100の力を使い切る
菖蒲
第一章 100の力と阻むもの
第1話 英雄語り 上
「また、あのおじさん来てるみたいだぜ!」
「早く行こう! 新しいお話し聞きそびれちゃう」
「さっき噴水前にいたから、もう始まってるかも」
ある晴れた日に、大きな広場にて自らをおじさんと名乗る男性が手回しオルガンを設置している。
おじさんは、白い服の上から赤いフード付きの長いローブを羽織りせっせと準備を進めていく。
「ではでは……今日の演目を開始しますから、お子様方は私の目の前に集まってくださいね」
フードを深く被っているが、口元だけがはっきり見える。
大きなハンドルが付いた手回しオルガンを回し、人の歩みを止める独特なメロディーと透き通るような美声で物語を歌うように語り出す。
「この世界には、生まれつき~~
広場には、子供や大人たちが少しずつ増えて来ていた。
「摩力により、我々の生活は大きく変わり~~ 火や水の類である日常に必要不可欠をほぼ身体ひとつで生み出す。人類の誕生であり~~ 摩力を持たない人達との溝ができたのも~~ 今では、遠い昔の話しであろう……」
語りながら辺りを見回し、一度ハンドルを止めてから、また奏でる。
「この広場に来るまでに~~ 見かけた人も多いだろうが……摩力を宿した道具が数多く売られているだろう~~ そう、摩力がないなら~~ 道具を使えばいい時代だ」
子供達が周りの露店を見渡し、浮かれた声を上げる子たちも見受けられる。
「だが、この道具を作るには、
おじさんが、手回しオルガンのハンドルを回す速度を緩めながら、後ろにいる大人たちに一礼をした。
「親御さんは、聞いたことが多いだろうが……まずは、とある村が壊滅の危機を乗り越え~~ 一夜で伝説が生まれた奇妙な話しを語りましょう~~」
おじさんは、そう言うと文字が書かれた紙を配り始めた。
その紙には、こう書かれている。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今回は、とある村での出来事である。
誰もが、死を予兆する現場で一人の男性と女性たちにより災害を食い止め傷ついた民を助け、あらゆる厄災を払いのけた後、もう一度民たちが立ち上がれる場所を提供した英雄の話しである。
その男性は、100の力を持つと言われ、その力を授かりし日から生まれた故郷を離れ旅に出たと語られた。
その道中で、様々なトラブルに遭遇するも助けを求める人のために力を行使した。
だが、その度に理不尽な人間たちがいることを知り、『恐れ』や『不安』の気持ちが膨れ上がって疑心暗鬼になりかけていた。
そして、力を持つ男性は進んで人助けをすることをやめてしまった。
だが、旅の道中で必ず事件に巻き込まれてしまうのであった。
結果的に事件を解決してしまい、いつしか彼は英雄と呼ばれるようになっていた。
このお話しも、そのできごとのひとつである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
大雑把な説明?が書かれているとしか言えないが、小さな子供たちは親に何が書いてあるのかなど聞いて盛り上がっていた。
その紙が、ある程度全員に配られてから、おじさんが手回しオルガンのハンドルに手を伸ばし回した。
「ではでは、みなさん! 各々、頭の中に描きつつお聞きください~」
おじさんが、メロディーに乗せて物語を語り始めた。
その瞬間、不思議と頭の中に、おじさんとは違う人の声が聞こえたような気がした……
「今日もこのままだと野宿か……」
辺り一面に様々な樹木が生い茂っている山の中を、気怠そうな足取りで歩く、人がそこにはいた。
その人は男性で、黒と白のツートンカラーのズボンとシャツの上から大きな茶色いマントを羽織った。長身で鋭い目つきと雪のように白い短髪が特徴的だった。
腰から下げた短剣が見え隠れし、縦長の筒状バッグこと、ボンサックを肩に背負って歩いている。
「前回、村に出くわしたのは何日前だっけなぁ……記憶が曖昧になるってどう言うことだ……」
男性は首を傾げながら、天を仰ぐ。
「こんな場所じゃ、秘境の村も存在しないか……動物や魔獣すら、出くわさないのも珍しいが、とにかく暗くなる前にこの山を抜け出すことを祈るか」
独り言が、止まらなくなるほど人に会わず一人孤独に、けもの道を歩き続けて早数時間、やっと下り道になって来たので、もうすぐ山を抜け出せると思ったのだろうが、祈りも届かず日が沈みかけて来ていた。
「今日中に下山するのは、難しそうだし……水場を確保して野宿としますかね」
そのとき、水の流れる音が微かに聞こえて来たので、そちらに足取りを向け進むことにした。
男性は更に、けもの道を進むと音が近くから聞こえるようになってきた所で、流れの緩やかな河川に出た。
川の上流に目を移すと、音の出所である小さな滝が確認できた。
「丁度いいスペースもあるし、ここで一日過ごすかね」
岩から流れ落ちる水の音が疲れた身体に心地よく響き、気怠さも抜け、今日はここで野宿することに決めたようだ。
水が綺麗かどうか確認をして、辺りを探索しつつ木の枝や樹皮と枯れ葉など集め、少し特殊な石を使い火を起こし、焚き火をする。
この世界では、様々な力を発揮する素材や道具が存在している。
彼が所有している特殊な石も、鉱山で採れる
火力は無いが、一度発火すると持続時間が長く半日は持ち、旅には必須の持ち物と言われている。
辺りが薄暗くなって来たので、素早くボンサックの中から携帯食料を出し、日が沈み切った中での夕食となった。
「思ったより、最近の携帯食は当たりが多いな! もう真っ暗だし適当に朝を待つかな……独り言、気をつけよ……」
食事を終え、焚き火に木の枝を足し腰にある短剣を足元に置いて、雑魚寝で夜が明けるのを待つことにした。
数時間たっても火燃石の火が、焚き火として機能しているので月を見つつ暗闇の樹海の中で唯一安心できる場所になっていた。
そこへ……。
「た、た……助けてくれ!!」
彼は『ビクッ』と体を震わせ目を覚まし、辺りを見回してから地面に頭を付け、ある一定の方向に目を細めて睨みつけた。
まだ、朝日が昇っていない暗闇の茂みから数人の足音と叫び声に加えて、木が折れる音がこちらの明かりを目指して向かって来ている。
「さて、何が来るんかね~」
視線はそのままに、足元に置いてある短剣を握りしめ集中力を上げる男性。
これは、彼の生きてきた証として歩む……神との約束の一つである。
この約束の先には、何が待ち受けているのか。
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