ボクとユキ、緘黙症の聲。feat瞳に映る愛の調べ

@aoilumina283

告白

 これはボクの初恋の『軌跡』、そして私が呪縛から解放されるまでの『物語』

 

「あたし、翼くんが好き。付き合って」

 ごめん。ひとみさん、君の気持ちには応えられない。

『いつかは君の声、きかせてね』

 恥ずかしいけど、あなたになら。

「翼くん、いつか私と付き合ってね?」

 私はあなたに逢う為に生まれてきたんだ。

 歌われ尽くした愛の唄、語られ尽くした数多の物語。

 その中のほんのちっぽけな、ボクの、私の、あたしの、アオハル恋物語。


『一目惚れでした。付き合ってください』

 高校入学初日、放課後の薄暗い教室の中で告白された。クラスメイトの一言も喋らない不思議な女の子に、だ。

 告白は初めてじゃない、されるのは二度目だ。でも断った。

 しかし、今回のこの子の告白にはあの時とは感情が違う。鼓動が高鳴る。肌が、体中が熱くなる。握り拳には手汗がびっしょり。完全に緊張してる。そんな僕に断る理由なんてない。勇気なんてなかった。

 喋らない彼女が声を使わずに伝心させるため使った方法は手紙だった。だから手渡された便箋の真ん中の一言、『一目惚れでした。付き合ってください』の言葉が僕の視界から離れなかった。

 改めて、彼女を見やる。

 桜色の長い髪、パーマでもかけてるのか緩い曲線を描いている。その中に包まれるのは雪のように真っ白な肌、だったのだが、時が経つにつれて髪の色よりも赤く染まっている。木陰の柔らかな黒を閉じ込めたのような黒瞳と形のいいちっちゃなわななく薄紅色の唇。何もかもが完成された人形のような女の子だった。

 だからだろう、こんな言葉が口を突いたのは。

「ーーこれはほんと?ほんとにそう思ってる?」

 きゅーっと目をつぶって肩を震わせてた彼女がぴたりと止まり、顔を上げた。 

 女の子の顔は愕然としていた。まるで酸鼻な光景を目にしたように。その大きな目を目一杯開いて、涙を滲ませていた。

 それでやっと自分の失言に気付いた。相手の好意の真偽を問うてるからだ。

 相手にその気持ちは嘘なんじゃないかって聞き返してる。それはある意味振っているようなものだ。

 声で伝えられず手紙に書いて伝えないと告白出来なかった彼女にはなおさら傷付けただろう。

 ーー謝らないと。

「ごめんそういうつもりで言ったんじゃーー」ないんだ、そう紡ごうとしたのに僕の口は動かなくなった。

 彼女が俯いて息を荒げていたから。豊満な胸の前で拳を握っていたから。

 怒っているーーのか?怒らせてしまったのだろうか?

 しかしそんな想いは杞憂に終わった。

 彼女が一歩歩みでていた。彼女の髪が鼻をくすぐる。ーー桜の匂いだ。

 身長の低い僕は、彼女と同じくらいの背丈。いや、ほんのちょっとばかり彼女の方が上か。

 彼女の前髪が肉薄する。近い。桜の匂いが一気に濃くなる。そのまま僕の両眼に入るかと思ったけど違った。顔の横をすり抜けて耳にふわふわしたものが当たる。

 くすぐったい。

 同時に生暖かい風が耳の中に入り込む。吐息か?ふうっと艶めかしい女性の息遣いだ。

 その思考は刹那。一刹那の時の中で感じたものは僕のなにかを掻き乱す。

 ぐちゃ。ぐちゃぐちゃーー

 脳髄の奥深くで音が響くのが分かった。その後の一拍、秒針がひとつ動く程度の間。0.五九秒に0.0一が足された瞬間に僕の心は踏み拉れる。

 春に吹く花を撫でるような風の音。マイクロ単位の雪の混ざった冷たい儚さの残る温度の囁きが耳元で残響する。

「好き。大好きです。ほんとです」

 彼女の顔が目の前にすぐそこから現れる。

 口を真一文字に引き結んだはにかんだ顔が。

 そんな顔さえも愛らしいと思ってしまう程の端麗な顔が。

 そこにある。

(そう……かーー)

