116.28F②
「思ったより魔物の密度が濃いね」
階段を降りたコルトトが隣を歩くサボルブに声をかける。
サボルブはコルトトと同じ剣士の男で、年齢と身長体格は彼よりも共に上。
このパーティーの前衛を勤める男性コンビだが、性格も顔もサボルブの方がワイルドさに溢れている。
「もしかしたら歓迎されてねえのかもな」
一行は既に28階層まで降りてきているが、そこまでの道中で魔物と遭遇した数は、事前に他の冒険者から聞いていたものよりも倍近くに感じていた。
実際には10階層まではそれほどでもなく、20階層までで徐々に増え続け、そこを抜けてからはゴーレム2体を相手取っている最中に背後から追加でもう2体ゴーレムが襲ってくる、などという事態まである始末だ。
「とはいえ既存のルールからははみ出していないようだけど」
時間差の挟撃が生まれることもあるとはいえ、基本的に魔物の一群のゴーレムは2体まで。
本気で排除しようと目論むならリッチやグリムリーパーを引っ張り出してくることもできるだろうがその気配もなかった。
「みんな魔力はまだ大丈夫かな?」
コルトトがパーティーのメンバーへと声をかける。
「あたしはまだ元気だよ!」
元気良く答えたのは斥候のシスタ。
「へーきー」
対照的に緩い返事は魔術師のスアリッサ。
「問題ありません」
端的に答えたのは治癒師のセラーナ。
後衛三人は共に女性のトリオ。
「当然俺も問題ねえぜ」
全員の返事を確認し、28階層の探索を開始する。
ほどなくして進行方向から現れた魔物の気配に、コルトトは背後を振り返る。
「スアリッサ、よろしく。シスタは後ろの注意ね」
「はいよ!」
「りょーかい。『炎嵐』」
先頭を歩いていた斥候のシスタは一番後ろへと下がり、一度奇襲を受けた背後に警戒を向ける。
代わりに前に出たスアリッサは、気の抜けた返事と共に杖を前方へかざす。
小柄な彼女は膝の高さまで沈んだローブで水面を揺らしながら、若干ダルそうにしつつ魔術を唱えた。
放たれた魔術はまだ視界に捉えられない魔物の集団の中央で収束し、間を置かずに炎の渦を生み出す。
嵐という名の通り渦巻く奔流のようなそれは、通路の幅に収まらない程の炎を生み出し、まだ離れているスアリッサたちの頬をチリチリと撫でた。
シルバー等級の魔術師とは一線を画す威力のそれは、スケルトンメイジやリビングアーマーだけでなく、魔術の効きが悪いゴーレムにまで着実にダメージを与え動きを鈍らせる。
それと同時に飛び出したコルトトとサボルブは、二体のゴーレムがダメージを負った箇所を的確に攻め、ほどなくして戦闘を終了させた。
その戦闘の跡を見て、コルトトがゴーレムに埋め込まれていた魔石を回収しながら振り返る。
「スアリッサの魔術は見事だけど、やっぱり若干威力過剰感があるね」
「これでも威力はふつう」
「魔力もまだ余裕そうだしね!」
先程の魔術程度では何気ないことのようにスアリッサは答え、シスタも彼女はまだ余裕があるだろうと肩に手をのせた。
実際に28階層へと到達するここまでの道程で同様の魔術を使ってきた彼女は、それでも本人のリソースとしては3割も消費していない。
おそらくここから脱出して、再びここまで戻ってきてまた脱出するという工程を一日でこなしても彼女の魔力は底をつかないだろう。
更に言えば余力を残しているのはパーティーメンバー全員が同じこと。
シルバー等級のパーティー用に調整されたこの階層では、ゴールド等級の彼らには余裕をもって対応できる敵の数と質であった。
「どちらかと言えば、前衛を使って後衛の魔力は温存するべきなんだけど」
そんなコルトトの理屈は、それはそれで冒険者としては正しい意見。
前衛の身体強化は後衛の魔術よりも燃費が良く、魔力のリソース配分を考えるならなるべく前衛を働かせるというのが冒険者のセオリーだ。
そんな常識に、スアリッサは反論する。
「温存するほどの脅威を感じない。それにこっちの方が早い」
「ん-。まあ問題ないか」
