忘れる、しかし何度でも恋をする

アソビのココロ

第1話

 数少ない手掛かりを頼ってやって来た、とある田舎村の村長宅にお邪魔している。

 二〇年ほど前にこの村で起きた、奇怪な事件について聞きたいことがあったからだ。


「……というわけですじゃ」

「うん、よく他所者にも拘らず聞かせてくれたものだ。感謝する」

「なんの。こんな話を聞きたがる者は滅多におりはしませんでな。それは当村の子供にしてもです」


 要約すれば昔、この村がたくさんの魔物に襲われた。

 それを光る泥団子で応戦して撃退した、ということだ。


 何だ? 泥団子って。

 そんなもので魔物を倒せるはずがない。

 作り話にしてももうちょっとマシにしろと思われるだろう。

 しかしこれは本当のことなのだ。

 

「それで秋口の今時分に団子を供える風習ができましたな。しかし今考えるとあの魔物撃退は何だったのか。全く思い出せぬこともあるのです」

「夢のような話だな」


 村長が大きく首を振る。


「いや、夢などではありはせんのです。村の皆がその不思議な泥団子を手にして戦った。魔物を撃ち倒した。その記憶だけはありますのでな」


 同じだ。

 俺も光る泥団子を投げ、魔物を撃退した記憶はある。

 その高揚感も覚えている。

 しかしその不思議な泥団子はどうやって手に入れたのかということになると、まるで思い出せないのだ。


「当村は泥団子によって魔物のスタンピードから救われた。他所の人が信じなくても、それは事実なのです」

「いや、信じる。俺の町でも同様のことがあったんだ」

「何とな?」

「俺の出身地は辺境の町なんだ。大型飛行魔物の群れに襲われてね。大量の泥団子で応戦して殲滅した」


 そこまでは否定しようのない事実だ。

 何故なら大量の剥ぎ取り素材で得た収入が損害額を上回り、町が潤ったから。

 もちろん多くの者が光る泥団子を投げつけたことを覚えている。

 ただその泥団子がどこから来たのかというと、誰も答えられないのだ。


「うちの村での魔物撃退は、ちょうど二〇年前になります。あなた様の町での出来事はいつですかな?」

「去年だ」


 失われた記憶。

 俺は何か大事なことを忘れている。

 胸にポッカリ穴が開いたようだ。


「……俺は誰かと結婚していたはずなんだ」

「はあ」


 そう、それは家の中の様子から明らかだ。

 使用人達もそういえば奥様がいたはずじゃなかったかという者もいる。


「それが魔物撃退以来、記憶から消えてしまっているんだ。泥団子と関係があるんじゃないかと思う」

「……そういえば、うちの村でも確か少女と泥団子を作ったはず、と申す者がいました」

「何だと?」


 二〇年前に少女だったとしたら、俺の妻だとして年齢はピッタリ合う。

 繋がった!