 僕の中で答えは決まっていた。でも中々言葉にならない、喉を通って声にーーならない。

 だから僕は、

「ごめん」

 彼女を抱き締めてそう言った。

 女の子を抱いた事なんてなかった。だからなおさらどきどきした。彼女の豊満な胸が押し当たる。柔らかい。すっごく。大きなマシュマロを沈み込ませてるような、そんな感じ。

 羽根のような髪が僕の手の内側にある。それをもっと引き寄せた。

 そして呟く。

「これが僕のーー答えだよ」

 掠れそうになった声を腹の底から押し出した空気で何とか音にする。声にする。

 僕の返答に彼女は、

「ーーーーっ」

 僕の肩に深く顔をうずめて、僕の背に手を当てた。力が込められる、強く、強かに。

 声もなく嗚咽もなく、ただ鼻をすする音だけが耳元で聴こえた。

 その綺麗な顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、僕の学ラン制服をびちゃびちゃにしているのは、分かる。でも彼女の崩れた泣き顔だけ見たくなかった。

 あまりにも可哀想に思えたから。

 これが僕の初恋だ。

2 

「変な子よね」

 教室の右端、黒板と窓から一番離れた席に座る僕に、前に座る女子は皮肉めいたイントネーションで呟いた。

 ブックカバーのされたラノベに目を落としていた僕は顔を上げて声の主を見やる。

 ミディアムショートのつやのある黒髪をした細身の女の子。痩せ型なのになぜか胸はふっくらしてる。瞳が大きくてどこか颯爽としてる、そんな印象の女の子。

 高島ひとみ。

 それが彼女の名前だ。ひとみはつんと唇を尖らせて僕を見つめていた。

「なにが?」

「なにが、じゃないわよ、あの子よあの子。一言も喋らない不思議な子」

 顎で左手の方をしゃくるひとみ。その方角、僕とは反対の窓際に座る女の子、昨日告白してきた子がいた。

 薄桃色の髪をした真っ白な肌の女の子。絶対に交わられない、相容れない桜と雪が混同したようなその子は桜井由希。

 由希はひたすらスマホに指を滑らせ、たまににやついたり、悲しそうな顔したりする変な子で今も現在進行形でスマホをいじっている。

「なにしてるんだろっ、ほんと変な子」

 ひとみはふてくされたような表情でそんな事を言う。

 なんでひとみがそんな表情をしてあの子に言及するんだ?

 僕に告白してくれた子を非難するもんだから僕も同じフレーズを使った。

「なに言ってるの、君だって変な子だよ」

 ぴくっ。

 ひとみの目尻が吊り上がる。刹那、肌色の何かが頭に落ちてくる。

 でしっ。

「いったぁ~」

 痛みはさほどない。でも額を押さえてわざとらしく呻いた。

「なにするんだよう」

「なにするんだよう、じゃないわよ、誰が変な子よっ!」

 手刀を己の顔前にひとみの双眸は完全に吊り上がってる。やばい、怒らせた。

 でも手加減をしてくれたのは仲良くしてる友達のよしみじゃない。僕を好きだからだ。ひとみは僕を好きでたまらない。だって、

「君も僕に告白したんだもの」

 唇をひん曲げて言ってやった。するとひとみは口をぱくぱく開閉させて、

「さっき君もって言った!?やっぱりあいつに告白されてたの!?」

「あいつって言うな」

 僕は冗談交じりにひとみを睨む。それもとびっきりイジワルな微笑を湛えて。

(やっぱりそうか)

 誰かに見られていたような気がしたが案の定そうだったようだ。

 僕が彼女にラブレターを下駄箱に入れられ踵を返す事になった僕は誰かに付けられてるのを感じた。背後から、足音を限りなく殺しているが空気を押し込む音だけは若干残ってたからだ。それにめざとく気付いた。

