【21】月光〜ベートーヴェンの、最後の演奏会(春野カスミ) 総評


【21】月光〜ベートーヴェンの、最後の演奏会(春野カスミ)

https://kakuyomu.jp/works/16817330663214070578



⬜️全体の感想


・タイトルについて

「月光」よりはマシですが、まだ微妙。

いいタイトルって、また瞬間に「これ!」と感じるものです。


・文章について

前回とほぼ同じなので割愛します。

詳細は「読みながら感想」を参照してください。


前回同様、しっかり書けてますが、一晩で仕上げたせいか、やや勢い任せな部分があり、多少スリップ感はありました。

私の指摘と照らし合わせながら、再点検してみてください。


・内容について

最初にアドバイス希望にあった矛盾についてですが、今作では9割は解消されていました。お見事です。

残る部分は細部のすり合わせと、ラストですかね。

細部については説明の仕方や解釈について、作者自身に揺れがあるのではと思える部分。

ラストシーンはこの作品のテーマにも等しいので、なかなか口を出しづらいのですが、私の見解とは大きく違ったので、批評ではなく感想として書いておこうと思います。


物語そのものは彼女に人間味が加わったことで、前作より格段に共感しやすくなりました。

前回と同じ三つのテーマ、「音楽」「恋愛」「死生観」の内、多すぎるなら死生観を省くべきとアドバイスしましたが、今作は死生観ではなく恋愛を省いた形ですね。これはこれでアリだと思います。前よりすっきりしました。


矛盾が解消され、キャラも身近になり、理解しやすくなった反面、物語としての重さはかなり減りました。前作の過剰なまでの重苦しさは、内容の難解さ(矛盾で)も相まって、独特の空気感がありましたが、こちらはかなり軽量になっています。これを劣化したと見るか、狙い通りと見るかは作者次第ですが、重さが何故消えたのか、補うならどうするか、も後で考えてみましょう。


それでは、気になった部分を個別に。


>——……あるいは、あのピアノを弾く彼だからこそ、その感情を黒く染めてしまったのかもしれない。彼のピアノは、ベートーヴェンをリスペクトする重苦しい絶望の音色だから。その救いようのない音を奏でる彼だからこそ、私のピアノは彼にとって毒でしかなかった。


この内容は、彼女でなく彼の口から端的に出した方がいいと思います。

希望に溢れた人間というのは、影の思考を理解できません。光で傷つく者がいるという事実は、彼から明言されなければ納得できる話ではないはずです。


「私のピアノは毒だった」なんて、すぐに結論を出せるわけがありません。生涯をかけて追い求めてきた音なんですから。なのでこの部分を彼女が言うのは微妙に思います。


絶対に信じたくないけど、死んだ彼の言葉だから信じざるを得ない。これが普通の感覚です。

彼が死因を明言しない限り、他の理由を探してしまうでしょうし、読者的にもはっきりと、彼女の月光が原因だと知りたいところです。


例えばここで、彼のこれまでの人生を振り返らせ、積もり積もった彼の中の絶望が、彼女の月光の成功によって限界を超えてしまった的な描写をすれば「いつから?」のアンサーにもなります。


>「君の月光が、希望の音が輝いた。それに伴って僕の音は、どこまでも深く、沈んでいく。いつしか、分からなくなったよ。自分が今まで、どんな月光を弾いていたのか。情けないだろ? 嗤ってくれ」


ここで彼の死因が出ていますが、ちょっと抽象的すぎてよくわかりません。彼が自分の演奏を見失っていたら、彼女にはわかりそうなものですし。


彼が死を選ぶ理由は幾つか思い当たるのですが、ざっくり要素を挙げれば、


・強い光に対する闇の空虚さに気付いた

・強まる光に対する恐怖

・光に駆逐される闇からの解放

・強まる光に抗じるため、闇に潜り過ぎた

・絶望を極めるには死を知る必要があった


などが考えられます。(あるいは複合かも)

微妙にどれもニュアンスが違うので、はっきりと作者の中で見定めてから、それが滲んで伝わるような台詞を選ぶべきです。


本作の彼の対応を見るに、彼女に対する恨みや悪意は皆無のようです。

つまりどのような理由であれ、彼女が帰結するのは自責の念に他なりません。なので、どれを選んでも微妙な対応が変わるだけで、ラストに至る経緯は同じだと言えます。一番ドラマティックになるものを選ぶべきかと。


なお、途中で「彼のピアノが溺れてしまった」と述する場面がありましたが、これをそのまま通すなら、最後のコンクールの成績を変更し、彼に賞を取らせないのも手です。彼女の月光を聞いたことで、彼の演奏が壊れてしまったことの証明にできますから。奨励賞を優勝にするかは悩ましいところですが。