 やはり俺の推論は正しいかもしれない。

 この村に来てよかった。


「村長、魔物撃退の真相を知りたいと思わないか?」

「そりゃあ可能ならば。このままでは思い出として風化するばかりですじゃ。語り継がねばいかん出来事じゃのにな」

「俺なりの結論があるんだ。聞いてくれまいか」

「もちろん伺いましょうとも」


 背負子から一冊の本を取り出す。


「これは……『祝福の子』の書籍ですか」

「ああ、そうだ」


 祝福の子とは、生まれつき超常の能力を持った者の総称だ。

 もちろん極めて数は少ない。


「ここを読んでくれ」

「『勿忘草の聖女』?」

「魔物の襲来の予知と、魔物を撃退する何らかの力を持つ。しかしその力を発揮すると人々の心からその存在が忘れられてしまう、という祝福の一種だ」

「存在が忘れられてしまう? な、何と残酷な!」

「似ていると思わないか?」


 村長が重たげな眉を上げる。


「確かに。村は光る泥団子で魔物を撃退し得る『勿忘草の聖女』に救われたのか」

「同じ能力を持った『祝福の子』が同時代に二人もいるわけがない。二〇年前にこの村を救った少女がいた。そしてその子が俺の妻と同一人物だとしたら……」

「なるほど、辻褄は合いますな!」

「俺は妻の行方を追う」

「ぜひとも応援いたしたく思います。しかし、当てはあるのですか?」


 なくもない。


「これは……妻のものと思しき部屋の本に挟んであったメモだ」

「地図ですな?」

「ああ。これを見たから、この村に何かあるのではないかとはるばる来たのだ」

「うちの村と辺境の町と、おや、もう一ヶ所に印が付いておりますな」

「この地点に行ってみようと思う。というかそれしか手掛かりがない」

「魔物岬……」

「ハハッ、いかにも不穏な名前だな」


 俺の妻はおそらくこの魔物岬も目的地にしていたのだ。

 しかしそれが過去の目的地だったのか、現在の目的地なのかはわからん。


「せっかく足をお運びくださったのに、大したお話もできませず、すまんことでしたな」

「いや、そんなことはない。妻の過去の足取りを知ることができて嬉しい」

「ふむ、奥様であると確信しているのですな」


 それはそうだ。

 何故なら俺の魂が全力で肯定するからだ。


「俺は妻を追う。世話になった」

「少々お待ちを。貧しい村ゆえ金はありませんが、干し肉と塩はありますぞ。好きなだけ持って行きなされ」

「すまんな。妻と再会できたら、必ずこの村を訪れると約束する」

「楽しみにしております。御幸運を祈りますぞ」


          ◇


「ここが魔物岬か」


 もう冬に近い。

 風除けもない場所ゆえ、吹きすさぶ風の冷たさに閉口する。


 近くの村で聞き込みを行ったら、最近魔物岬に住み始めた女性がいるという。


『知ってる知ってる。二〇代半ばくらいの女だよな』

『綺麗な人ですよね。あんなところで何をしてるんだか』


 目的がなければ若い女がこんなところに住もうと考えるものか。

 そこに妻がいるのだ。

 おそらくは一人で魔物を撃退するために。


「小屋だ。あれか」


 昔建てられた漁師小屋に住んでいると聞いた。

 近年は海棲の魔物が多くなって漁ができなくなってしまったと言うが?


「もうし、誰かおらんか」


 誰もいないようだ。

 悪い気もするが、中で待たせてもらおう。


「これは……」


 見覚えのある泥団子の山だ。

 じわじわと心が熱くなるのを感じる。

 やった、ようやく妻の影を感じられるところまで来た。

 俺は追いついたのだ。

 高鳴る気持ちを静め、小屋の主の帰りを待つ。


 しばしの後に小屋の戸が開いた。


「すまぬ、勝手に邪魔しているぞ」

「お客様でしたか。あっ?」


 俺の顔を見て呆然とする小屋の主の女性。

 うむ、俺好みの美女だ。

 記憶にはない。

 しかし湧き起こる気持ちの高ぶりを抑えられない。

 間違いない!


「さ、サガ様?」

「おう、君が俺の妻か?」

「は、はい。何故ここへ?」

「会いたかったぞ!」


 とりあえず抱きしめる。

 話はそれからだ。


「俺を置いて家を出るとはひどいではないか」

「申し訳ありません」

「しかしすまんな。俺は君のことを何も覚えていないのだ」

「そ、そのはずですよね? ではどうして……」

「光る泥団子で魔物を撃退した後、謎の喪失感に耐えられなくなったのだ。いろいろ調べた。そしてどうやら俺には妻がいて、『勿忘草の聖女』であったということに気付いた。間違っているか?」