 だから僕はひとみをイジる。

「ううう……でどうしたの、あれは振ってたの?」

 呻き声を漏らしながらひとみは僕を睨み返す。僕は意地の悪い表情を消すと、そっぽを向いた。

 ぷいっ。

「まさかイエスっ!?」

「僕はそのつもりだけど」

 眼を剥いて愕然とする彼女に僕は照れくさげに呟く。頬を染めて。

「ーーふぐっ、うあーんッ!!ひどいあたしの時は振ったくせにーッ!!」

 ひとみは瞳を潤ませて僕を糾弾する。泣き叫ぶ。手刀が何度も僕のおでこに振り下ろされる。ぶつかるぶつかる。

 いてっいて。

 さっきよりも段違いに込められたその威力に僕の頭は上下する。

 やめてくれ、恥ずかしいじゃないか。周りのやつらがめっちゃ見てる。

 僕は頬をさらに赤くして俯いた。痛みに瞼を閉じて、でも緩く微笑を描いて。

 僕はひとみに告白された時の事を思い出していた。

 ひとみは中学の時転校してきた子だ。緊張してるのか分からないけれど教室の隅っこでおどおどしてる、そんな第一印象の子だった。

 下校時、校門をくぐる時に声を掛けてみた。この年になっても人にびくびくしてる人なんて初めて見たから、気になった。だから。

「一緒に帰らない?途中までだけど」

「え?ーーう、うん」

 名前の通り大きい瞳をぱちくり、数秒して頷く。……断らないんだ。

 人見知りみたいだから、てっきり誘いに乗らないもんだと思ったけど。

 僕らは肩を並べて歩く。夕焼けの空を見上げる僕に灰色の道路を見下げる彼女。このままじゃなんだか気まずいと思って話題を振ってみる。

「ねえ、高島さん部活何に入るんだい?」

「えっ?……あ、水泳部」

「そっか」

 ……長続きしない。

 まあ、こんなもんかとアプローチを諦めて彼女の顔を見てみる。無表情。足元ばかり見ているな。でも綺麗だ。男子の中で噂になってたぐらいだもん。そりゃそう思うのは当然だろう。でも胸がないのが残念かな。

 そんな事を考える。ーーと。

「なに?」

 ぎろっ。

 彼女が睨んでくる。やべっ、胸ばっか見てたのばれたか?

 僕はそっぽを向いて、気取る。

「いやっ、なんでも」

「……」

 彼女がこっち見てる。気付かれたかな。確かめてみるか。彼女の顔色を窺う。

 そして僕は瞠目する。

 だって嫌そうな顔をしてると思った彼女が困ったような表情で紅潮していたから。なんでそんな表情してるのかよく分からなかった。

「だい、じょうぶ?なんかあった?」

 彼女の目元がぴくっと動く。俯きがちだった彼女の両眼が僕の双眸を射抜く。ーーねめあげている。

「ひどい」

「……なんかごめん」

 気付かないふりをして歩みを止める。彼女も足を止める。

「僕はここから道が違うから」

「そう」

 本当はまだ一緒に歩けるけど。

「またね」

「……うん」

 このまま進める勇気は僕には無かった。やっぱり人に話しかけるなんて柄じゃないんだろうか。今回は失敗した。

 早足で丁字路を曲がる。速く、そしてもっと距離出来るように足を動かす。次の十字路に辿り着いた時には少しばかり息が切れてた。呼吸が荒い。これぐらいじゃ息は上がらないのに、ーー動揺してるのか?これくらいで?

歩道の限界に足を置く。消えかかったカーブしてる白線が足元目の前にある。

「なに、やってんだかな……」

 ぽつり呟いて、白線を靴裏でこすってみる。これ以上消えないか。

 ため息吐いて持ち上げていた右足をさらに前へ持ってこうとした時、襟を後ろの誰かに引っ張られた。

「ぐえっ」

 膨れ上がった喉ぼとけに襟ホックが刺さる。いてぇ。僕が後ろの人間の腕を掴もうと肘を曲げてそのまま背負い投げでもしようと伸ばした時、さらに引っ張られた。

「ぐええぇッ!!」

「ぷふっ」

 笑い声が後ろで響いて、同時に襟ホックの力が抜ける。くくくっ、あはははははっ!!

 女性の高らかな哄笑が静けさの広がる住宅街に残響する。

 喉を押さえて痛覚にきつく片目を閉じ、後方に振り返る。

 そこにはお腹を抱えてバカ笑いしてる高島ひとみがいた。苦しいとばかりひーひー言ってる。黒髪に真っ赤に染まった顔が見えてそのひとみに涙が浮かんでる。ケタケタ、ケタケタと肩が笑ってる。

