第25話 別れと挨拶


 流れるような足捌きでアーサーが間合いを詰めてくる。


 迂闊に切り払っても、アーサーは足運び一つでかわして反撃してくるため、隙を晒すことになる。

 かといって何もしなければ、途切れることなく放たれるアーサーの連撃に捕まる。


 だから、せめて足捌き一つで躱しづらい横薙ぎの一撃で俺は迎え撃つ。


 クンッ、とアーサーの姿が地に沈む。五歳を過ぎたばかりの俺の斬撃よりも低いなんて、どんな体の柔らかさだよと思うが、今更なこと。足を刈りに来た横薙ぎを俺はアーサーの体を飛び越えて躱す。


「っとぉ!」


 飛び越えながらも縦に回転して放った斬撃を、アーサーは横薙ぎの勢いままの斬り上げで弾く。


「っく」


 となれば空中で体重も圧倒的に軽いこちらが吹き飛ばされる。


 足から着地するも、そこを狙っていたアーサーは容赦なく斬りかかってくる。


 連撃に応じるが、まだ体のできていない俺と大人のアーサー。五合と持たずに押し込まれ始める。


「ったぁ!?」


 何とかアーサーの斬り下げを受け流した隙に反撃したが、アーサーはあっさりと距離を離して難を逃れた。


「ったく、我が子ながら末恐ろしい奴だ」

「エルミアの教えがいいもので」

「そこは俺も入れてくれよ」


 軽口を叩き返すと、アーサーは切な気に目尻を寄せる。

 情けない親父だが、しゃくなことにその剣技は情けないものではなかった。


 流麗。アーサーの剣舞はまさにそう評するのが相応しい。


 重厚な静から一瞬の動に切り替えるゴルバフの極端な緩急とは違う。動きの中で、緩やかにそれでいて時に激しく流れが変わる。

 それはどちらがいいというものではないが、両者ともに共通しているのは鍛錬の末に研ぎ澄まされたもので簡単には破り難いということだ。


「生意気な息子には、父親の偉大さを教えてやらないとっな!」


 アーサーは再度踏み込んでくる。

 それに対して、俺は剣を大上段に構えた。


「っと!」


 そんな俺の姿に、アーサーは急制動をかける。


「お前、マジか」

「大マジです」


 真剣に返す俺にアーサーは憎々し気に顔を歪めた。


 残念なことに俺の企みは一瞬で看破されたらしい。それもそのはず。


「ハッハッハ!」


 何せいつもこれをやってる大先生がすぐそこにいる。


「狙いは悪くないが、お前にそれができるか?」

「このままじゃ負けるので、やるしかありません」 

「なるほど」


 クククと未だに笑いの端を噛み締めながら、ゴルバフはアーサーに水を向ける。


「ということらしいが、お父様はどうするんだ?」

「……息子の挑戦から父親が逃げるわけにいくかよ」

「なるほど」


 ゴルバフは愉快気に笑い続けた。


 やがてそのゴルバフが黙れば、後は互いに気を窺うだけだ。

 全員に丸わかりだが、俺の狙いはカウンターの一閃だ。

 まともに斬り合えば、体格で劣る俺はジリ貧だ。よって俺は斬り合いを拒否したい。


 だから、危険度度外視の一撃で決める。


 本来こんなギャンブルはしないのだが、俺だっていい加減勝ちたいし、これは命がかかっている試合でもない。一試行としてやってみる甲斐はある。

 掴みどころがなく、木の葉のように流れるアーサーを瞬間速度で圧倒し斬り伏せる。

 ゴルバフのアーサーへの勝ちパターンをなぞるようで癪だが、悪くない賭けだと思う。


 冷たい旋風つむじかぜが舞った。砂が目に入りそうになり、俺は片目を瞑った。


 瞬間、アーサーは踏み込んでいた。

 刹那、目の前に出現したアーサーに剣を振り下ろす。

 目前でアーサーの顔がムカつくニヤけ面に変わる。

 なぜなら、アーサーは俺の剣の間合いに入っていないからだ。

 単純な話。子どもの俺のリーチは極端に狭い。であれば、アーサーは俺の間合いの外から仕掛ければいい。


 しかし、そんなことは俺もわかっていた。狙いはアーサーじゃない。


「なっ」

 