「いいえ、いいえ!」


 嗚咽が止まらないようだ。

 好きなだけ泣かせてやろう。

 美女の涙は美しいものだから。


「おそらく君が残したのだろうメモを見つけたのだ」

「メモ、ですか?」

「地図だ。三ヶ所に印のある」

「ああ。えっ? それだけを頼りに魔物岬まで来てくださったのですか?」

「それしか手掛かりがなかったからな。君が少女の時に活躍した村にも行ってきた。泥団子で村が救われたことは、村長以下がよく覚えているぞ」

「そうでしたか」


 安堵の表情になる。


「今度は君の話も聞かせてくれ」

「はい。私は先ほど話の出た村で生まれたのです。神の祝福のおかげで、その村を含む三ヶ所で大規模な魔物の侵攻があるのを知ったのは、物心付く前です」

「君が行える魔物撃退の手段というのが、この泥団子だな?」

「はい。今も海岸で作っておりました」


 そうだったのか。

 寒いのに。


「……その三ヶ所で魔物を撃退するのは、祝福をいただいた私の使命と考えておりました」

「その度に忘れられてしまうのにか?」

「はい、忘れられてしまうのはつらいです。逃げるようにその土地を去って」


 ニッコリ笑う。


「追いかけてきてくださったのはサガ様が初めてです」

「俺は諦めが悪いからな。しかし……」


 近くの村の連中は、魔物の襲来に関して何も知らないようだった。


「一人で魔物を相手にするつもりだったのか?」

「今回時間がギリギリだったんです」


 そうか、必要な数の泥団子を作ろうと思うと、村の連中を説得する時間がないのか。


「私の泥団子は投げさえすれば魔物に当たり、光を発してやっつけることができるんです」

「それは俺も覚えている。爽快だったな」

「一人でも何とかなるんじゃないかと思っていました。最後ですし」


 最悪相撃ちでもってことか。

 そんなバカな。


「二人だ。俺がいる。投げて投げて投げまくる。君を守るために!」

「ああ、サガ様!」


 愛いやつめ。


「しかしまた私はサガ様に忘れられてしまうのです」

「構わぬではないか」

「は?」

「俺は何度でも君に恋をする。新鮮なことだ」

「サガ様……」

「言ったろう? 俺は諦めが悪いんだ。今度は逃げるなよ?」

「わかりました。決して逃げません。私はサガ様の妻ですから」


 希望に満ちたいい笑顔。

 そうだ、それでこそ。

 俺はその顔が見たかったのだ。


「ところでいつ魔物は襲ってくるんだ?」

「今晩です」

「おおう」


 マジか。

 一日遅れたらアウトだったじゃないか。


「サガ様が来てくださったのは神の思し召しに違いありません。ああ、本当に夢のよう!」

「実にポジティブで建設的な考え方だな。まあいい、夜まで腹一杯食って身体を休めようじゃないか。干し肉があるぞ。村で野菜も買ってきた」


          ◇


「まさに獅子奮迅の御活躍でした」

「君を守るためだ。当然だ」


 今は魔物岬近くの村でゆっくりしている。

 今後どうするかの話し合いだ。

 ラブラブタイムともいう。


 昨晩は予定通り海の魔物が大挙して押し寄せてきた。

 二人で光る泥団子を放って無事全滅させた。

 泥団子の数から想像は付いていたが、俺がいなかったら危なかったぞ?


 村に報告したら大変喜んでくれて、たくさん金を寄越した。

 倒した魔物から剥ぎ取れる素材と漁の再開で十分元が取れるそうだ。

 馬車を雇いながら行けば辺境の町まで半月で帰れるが……。


「君の生まれ故郷の村に寄って行くか」

「えっ? よろしいのですか?」

「そう村長と約束したんだ。俺の商売の方は番頭がしっかりやってるから平気だしな」


 村の連中は君のことを忘れている。

 でも忘れた連中は、どこか物足りないものを感じているんだ。

 俺がそうだった。


「忘れる側もおかしいと感じるものなんだ。喪失感というか飢餓感というか」

「記憶を失う側の感覚は知りませんでした」

「そうだろう? わけのわからぬまま半身を失った俺はつらかったのだ」

「サガ様……」

「君に会うことで皆、なくしていた心のピースを取り戻す。それでいい」


 足りなかったものがピタリと嵌る充足感。

 絶対にそれが必要なのだ。

 幸せなのだ。


「そろそろ君の名前を教えてもらっていいか?」


 もう忘れない。

 その名を記憶に刻みつけよう。


「トワです。サガ様」

「トワか。いい名だ」

「言ったの三度目ですよ?」

「何度目でもだ」


 うふふと笑うトワを抱きしめる。

 ああ、二度と離すものか。

 愛しの我が妻を。

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