「そんなにおかしいか?」

「おかしいよっ、軽く引っ張ったのにえずくなんてそんなに痛かった?」

「痛いよ、学ランをなんだと思ってるのさ、男子のやつは襟が固いの。分かる?」

「分からない。だってあたし女だもの」

 あっそ、と僕はふてくされると、彼女は両眼に溜まった涙を指で弾く。

 ふうぅーっと大きく息を吐いて顔を上げた彼女はにっこりしていた。

「ねえ、明日も一緒に帰れる?」

「え?」

 破顔している彼女に僕はつい疑問の声を上げてしまう。彼女の言葉を反芻しても意味が分からない。僕が硬直していると彼女はむっと顔をしかめ、

「聞こえなかったの?明日一緒に帰って!」

「あれ、いつの間に命令に。疑問形じゃなかったっけ?」

 どすっ。

 彼女の握り拳が僕のどてっ腹にぶち込まれていた。

「くぁっ」

 衝撃は軽い。が、唐突に込められた威力だ。咄嗟に腹部を押さえる。

「はい、これでさっきのはおじゃん、気にしないで誘われて?」

「ふえ?さっきのって……」

 動転が隠せないまま出した声が変に裏返る。眉根を微かにひそめる僕にふふんとイジワルな笑顔で喉を鳴らし、

「胸見てたのはなしにしてあげるって言ってるの。思春期でも女の子の胸ばっか見てたらあそこ蹴られちゃうよ?」 

 そう言って小指を差し出す彼女に、僕は首を傾げる。はて、何がしたいのだろうか。

「約束よ、や・く・そ・く!あたしにこの町の事教えて!!」

 こしゃまっくれた笑顔を見せる彼女にそんな話していただろうかと、急な飛躍に戸惑いながらも彼女の小指を握る。僕よりも細く柔らかなその小指を。

「はい、約束。明日あたしより先に帰ったら今度は本気で殴るからね」

 ばいばーいと別れた後も大きく手を振る彼女に僕は未だに動転してるらしい。ちょっと呼吸が荒いもん。女の子の指を握ったからだろうか?小指だけだけど。

 ふにっとしてて痩せた見た目には不相応な肉付きにびっくりしたけどそれよりも股間の違和感が気になる。

 膨らんだ男根の位置をずらして振り返る。明日も会うのか、会えるのかと気分が上がるのも感じる。

 でも彼女を体は異性として見ても心はただの同級生だと見ていた。

 だから彼女の告白を受ける事は出来なかった。


 彼女とは日に日に仲良くなっていった。交わす言葉の数が増えると彼女は男勝りな性格だった。竹を見たら中に居るかぐや姫ごとぶったぎるような、そんな子。だから、クラスに馴染むとすぐに誰とでも仲良くなった。つまり、人気者ってわけだ。

 男子にも怯む事なく声をかけるので特に男子と仲良かったイメージ。それで可愛いときたもんだ。中学を卒業するまでに何人に告白されてた事か。その度に振られたのは知ってるやつでも五人以上。

 そんな彼女に遠慮して近づく事もやめたのだが今度は彼女から話しかけてくるようになってた。

 今だってそうだ。

 そして、高校受験生の僕らは勉強に勤しむ。そうして夏、待ちに待った水泳の授業だ。

 ーーと言いたい所だが、僕は泳ぐのが大のニガテ。ビート板を持たないとそのまま沈んでいってしまうぐらい、泳げない。という事で見学。

 これもこれで至福なんだよね。だって女子の水着が見れるんだもん。

 痩せ型の女の子も、ふくよかな女の子も肢体の曲線とか胸の膨らみとかじっくり見るのが好き。

 女子は僕の事なんて気にしなかった。けれどめざとい男子はあっさり気付いて僕の顔を覗き込んではニヤついてた。

 仕方ないじゃないか、男なんだから。健全な男子中学生なんだから暇があれば女子の体くらい見てるよ。まったく。

 ピッ。

 ホイッスルが鳴って一斉に女子が飛び込む。今回はクロールの練習。中でもひとみの泳ぎが一線を画して綺麗だった。無駄のない動き。次の動作にもキレがあり、ちゃんと真っ直ぐに進む。

 僕の場合、ビート板使っても前に中々進まなくて何故か斜めに、明後日の方向に突き進む。

 それがどうだ。彼女の水泳は。水泳部の部長を務めてるだけあって肩書き通りの当然の実力だった。

 プールサイドに上がった彼女はベンチにジャージ姿で腰掛ける僕に近づいてくる。

(……ああ、やっぱ特段えろいよな)

 僕は吟味するように太陽の日差しに目を細め、体を滴る水滴をきらきら光らせるひとみを見つめる。

 初めて出会った時よりぐんと身長の伸びた彼女はそれに合わせるように胸も脹らんでいった。水着を着ている今も布を押し上げてるのが一目で分かる程女の子らしい体に仕上がっている。このままクラウチングスタートを決めてダッシュしたら、ぽよよんと弾むくらいの大きさかな。

 僕も背丈はいくらか伸びたけどいつしか彼女には負けていた。それに鍛えてるからウエストは引き締まっていて筋肉も付いてる。最近腕相撲したら折れる勢いで倒されたぐらい。それぐらいスタイルのいい身体能力バツグンの女の子である。

