少女と影法師
LE-389
出会い
黄昏時、井戸のそばにうずくまりしくしくと泣き続ける少女が一人。
辺りに人気は無く、陰鬱な泣き声が響き続けている。
「気が滅入るなぁ、やめてくれよ」
そんな少女に、声をかける影がひとつ。
年の近い少年のような声。この近所に住む子供なら、一度くらいは顔を合わせたことがあるはず。だが、彼女はその声に聞き覚えが無い。
声の主は、誰なのか。
振り返るとそこに、『影』がいた。
地に貼りついているはずの、影そのもの。彼女よりも少し背の高い人影が、声の主だった。
友達の影が勝手に動き出したら、こうなるかもしれない。
まず間違いなく、人間では無い。出会い方次第で、彼女は悲鳴を上げていただろう。
そうならなかったのは、それの話し方や身振りがあまりにも気安かったから。
「何なの、あなた?」
「見ての通り、妖怪だ。『影法師』と呼んでくれ」
日が沈んだ後は、彼達の時間。
彼らにとって、一日のはじまりはこれからだ。だというのに、いきなりすすり泣きなんて聞かされたらたまらない。
「暗くなる前に帰りな。一人で泣いてないで、家族に話を聞いてもらえば良い」
「まるで、人間みたいな事言うのね」
「別に不思議なことじゃないさ。付喪神って知ってるかい?」
長い年月を経た、器物から生まれる妖怪。影法師もそんな中の一体だった。
「大勢の人に使われて、長い年月を過ごしてきた。だから、人やその考え方には慣れてるのさ。ついでに言えば、化けられるようになったのも最近だ。妖怪らしさよりも人らしさが勝ってるんだろうね、俺は」
「……ふふっ、変わってるのね」
さらりとそんな事を言う影がどこかおかしくて、彼女は笑ってしまった。
目の端にはまだ、涙が溜まったままだというのに。
怖いもの、不思議なものであるはずの妖怪。
彼女の目の前にいるそれは、どちらとも思えない。とても身近で、親しみの持てるなにか。
自分が変わり者という訳では無い、と影法師は言う。
「俺は、タヌキの爺さまに化かし方を習ってるんだ。それで、稽古の合間に色々話をするんだよ」
そんな世間話のひとつにこんなものがあった。
「その爺さま、近所に住んでる庄屋さんと仲が良いらしいんだ。古い友達で、孫の自慢とか、世間話とか、人間同士みたいな付き合いをしてるって」
その妖怪の性質次第で、人間と友好的な関係を築く事も十分にあり得る。そこは人と変わらない。そして、逆も然り。
「人を食い物にするようなおっかない奴だって、もちろんいる。真っ暗にならないと出てこないだろう。けど、あまり遅くまで外にいると目を付けられるかもしれない」
少女にはその存在を感じ取れない、『出てくる者たち』に影は視線を向ける。
「だからさ、早く家に帰りなよ。親が心配するから」
「……また、あなたに会える?」
彼女が、何を言っているのか。
影がそれが理解するまで、少し時間がかかった。何も無いはずの顔に、僅かな動きが生じる。
「この位の時間は、大体いつもここにいるよ。知り合いなんて数える程しかいないからね。話相手になってくれるなら大歓迎さ」
表情だけでは分からずとも、声に想いが強く表れている。
影法師は微笑んでいるのだと、少女は理解出来た。
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