28階層が開放されたのが一昨日のこと。
まだ階層の全容は明らかになっていないが次の次が節目の30階層なので、ここも上下一体型の階層になっている可能性は低い。
それにもし29階層まで探索を進めても一行のリソースには余裕があるだろう。
「んじゃ基本はこのままで」
「ん」
そんなやり取りをしながら進んでいく一行だが、シルバー等級がクリアできるように調整されたダンジョンは当然その進行を止められる者はいない。
罠に関しても状況は同じく、斥候のシスタによって簡単に看破されていた。
一度宝箱を見つけたこともあったが、するりと解錠されたそれはゴールド等級には見合わない稼ぎということでスルーすることが決定する。
「魔石もだけど、やっぱり稼ぎはあんまりだねー」
稀にアタリの高品質装備などが手に入ることもあるらしいが、わざわざ可能性の低いそれを期待して宝箱を解錠するほどの魅力は感じないというのが彼女たちの意見。
「シルバー等級でも潜れるレベルの階層だしね。話通りなら30階層は十分儲けが出ると思うけど」
20階層でも初攻略報酬であれば十二分にゴールド等級に見合う価値があったという。
そして30階層はそれよりも更に豪華になっているのは間違いないだろう。
「でも、一番を取れなかったら丸損」
そんなスアリッサの言葉は現状一番懸念するべき問題ではあった。
「そうならない為の下見だよ。それに元手がタダだから数日浪費しても困りはしないでしょ」
これが準備に予算のかかる遠征などであれば話は別だが、王都から徒歩五分で魔物を狩るだけの行程なら特に赤字が発生するわけでもない。
それに数日のタダ働きが発生した程度で困るほど、ゴールド冒険者の懐は寂しくなかった。
「俺としてはどれだけ強い魔物が出てくるかが気になるけどな」
「それは僕も気になるかな。あんまり弱くてシルバー等級の人たちに一発突破されても困るし」
20階層は合同でパーティーを組んで突破したという話なので30階層はそれ以上の強さの敵が配置されていることが推測できる。
とはいえその強さの上昇曲線がどれほどのものかは不明であり、万が一だが合同パーティーを組んだシルバー等級が一番乗りでそのまま討伐成功するなんて可能性もなくはなかった。
それにコルトトたちを含めて複数のゴールド等級パーティーが参戦することも察知していたのでそちらも懸念材料だ。
「弱体化したあとに戦ってもつまんねえしな」
20階層では初回に突破されたあと、敵の編成が3体から2体へと下方修正されていた。
なので出来れば強い敵と戦いたいサボルブはそっちの事情も懸念している。
そんなサボルブの言葉に同意をするものはいないが、とはいえ20階層では戦闘に負けてもノーペナルティだったということでわざわざ反論する者もいない。
「31階層からはゴールドに見合う報酬になると良いのですが」
そんなセラーナの言葉にコルトトも頷く。
「実際そうなるかは五分五分かなって感じだけど、近場で稼げるようになればありがたいよね」
王都は国の中心という事情もあり治安は良く、ゴールド等級に見合うような魔物の出現はそう多くはない。
辺境に行けば討伐の手が回っていない魔物に多く遭遇できるが、今度は依頼報酬が王都のそれより一段下がるのでコストパフォーマンスが悪くなる。
それに生活の快適性もやはり王都に及ばないので、離れ難いというのも彼らがここに留まる理由の一つだった。
現状でも生活に不自由することはないが、稼ぎが増えるなら大歓迎。それが安全であればなおよしということでダンジョンにはゴールド等級からも期待されている。
「あたしはお金よりも珍しいものが欲しいなー。ほら、香水とか口紅とか」
香水や口紅など、魔力的な効果がありながら化粧品としても使えるそれをリクエストするシスタにコルトトが聞く。
「アセクサリーとか? シスタはピアスとかも似合いそうだよね」
後ろ髪を首の裏側で括ってそのまま背中に流している彼女は耳を常に露出させている。