 だから体が発情してしまうのは当然の事であり、当然の事で、だからーー

「翼くん」

「ふえっ!?」

 隣に立たれるのはよしてもらいたい。いや、よしてください。お願いですから。

 しかし、そんな祈りは彼女には届かない。一寸も。一ミリも。一ミクロンも。

「声が変だよ、どうしたの?」

「いやぁ?どうしたんでしょうね~?」

「じーっ」

 僕、高木翼はひとみの視界から気配を消して俯いていた。それでやり過ごそうとしたのに気付きやがった。ちっ、目の肥えたやつだ。

 それで追及してきやがる。勘の鋭いやつだ。ちっ。

「隣座ってもいい?」

 ぎしっ。ベンチが悲鳴を上げる。

「いやっ、座ってんじゃん」

「んー?」

 ひとみは首を傾げにっこり満面の笑みでこっちを凝視する。

「すみません……」

「うん、それでよし」

 くそっ、この一時でいいから尻元のベンチと入れ替わりたい。彼女の濡れたお尻にしかれてその場を凌ぎたい。

「それで話があるんだけど」

「……なに」

 泳いだ後だからか少々呼吸の乱れた彼女は、緑の水泳帽を引っ張ってそのつややかな黒髪を露わにする。途端に塩素の匂いが濃くなる。

 いや、プールの匂いーーかな。

「ねえ、夏祭り一緒に行かない?」

 友達も誘って、だけどさ。そうはにかんで呟く。

「いいけど来月じゃん、まだまだだよ?」

「いいじゃない、こういう約束は早い方がいいの」

 その方が忘れないでしょ?って、束になった髪を撫でつける。

「だめ、かな?」

 媚びを売るような表情で言うひとみ。……その顔はずるいじゃないか。ずるいよ。……ずるいって。

「分かった、でもひとつだけ条件」

「えっ?」

 一刹那、歓喜の表情になったひとみの感情が困惑に移り変わる。

「それは……」

「それはね、とびっきり可愛い浴衣を着てくる事。いい?」

「ーーうん、分かった」

 視線ずらし黙考、彼女はこくんと頷く。よし、こいつの浴衣姿ゲット。やったぜ。どんなの着てくるかな。楽しみだ。妄想ににやつく。ーーと。

「……」

「ーー?なに?」

 ちらっ、ちらっとこちらに視線を向けているひとみに気付いた。

「さっきから女の子みたいに膝の上に手を置いてるけど、おち……翼くんってオネエだったっけかな~って」

 途中何かを言いかけたが噤み、代わりの言葉が零れでる。

 ひとみは顔を赤くしてそっぽを向いた。……絶対に気付いてる。分かってるよこいつ。

「いや違うけど、何で急に?」

 僕も顔を逸らす。出来るだけ自然に。でも呼吸が自然じゃない。大きく吐いた呼吸がヴィブラートかかってる。やべえ、ばれる。ばれてるけど。

 息がどんどん上がる。どんどこどんどこ心臓が動く。打ち鳴らされる。うるさいって。聴こえたらどうする。

「翼くんのえっち」

 ぴくっ。

 咄嗟に振り返る。

「いや違うんだ。他のやつ見てこうなってて……」

「ヘンタイじゃん」

 うぐっ。何言ってんだ僕は。その通りだ。火に油じゃないか。

「……ヘンタイじゃないもん」

「じゃあなんだっていうの?」

「うーん、スケベかな」

「本当にそう思ってる?」

「うん……」

 嘘です。そんな事微塵も思っていません。っていうかなんてこと言わせるんだこいつは。痴女か?

「じゃああたしの体でおちんちんが興奮してるんじゃないんだ?」

「……うん?……うん」

 返答に困る。危うく首が正直に動きそうだった。危ねえ。それにしてもこいつおちんちんって言ったか?やっぱり痴女なのか?

「ふーん、そっか。……うそつき」

 最後の一言口ごもるひとみ。

 いつの間にかプールの水面を眺めていたひとみは足をぶらぶらさせ、ぽつりなにかを口の中で含んだ。

 隣の、爪の先まで育ち盛りな艶めかしい爪先を目で追いかけてるとふと、制止。

 ーーさっきの囁き、実は聴こえてた。ぼそぼそとだけど、水飛沫のノイズを省いて、予想して、多分だけど。はっきりじゃないけど、でも絶対ってぐらい彼女の発言は知覚した。心で、聴いてた。

 そうか、やっぱり君は、

「君は痴女なんだね」

 ごつんッ!

 頭蓋がかち割れるような音がしたのは僕が言い終えたのと同時だ。

「いってえ~!!」

 目尻が濡れる。それぐらいの痛覚レベル。最近ここまで痛いって感じたのはない。自己ベスト更新だ。それを果たした相手は、

「女子に向かってそれはない!ひどいよっ、もう」

 怒声。でもどこか本気さがない。振り返ってみるとまたもや失言を吐いてしまった事に気付いたが、これでもマジギレしないなんてやっぱりこいつは痴女なのか?