 間合いの外から繰り出されたアーサーの薙ぎ。その剣に、俺は全霊の一撃を叩き込んだ。


 鼓膜を叩く金属音。

 同時にアーサーは後ろに飛んだ。


 油断なく俺を見返す鳶色とびいろの瞳。しかし、その手に握られた剣は中ほどから折れていた。

 それを目端で捉えて、アーサーは深く息を吐き出した。


「ついにやられたか」

 深々と、アーサーは言葉を吐き出した。


「なんだ、もうやめるのか?」

 からかうようにゴルバフが確認する。


「無手でやれなくもないが、五歳の息子にここまで綺麗にやられたんだ。負けを認めるしかないだろ」

 アーサーは肩を竦めて答えながら、俺に歩み寄ってくる。


 油断させる作戦か? 相手が戦闘不能になったわけでもないので、俺は警戒を解かない。

 そんな俺に苦笑して、アーサーは無造作に俺の頭に手を伸ばした。


「強くなったな。クリス」

 無造作に、クシャクシャと頭を撫でられた。


「ちょっ、やめてください」

 慌てる俺に構うことなく、アーサーはしゃがみこんでニッと笑いながら頭を撫で続けた。

 その顔を見て、不意に目頭が熱くなってしまった。


 初めてだった。こんな風にされたのは。

 前世では物心ついた頃には、母親も父親もいなかったから。

 恥ずかしくて、俺はアーサーから顔を背けるしかできない。


 そんな俺に構わずアーサーは頭を撫で続けるし、目を背けた先でもエルミアがいつもの何を考えてるかわからない笑みに少しばかりの微笑ましさを滲ませるものだから、俺はどこを見ていいかわからなくなってしまった。




「さて、では次はわしとやろうか」

 一息吐いた後、ゴルバフが喜び勇んで柄頭に手を置いて歩み寄ってくる。


「あ、その前にいいかな?」

 エルミアがその出鼻をあっさり挫く。


「なんですかな、エルミア殿」

 面白くなさそうにゴルバフが振り返りながら尋ねる。


「うん、大したことじゃないんだけど、一度シアルグレインに帰ろうかと思って」

 あまりに唐突なエルミアの宣言に、俺を含めた全員が目を丸くした。


「……なんで、こんな急に」

 呼吸を忘れたように開閉する口から、ようやくのことで問いを口にした。


「ずっと空けたままにしてたからね。そろそろ様子を見た方がいいかなって」

「それは、そうかもしれないけど」


 エルミアがただのエルフじゃなくて、こんな若い見た目でもエルフの中で最年長の大老という相談役であることはもう知っている。だから、ずっと帰らなくていいわけじゃないのはわかったつもりでいた。

