第26話 発端 【戦姫・フラディアン=ウルブズ】


【戦姫・フラディアン=ウルブズ視点】


「今、何と言った? フラディアン」

 剣呑な光を帯びた眼差しで、族長は私を見返した。


「こちらから打って出るべきだ。そう言ったのです、族長様」

 私の返しに、族長は無言でベキリと手のキセルを握り潰した。


「正気で言っているのか」

 いよいよ私を殺しそうな目で、族長は私を睨んだ。


「取り乱しているように見えますか?」

 そんな視線如きで揺らぐようなら、最初からこんな提案はしていない。


 私のふてぶてしさに、族長は顔をいよいよ苦く歪めた。


 そんな私達の睨み合いに、周囲の戦士達は騒めき始める。

 その通りだ。それはあまりに危険だ。

 相反する小声が耳に届く。


「待っててどうします? 奪われるだけです」

 族長と、何より周りの戦士達に私は呼びかけた。


「幼いお前はまだ知らんのだ。人族共の強さを」

 私の未熟さを族長は咎める。


「その通りです。ですが経験して無くともわかります。このまま座して待てば、一族の女子どもが奪われるだけだと」


 周りの喧騒に怒りと諦観が混じる。怒りは私同様に若いもので、諦観は族長同様に年老いた者だろう。


「まさにその女子どものお前に何がわかる」

「このままじゃいけないことくらいわかっているつもりです」


 そうだそうだ。

 それでもそれでも。

 相反する声は激突しそうにヒートアップしている。


「待ち受ければ戦えぬ女子どもも奪われ、死にます」

 その天秤を傾けようと私は訴える。


「攻めるなら、死ぬのは私達戦士だけです」


 私達? と訝し気な声が群衆から聞こえる。


「私も出ます。言い出したのは私ですし、私は戦えます。当然でしょう?」

 私の宣言に戦士のざわめきは一段と増した。


「待ち受けてみすみす女子どもを巻き込む臆病者となりますか! 攻め込んで大森林の懐に抱かれる戦士となりますか!」

 私は叫ぶ。扇動者となるのを覚悟の上で。


「あなた達はどちらですか!? 餓狼族の勇敢なる戦士達よっ!!!」


 賛同の唱和が爆発した。

 半狂乱の有様で、戦士達は闇夜に木霊する雄叫びを上げていた。


「バカ者が」

 叫びの中、目の前の私にだけ届く呟きで族長は嘆いた。


「申し訳ありません、お爺様」

「謝るくらいなら無事に帰れ」

「わかっています。望んで大森林の懐に招かれるつもりはありません。そのためにも他の部族からも精鋭を募るべきです」

「……わかった。お前の言う通りにしよう。偉大なる大森林の寵児よ」



 

 ヴァーンハイム王国はまだ知らない。


 ユースタフ大森林でも有数の戦闘部族・餓狼族に生まれた時代の寵児・戦姫フラディアン=ウルブズを。


 今まで協力体制を取らなかった多くの部族が彼女の下に集ったことを。


 そして、彼女達が間引き戦争に対抗しようとしていることを。



   ※※※



 十六夜の月明りの下。

 大森林の端に、私達は立っていた。

 大森林に背を向け共に並ぶのは、各部族から選ばれた精鋭十名。


「本当に行くか、戦姫よ」

 最後の確認のように、あるいは最後の望みに縋るように。族長は私に問いかけた。


「当然です。ここを逃せば次はありません」

 迷いなく私は宣言した。その私の言葉に、横並びの九人も満足げに微笑んでくれた。


 私達の覚悟を察してくれたのだろう。

 見送りに選ばれた全族長と、戦士の妻達は口を噤んでくれた。


「戦姫を頼んだぞ、戦士長よ」

 決断するように、あるいは諦めるように。族長は私の横に立つ餓狼族一の戦士に声をかけた。


「当然だ。俺に任せろ、長よ」

 戦士長は力強く言い切ってくれた。その頼もしさに私は思わず口の端を上げてしまった。


「では三日後。満月が昇る日に」

 戦士長は最後の確認を口に歩き出した。


 満月の月夜。

 餓狼族の血が滾り、最も血と闘争を求める夜の決行を約して。


「ああ、委細承知した。退路は気にせず暴れて来い。勇敢なる戦士の魂が大森林の懐に抱かれんことを」


「「「「「「「「「「大森林の懐に抱かれんことを」」」」」」」」」


 戦士達は別れの言葉を残し、月夜に駆け出す。


「縁起でもないことを」

 唯一別れの言葉を交わさず、ポツリと不満をこぼした私を戦士達が訝し気に見てきた。


「私はこんなところで死ぬつもりも、帰らぬつもりもありません」

 私の宣言に、戦士達は月明りに輝く目を丸く見開いた。


「違いない」

「流石は戦に愛されし戦姫だ」

「そうだな。必ず全員生きて帰る」


 笑いながら、しかしヴァーンハイム王国の領域に近付くにつれ声を潜め。


 私達は怨敵の領域に足を踏み入れた。

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