「ひどいっ、翼くんサイテー」

「ごめん、やっぱり約束なしにする?」

 機嫌をとろうと顔色を窺う。覗く。

「……ううん、約束は約束。しちゃったからね、皆に申し訳ないし」

 なるほど、先回りしていたのか。じゃあ断っても他のやつに誘われるはめになってるんだな。ちっ、知能犯め。

「ん、そろそろ行かなくちゃ。またね」

「っああ、うん」

 立ち上がり手を振ると、微笑んで僕を見下ろすひとみ。僕はどんな表情をしたらいいか一瞬迷って、作り笑いを浮かべた。

 びたっびたっと重々しい足音をたてて歩き去っていったひとみの先には、手招きして「遅いっ!!」と潜めた声を張り上げている女子がいた。

 ごめんごめんと後頭部に手を添える彼女は僕がその様子を見届けている事に気付いて手を振ってくれた。

 今度は自然と口が弧を描き、僕は小さく手を振る。


 場面は転変、夏祭り。正確には『なつこい』といういつから伝統になったのかはよく知らない夏祭りだ。名前からして最近始まったものだろうが僕が物心ついた時には存在してた。多分それ以前から行ってる行事だろう。

 僕の住んでる田舎町じゃ一番大きい夏のイベント。学校の掲示板にも大きく女子高生がポーズ取ってる絵が貼られてる。カップルのデートには持ってこいの一大イベントだろう。

 僕も小さい頃は両親に連れられ、よく開催地運動公園の野球場に行ったものだ。今回もまた花火を見た記憶が塗り替えられるのだろう。

「翼くん」

 待ち合わせ場所でぼうっと空を眺めているとふと声をかけられる。

 振り返るとそこには浴衣姿のひとみがいた。

「ふわぁっ!」

 上から下、視線が上下して僕の瞳孔が彼女のそれを捉える。その反応だ。

「なにその反応」

「ん?いやなんでも」

 水色に赤と黒の金魚が泳ぐ浴衣の帯を両手で掴んだひとみは頬を膨らます。

「なによ言いなさい!」

「いやだからなんでもって……」

「いいから言え!じゃないと絞め殺す!」

 僕のシャツの襟首を掴み上げてくるひとみ。

「わあー!ひとみさんに殺されるーー!」

 ばたばたとわざとらしく手をバタつかせる僕にひとみはほんとに首元に手を滑らせてくる。これで力を込められたら本当に殺されかねない。大人しく従おう。

「分かったって、言うからさ。手え離して」

「分かった。じゃあ、言って」

 やっと殺害の手指を離したひとみはむすっとしながらも僕の言葉を待った。その行為に甘んじて少し崩れた襟元を直す。そして、一息。いや、ため息かな。

 ぼそりと呟く。

「なんかえろいなぁって」

「やっぱ殺すッ!」

 そう言ってひとみがその細い腕を僕の首に伸ばしかけてきた時、音が遠くから響いてくるのが分かった。『なつこい』の目玉にもなってるバンドの演奏だろうか。J-POPのような曲が流れてる。

 ひとみが振り向く。硬直して会場の方に目を向けてる、否、耳を傾けてるひとみの手を掴んでみる。

「こんな事やってないで行こうっ?」

「えっ?」

 ひとみは瞠目して、慌てて僕の顔を見る。そして顔を赤くして、

「あっ、うん……」

 そっぽを向いた。

 クラスの仲良くしてるやつらと合流する。彼らは僕を“友達,,だと思ってるみたいだけど僕はそうじゃなかった。ただ仲良くしてるだけ。ただそれだけだ。だから、ひとみよりかは口数が少なくて会話のラリーも続かない。だからひとみだけは特別だった。

「次じゃがバター食べたい!」

 屋台で購入したケバブを食い尽くしたひとみに連れ回される。

 僕の手を引っ張り歩くひとみにはほとほと疲れた。もうそろそろ休ませてほしい。てか、僕だけ何も食べてないんだけど。

「よく食べるね君は。痩せてるくせによく太らないもんだ」

「運動してるし育ち盛りだからなの!いいでしょ、付き合って」

 はいはい。僕は嘆息すると呆れ顔をして付き合った。

 かき氷を食べて、ひとみは舌を青く、友達の女子は黄色に染めて、あははと笑う。

 紅いりんご飴をガリッとかじるひとみ。そこは女の子らしくペロペロ舐める所じゃない?

 女子と男子に囲まれてきゃははと笑うひとみを見つめていると喧騒の中から、花火の打ち上げカウントダウンを宣告する女性のアナウンスが放送される。

 カウントダウンを始めます!

 ーー3、2、1、ゼロ~!