 それでも、あまりに急すぎて理解は追いついていなかった。


「それにクリスも文武共に僕以外の先生もできたしね」

 よっと大きな岩からエルミアは腰を上げて歩み寄ってくる。


「あれ、どうしたの? 寂しくなっちゃった?」

 何も言えない俺に、エルミアは珍しくからかうような言葉を投げかけてくる。


「……そうだよ」

 そしてもっと珍しいことに、俺は素直にそれに頷いてしまっていた。

 エルミアは驚きに目を見張るが、俺はそれを見返すことしかできない。


 エルミアには何だかんだ生まれ変わってからずっと世話になった。地上のことのほとんどはエルミアから教わったと言っても過言じゃない。

 そして魔族の生まれ変わりの俺がこうして何事もなく生きていられるのは紛れもなくエルミアのお蔭が大きい。


 ずっとそばにいるのが当たり前だった。ずっと、そばにいてくれたから。

 だから、それがいなくなるなんて思ってもみなかった。


「嬉しいな。まさかそんな風に言ってくれるなんてね」

 半分はからかいに、そしてもう半分は心から嬉しそうにエルミアは笑う。


「大丈夫。別れなんて少しの間。またすぐに会えるよ」

 慰めを口にして、エルミアは柔らかく俺の髪を撫でた。


「……エルミアの少しは、俺達にとっては少しじゃないぞ」

 遠慮がちに、茶化すわけじゃなく素直にアーサーは別れを惜しんだ。


「そっか。そうだね。君達の命は僕達よりも遥かに短いからね」

 その指摘にエルミアは珍しく儚げに微笑んだ。

 それが余計に確かな別れを予感させて、俺は胸を握りしめられてるように切なかった。 


「それじゃあ、できるだけ早く戻ってくるよ。いつも素直じゃない教え子も寂しがってくれてるみたいだしね」

「うるせえよ」

「そんな言葉遣いするように育てたつもりはないんだけどな」

 思わず地が出た俺を嗜めながらエルミアは苦笑する。


「うるさいですよ」

 素直に言い直せば、エルミアは似合いもしない慈しむような微笑みを浮かべていた。



   ※※※



 自室でクリアナと机を挟んで座る。


 こうしてクリアナと改まって向かい合うのは初めてなので、どこかおかしくて笑うとクリアナも恥ずかしそうに口元を隠した。


「それでは半魔の言葉を教えさせていただきます」

「よろしくお願いします」


 やはり改まった挨拶がおかしかったが、俺は教えてもらう側なので何とか笑いを堪えて頭を下げた。


「クリス様やめてください。クリス様は私のご主人様なんですから」

 頭を上げればクリアナは困ったように手をわたわたさせていた。


「いや、教えてもらっている間はクリアナは僕の先生だから」

 断ってもクリアナは恐縮していたが、それじゃあこれは主人としての決定と俺が押し切るとクリアナは諦めたようにわかりましたと頷いた。


「それで教えるにあたって最初に断っておかなければならないのですが、私が教えるのはあくまで私の部族の言葉であって、中には通じない他の部族もいるということです」

 クリアナの前置きに俺は自身の迂闊さに気付いた。魔界でも竜族と俺達ゴート族ではまるで言葉が違う。それでも意思共有の術法があるのでなんの支障もなかったわけだが。


「それでも構いませんか?」

「構いません」

 クリアナの確認に俺は迷いなく頷いた。例え意思共有の術法があろうと、通じない相手がいようと、大切なのは歩み寄ろうとしている姿勢を見せることだと思っているから。


「クリス様はそう言うと思っていました」

 クリアナは優しく微笑んで続ける。


「クリス様が言葉を覚えようとしてくれているのは、私達を理解しようと、コミュニケーションを取ろうとしてくれているのですよね?」

 何も言わなかったのにクリアナが俺の意図を理解してくれていることに驚きながらも頷く。


「そうすると、言葉よりも先にクリス様に覚えていただきたいことがあります」「え?」

「これは半魔の言葉が通じない部族間でも共通して使う挨拶です」


 俺の意図に沿ったクリアナの選択に、俺は驚きを収めてクリアナを見る。

 その俺の前で、クリアナは自分一人で握手をするように胸の前で両手を互い違いに握った。


「これは『あなたと仲良くしたい』という意思表示です。私の部族や一部の部族の間ではシェイクと言います」

 続けてクリアナは握った手を離し、両手を拳にして突き合わせながら目礼した。


「これは『慣習の違い等からぶつかることもあるかもしれないけれど許して欲しい』という意思表示です。私達はコンファと呼んでいます」

 最後にクリアナは両掌をあわせて、微笑んだ。


「最後に『これからよろしく頼みます』という挨拶です。私達はグリークと呼びます」

 一連の動作を終えて、クリアナは両手を膝の上に置く。


「この一連の動作は、言葉が通じない多くの部族間でも共有している挨拶です。言葉が通じない中でも無意味な衝突を避けるため、私達の祖先が作った決まり事なのでしょう」

 だから、とクリアナは言う。


「半魔と、私達とコミュニケーションを取りたいというのでしたら、クリス様は何よりも先にこの挨拶を覚えるべきだと思います。これはあなた達と争う気はない、仲良くしたいという意思表示に他なりませんから」


「わかりました」

 俺は笑っていたと思う。


 クリアナは俺が教えを請うたことに、直接的に尋ねた言語よりも素晴らしいものを教えてくれた。

 これこそ何よりもまず俺が覚えなければならないもの、そしてこれから半魔と話そうとする時に必要な心構えに違いない。


「ありがとう。クリアナ」

 クリアナは、俺の意図を汲んだ答えをくれた。


「どういたしまして、クリス様」


 この最高の先生に教われば、俺は半魔ともわかり合うことができる気がした。

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