それは斥候としてより聴覚を活用するための手段でもあるのだが、とはいえ本人はオシャレにも気を遣っているので彼女は彼女はなりの意見があるようだった。
「あー、そっちはそんなでもないかなー。わりとみんな身に付けてるしね」
ダンジョンでよく見つかるのはネックレスやブレスレット。
ピアスはそこまで多くはないがそれでもたまに見つかっている。
それにペンダントトップをピアスに改造する、という手法なども存在しているので王都で見かける頻度も低くない。
なのでオシャレに一家言あるシスタ的には流行りすぎてるアイテムには判定が厳しいようだ。
「もちろんコルトトがプレゼントしてくれるならやぶさかでもないけどもっ」
「相応に活躍してくれたら奢るのもやぶさかではないよ」
「ほんとっ? じゃあお店で一番高いのを奢ってもらおうかな~」
「いや、戦利品じゃないんかい」
さっきまで探索報酬の話題の流れだったでしょというコルトトの意見をシスタは華麗にスルー。
「じゃあ俺は酒な」
「あたしは指輪。エンチャント付きで」
「補助の術を強化できる杖が欲しいです」
順番に欲しいものリストを口にするパーティーメンバーにコルトトが答える。
「じゃあ僕が一番活躍したらみんな休日返上でお仕事ね」
「それは嫌」
「えぇ……」
「とーちゃく」
一行が28階層の一番奥へと到着すると共にスアリッサが緩く声を上げる。
「結構遠かったね!」
「俺は歯ごたえがなくて物足りねえけどな」
ここまで来るのに一行がかけた時間は半日ほど。
以前から潜っているシルバー等級の冒険者たちが未だ誰もこの場所まで到達していないことを考えれば流石の進行速度であった。
「大体事前の想定通りだったね。足元だけめんどくさかったけど敵も罠も問題はなさそう」
「出番がほぼありませんでした」
膝まで水没した通路への愚痴をこぼしたコルトトに治癒師のセラーナが困ったように言う。
初見の半日で最奥部までほぼ無傷でたどり着いたのは一行の実力の高さが表れているが、治癒師としてやることがないのはそれはそれで若干の申し訳なさがあった。
とはいえそれは役割分担の問題なので、気にせずコルトトは話を続ける。
「さて、それじゃあこの先だけど」
視線の先には人が横向きになってやっと通れるような狭い通路。
その先には小部屋があるのがうっすらと見える。
「透視は効かない」
「物音もしないねー。まあこのダンジョンの魔物だとほぼ無生物だからあんまりアテにはならないけど」
魔物を察知するのに有用な足音や息遣いなどは、このダンジョンに限って言えばそこまで役に立たない。
それはこのダンジョンの魔物がほぼアンデッドや魔法生物であり、呼吸どころか身じろぎ一つ必要ないからだ。
一応近寄ってくる場合などは足音で察知できることもあるが、基本はランタンの明かりによって確保される視界と魔物が察知して寄ってくる距離が大差ないのでそちらも有効性はほどほどである。
少なくとも、今回のケースでは役に立たないだろう。
「トラップも見える限りではなさそうだけど、保証はできないかなー」
細い道はそこそこの長さがあり、ランタンの明かりがかろうじて道の奥まで届く程度。
水没した足元の見辛さも相まって、魔力によって強化されたシスタの五感でもそれより先の罠の有無を把握することは難しかった。
つまりこの先については、何があるかわからないということ。
一応炎を飛ばして照らすような手法も取れなくはないが、この先がどうなっているかわからない状態では安易にそうするのは躊躇われた。
「んじゃ最初は僕で、次にサボルブね。三人は様子見で、シスタは後ろの警戒をよろしく」
「はーい」
そんな状況でもさっと方針を決めたコルトトの言葉は自分たちの実力を信用しての行動。
ゴールド等級の実力をここまで遺憾なく発揮してきた彼は、目の前の壁の隙間に体を通した。
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