 ど、どん。ひゅ~っと高い音が夜空に反響して、のち、喝采。カラフルな光が黒い空を彩る。それが続いて続いて、スターマイン。

 お腹に響く低い音。ーー久々だ。久々の感覚。

 最後に、ぼんっ、パラパラパラーーと大きい花を咲かせた火花は灰色の煙を巻いて消えていった。

 焦げたような爆薬の匂いが微かに広がる会場を後にして仲のいいクラスメイト達と別れた僕は帰路を辿ろうとした時、ひとみに呼び止められた。

「ねえ翼くん。話があるんだけどちょっといいかな?」

「……なんだい」

 聞き返した僕は彼女の視線が気になった。斜め下を向いてる。どこかよそよそしい。

「こっち、来て」

「わっ、と」

 ひとみは強引に手を引っ張った。速い。歩くのが速いって。そんなに急がなくてもいいじゃないか。足がもつれる。待って、待って。いいから、

「待ってよ、どこいくのさ。痛いって」

「あっごめん、でもここで……だから」

 ぱっ、と手を離される。何なんだ一体。

(……噴水?)

 気付けば、足元まで水が流れ、水遊びが出来るよう設置されてる噴水の広場に連れられてた。彼女の背中しか見てなくて、逆に説明すると、周囲の事なんて眼中になかった。だって、浴衣姿が綺麗で、浴衣姿が似合い過ぎるひとみがそれ以上にすっごく、綺麗だったから。だからなおさら当惑した。

「……ふう」

 僕に背を向け、胸に手当てて大きく息を吐くひとみ。彼女が振り返ると、同時に噴水が吹き出した。バチャバチャと裸足になって足を噴水の水に浸す幼い女の子と男の子がいる。それを見守る二人のお母さんがいる。そんな光景を彼女は唇を緩くして振り向きがちに見つめていた。

「あたし達にもあんな時があったんだよね。あたしにも仲良くしてくれる友達がいた。でもここに来る時に別れちゃった。多分もう会えない。奇跡が起きない限り。ねえ、翼くん。あたしのその友達、男の子だと思う?女の子だと思う?」

 さあ、どっち?

 人差し指だけ立てた両手を持ち上げ、首を傾げるひとみに、僕は困惑してしまう。いや、困っていたい。その思考に捕らわれていたい。他の雑念に目を向けたくない。だってそれはあまりにも恐ろしい予想だから。だから考えたくーー

「じゃあ、質問を変えるね?その子に恋してたと思う?ーー思わない?」

 間を空けて囁いたひとみ。さらに数秒置いて、どっちでしょう?なんて立てた二つの指を揺らす。指を、振る。

 そこでやっと、はっきり知覚できた。彼女が何を言いたいのか。突然、走馬灯のように記憶がリフレインする。初めて会った時の彼女が顔を赤くして困ってた事。僕の太腿の間を見て耳まで赤くしてそっぽを向けた事。あの時、うそつきってぼそぼそ言ってたけどどこか嬉しそうだった。そして今も顔が朱い。

 今までひとみは誰かに恋してるような顔をしてた。その誰かは途中で気付いてた。そうだろ?気付いてたはずじゃあないか。それを見てみぬふりして鈍い自分を演じてた。高木翼という彼女の中の自分を演じてた。じゃあ、君のこれからの発言にはどうすればいいのか。一体どうすればいいのだろうか?

 分からない。君の気持ちには、

「じゃあ、答え言っちゃう。初恋だったの。そしてその人に君は似てる。だから翼くん」

 彼女が息を吸い込む。その決定打を僕にぶち込むために。

「あたし、翼くんが好き。付き合って」

 ……君の気持ちには応えられない。

「ごめん、付き合えない。君をそういう風に見れない」

「……そっか」

 ……。…………。………………。

 静寂。のち、

 バシン。

 乾いた破裂音。叩かれたのに気付いたのは自身の頬にじんわり熱を感じたから。

 ゆらり、僕は左のほっぺたを押さえる。彼女を、……そっと見やる。

 ひとみのその大きな瞳には大きな大きな涙の粒が溜まっていた。

 ーー泣かせてしまった。

「ばかっ」

 ぽつり、それだけ零して彼女は走り去っていった。カランコロンと音をたてて、すぐに僕の目の前から消えた。

 ……これで良かったのだろうか。

 ぎゅっとシャツの胸元を握る。

 その後悔の念だけが心を蝕んだ。


 夏休み明け、久々に彼女の顔を見た。あんな別れ方をしたのに彼女はいつものように笑っていた。男子に女子にクラスメイトに囲まれて、バカ笑いしていたそんな姿を見てちょっとほっとする。

 帰り際、近くの駄菓子屋に寄った。今にも潰れそうな小さな古びた駄菓子屋。店主がお爺ちゃんである所を見ると昔からあるんだろうな。

 十円ちょっとのグレープ味のガムを買う。店の前で早速口に放る。箱を傾けて口に直接。

 今日は部活が早く切り上がったので空も蒼い。青春の空、なんていうのかな。夏といえば青春だけど青い春、ではない。アオハルなんておかしいもの。

 球体のガムを噛むと甘い濃厚の味わいが広がる。うん、うまい。

 くちゃ、くちゃと咀嚼して風船を膨らます。パンと弾けて、ペロッとガムを集める。そんな事を繰り返していると一人の人影が隣に立った。ーー誰だ?

