまうことではあるが、熟練度が上がってスキルレベルが高くなれば、その分リキャストも短くなるとのことなので、そこまで気にする必要もないだろう。


 そんなこんなでグラシアに戻り、ガロウマル楽器店に向かうと、店の前で誰かが立ち止まっているのが視界に止まった。


 パステルレッドの髪にミント色の瞳をした小柄な女の子プレイヤー。

 防具は初期の服から脱却はしてるみたいだが、見た感じ俺らとそんなに大差は無さそうだ。


「……何してんだ、あれ」

「さあ?」


 店の扉と睨めっこしてたかと思えば、右往左往したりぐるぐるその場を回ったりしている。


 中に入りたいのに、その踏ん切りをつけれずにいる……ってところか。


 まあ、そうなる気持ちも分からんでもない。

 中に入るのにちょっとばかし勇気がいる外観してるからな、この店。


 思っていると、コトはニコニコと笑みを浮かべながら女の子に近づいていく。


「ねえ、キミ。もしかしてこのお店に入ろうとしてる?」

「——ミギャ!!」

「……みぎゃ? あれ、おーい」


 ブンブンと手を振るコトに対して、女の子はくぐもった呻き声を漏らす。

 つーか、さっき潰れた猫みたいな声発さなかったか?


「あ、いきなりゴメンね。アタシ、おコトっていうんだ」

「あっ、えっと……カナデ、です」

「カナデちゃんか! アタシらもこれからこのお店に入ろうとしてんだけど、良かったらカナデちゃんも一緒に入る?」

「あ、えと、はい。……喜んで」


 声が全然喜んでねえぞ。

 けど、入りたそうにはしてたようだし、無理に止めなくてもいいか。


「それじゃあ、お店の中へゴー!」


 それから、コトがカナデの腕を掴んで意気揚々と店内に入ったので、俺もその後をついて行く。

 店内は相変わらず薄暗く、奥では餓狼丸が仏頂面でカウンターに腰を掛けながらメニュー画面を操作していた。


「ガロちゃーん、ヤッホー! 楽器見に来ましたよー!」

「あ”ぁ”ん?」


 そんで餓狼丸のファーストコンタクトの怖さも相変わらずだな。

 俺とコトは二回目だから大丈夫だけど、これ初見だと結構キツいだろ。


 少し心配になってカナデに視線を向けると、


「アバババババババ!!!」


 恐怖で泡吹いて白目を剥いていた。


「え、カナデちゃん!? どうしたの!?」

「あら、おコトちゃんにケイくんじゃない。いらっしゃい……って、一緒にいるその子、大丈夫!?」

「……店長、一人の時も店内明るくして、もうちょっと愛想良くした方いいっすよ」


 というか、この状態でも強制ログアウトにはならねえんだな。


「カナデちゃん! 戻ってきてー!!」




「す、すみません。大変お騒がせしました……」

「ううん、気にしないで。ちょっとビックリしただけだから」


 数分後。

 正気に戻るや否や、カナデは床に頭を擦り付けそうな勢いで土下座をしていた。


「ご迷惑をかけてしまった分の償いはするので、どうぞ焼くなり煮るなりしてください。何なら今ここで切腹の一つや二つでも——!」

「いやいや、そんなこと誰も求めてないから! だから頭上げて、ねっ!?」


 ……凄えな、コトが振り回されてる。

 ちょっと新鮮で面白いな。


「そ、そうだ! カナデちゃんは、なんでこのお店に来ようと思ったの? ここに来たってことは楽器系の武器に興味があるってことだよね?」

「は、はい……。一昨日のアプデで音楽士が追加されて……そ、それで折角の機会だから楽器を触ってみようと思って……」

「そうだったんだ。じゃあ、何かやってみたい楽器とかあったりするの?」

「あ、えっと……と、特にはない、です。楽器なんて小学校の時、音楽の授業でのリコーダーを演奏したのが最後なものなので」

「そっかー。……よし! それなら、カナデちゃんがやりたいって思う楽器を探すの手伝うよ!」

「……へ?」


 ぽかん、とした表情でカナデは顔を上げる。

 全く頭に無いって表情をしていた。


「あの、えと……それは流石に申し訳ないというか……」

「いいのいいの。楽器が好きな人が増えるのは、アタシとしても嬉しいし。ケイもそれで良いよね?」

「ん……ああ、構わないぞ」


 カナデの楽器探しに付き添いながらでも、新武器を見繕うことはできるし、金策もそんなに急いでいるわけでもない。

 それに俺としても楽器好きが増えるのは嬉しい事だしな。


「そういう訳だから、ほらほら、立った立った!」

「あっ、えっと……は、はい……」


 ……なんだかんだ、普通にいつものコトだな。

 気づけば振り回す立場が逆転してやがる。


「ふふ、若いって素晴らしいわね……」


 二人を傍らで眺めていると、隣で餓狼丸がしみじみと呟く。


「店長、そんな歳なんすか?」

「ええ、気づけばもうアラサー折り返しよ。全く、歳が経つのはあっという間だわ。あと、レディに歳を聞くのはナンセンスだから、訊く相手は慎重にね」

「……うす」


 レディという言葉に突っ込んだら負けな気がする。

 なので、ただ年長者の言葉として胸に刻むことにした。

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