>重さについて

前作に比べ、重さの減った今作ですが、その理由を挙げておきます。


・彼の死が最初から明言されている

・夜の音楽室という舞台がなくなった

・幽霊でなく夢落ちに変わった

・月光の演奏シーン、演奏の描写がない

・矛盾が減り、話がすっきりした


もし暗さや重さを積み増したい場合は、上記の部分を復活させれば、ある程度重さを取り戻せると思います。


変更しやすいのはまず舞台。

コンサート会場だけだと怖くないので、月光が差し込む夜にするとか。無人の会場に二人きりという部分をもっと強調するとか。

夢なので舞台は自由に変更できるのは強みですね。


月光の演奏シーンも、どこかに差し挿めば効果的だと思います。

なんといっても月光の物語ですから。

とくに今回、彼の月光は絶望モードなので、重さもひとしおのはず。

彼女に与えるダメージもかなりのものでしょう。


矛盾を戻すのは無理として、彼の死の明言は私は正解だと思っています。もしいじるとしたら、夢を夢と見せないことでしょうか。

「一週間前のコンサート会場」と説明すると、一発で夢とわかりますが、そういった説明なしで物語が進めば、状況が読み切れず、読者に不安を与え、重さに繋がるかと。夢とわかるのは最後でいいですし。


>ラストについて

まず、批評として言えば、今作でバットでピアノを壊す展開は無理があります。

前作と同じラストですが、今作では主役が女性です。バットがあってもグランドピアノを破壊するのは腕力的に無理がありますし、発想的にそこに至るように思えません。あれは極めて男性的な感情の発露です。前作と同じラストにこだわらず、今作オリジナルのシーンを模索すべきです。彼女の向かうべき場所が見えるようなラストシーンを。


さて、ここからは一読者としての感想です。

希望の音を追い続けた主人公が、その才能故に尊敬するライバルを死なせてしまう。

テーマとしては前作以上にハードなもので、主人公がピアノを壊したり(無理だけど)、自殺しようと決めるのも無理はないとは思います。


一方で、「死んで終わり」というのは、いかにも安直な解決法だと感じました。絶望して、自分のピアノを捨てて、彼の後を追うことを願う。綺麗なようで何も生まず、感じられません。


正しいはずの行動が誰かを傷つけたり、喧嘩になったり、縁が切れたりすることは、大なり小なり人生にはつきものです。自己主張は必ず誰かを傷つけます。表面化するかどうかだけの違いです。彼のピアノの絶望も、これまで彼女を傷つけなかったということはなかったはずですし、他のライバルも多かれ少なかれ傷つけられていたでしょう。


それは悲しい現実の一面であり、打ちのめされる気持ちは痛いほどわかります。ですが、出した結論が「後追い自殺」というのでは、彼女の人生は何だったのか、という話です。この一点はまったく共感できません。


傷ついても泥を被っても、人は選んだ道を歩くしかないんです。

迷っても落ち込んでも、出口が見つかるまで何年かかってもいい。

ピアノを辞めても、引きこもってもいいでしょう。こんな事件からすぐに立ち直れる方がおかしいですから。

そういう絶望や苦悩の中でこの話が終わるなら、まだしも納得できます。死を宣言してしまうのは、個人的に完全にNGです。


何より、彼女は希望を追い求めてきた人間のはず。

異端の感性ゆえに評価されないという闇の中で、希望の音に縋ってここまで来たはずです。「明けない夜はない」ことを誰より知っている彼女ならば、この無限の闇の中にも光を見出せるのではないか、と私などは期待してしまいます。


人の命を奪うのがピアノなら、人の命を救うのもピアノのはず。

彼女を救うものがあるとすれば、それこそ彼女が追い求めた「月光」なのではないか、と。


そのかすかな光、兆しだけでも感じ取れるようなラストが一番ではないかと、私は思うところです……あくまで個人的な感想ですが。



⬜️総評

・矛盾はほぼ除去され、呑み込みやすい話に。

・前作から減った暗さ、重さが課題か。

・ラストシーンは個人的に受け入れがたい。


細部の突っ込みはしましたが、大きな穴はなくなりましたね。

ただ、ラストシーンだけは個人的に低評価。

そこさえ改善されれば、かなり面白い作品になると思います。

あくまで私的な希望ですが、何とかして欲しいところではあります。


ともあれ、一晩で改訂どころかリメイクを書き上げる筆の早さと熱量は大いに褒められます。その熱を、今度は作品を煮詰める方向に向けてください。

良作になることを期待します。


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