「おい、ヘンタイ」

 この声。

「おいっ、ヘンタイっ」

 聴きたくない。

「こっち振り向きなよっ」

 やだよ、顔も見たくないんだ、今は。

「このヘンタイスケベオタンコナス」

「なんだよ痴女……」

 振り向くと、案の定そこにはひとみがいた。立ってた。

「むうっ、この前告白してあげたのにそんな言い方はないじゃない」

 珍しく本気で怒った表情してる。ひとみの瞳が吊り上がってる。ひとみだけに。

「気まずいんだ、分かれよ。君とは話したくはない」

「あたしが叩いた事、そんなに怒ってるの?」

「……怒ってないさ、ただ君とは友達でいたかった。いや、なってほしかったんだ」

 ガムを箱の中に吐き捨てる。まだ味が残ってるけど。

「じゃあ、なってあげるって言ったら?」

「っ。……」

 ちょっとばかり瞠目してしまう。ーーしまった。

「嬉しいんだね。じゃあ、なってあげる、なってあげよう」

 あげようあげよう、なんて嫣然と頷く彼女に僕は迷う。ーーってかなんで迷ってるんだ。こいつと友達でいたかったんじゃないのか。

「ーーほんとになってくれるの?友達でいてくれるの?」

 うん。うそだ。うそじゃないよ。うそだ。うそじゃないって。じゃあ証明してよ。分かった。どうやって。こうやって。

 ぽんぽんっ。

 僕の頭に何か乗っかった。気付けば目の前に彼女の腕がある。彼女の手のひらが乗っかってる。僕の髪をその手が掻き分けるのように、とかすように、撫でる。

 愛撫する。

「はい、いい子いい子してあげたよ」

「だから……?」

 顔が熱い。……耳まで、熱い。

「これが友情のしるし。あたしなりのね」

「……そっ、か」

 俯く。地面に水滴が零れてる。今も。一粒、二粒。汗だと思いたいけど、全部がそれじゃあない。視界がぼやけて何も見えなくなってるから。眼球が沁みて、ちりちり疼いて、ちょっとひりひり。

 だからこれは、涙。

「あんたとの絆は断ち切れないよ、一生。絶対。約束する。だからいつかは、ーーいつかは気が向いたらあたしの気持ちに応えてね?好きだって」

 待ってるから。

「うんっ、うん。ありがとう。実は君が初めての友達なんだ。初友」

「なに『初友』って。初恋じゃなくて?」

「うん」

 涙ぐんだ涙声で言う僕に、ひとみは僕の眼に溜まった涙を親指で拭ってくれる。右に左に。その長い指で払い落として、照れ笑いを浮かべてる彼女には、この瞬間叶わなかった。いや、一生かもしれない。

 それぐらい彼女に傷付けられて救われた。それはこの後も。

 だから僕は彼女を憎めなかった。

 レモンがパッケージになってる牛乳、レモン牛乳を飲むひとみは僕の机を占領して弁当箱を広げていやがる。

「なんで僕の机で食べるの?狭いんだけど」

 コンビニで買ったサンドイッチを手に持つ僕はそう抗議する。

 しかし、それはむなしく、

「あれ~?あたしの告白は拒否ってあんな変な女の告白を受け入れた奴に何の権利があるのかな~?」

「ぐっ」

 むなしく終わる。ちっ。

 腹いせにサンドイッチを口に詰め込み、咀嚼。

 ごくんっ。

 そして次の獲物をバッグから取り出した。カスタードホイップクリームパン。食べると至福のひと時を味わえる、そんな絶品の一品。

「よこせっ」

「あっ」

 がしっ。菓子パンの袋が悲鳴を上げて僕の手から遠ざかっていく。ああ~、僕の獲物が~……。 

 ひとみの手に渡ったその菓子パンはおもむろに顔を出し、輪郭を次々に失っていく。

 バクバクッ、もふもふ。ぺろり。

 でっかい一口をたった四回で終わらせ、菓子パンはひとみの胃に収まった。

 ……死なせてしまった。僕の手で喰い殺したかったのに。

「南無三」

 死んでいってしまった我がカスタードホイップクリームパンに祈りを捧げていると、ひとみは怪訝な顔をする。

 まっ、当然の反応か。

「いや、君の胸を拝んでただけだよ」

 発育の栄養になってクリームパンの死が無駄にならないように。そう茶化すと、

「こんのっ!!」

 右ストレートが飛んでくる。

「おっと」

 回避。予測済みである。ーーと思いきや左アッパーが待ち構えてた。

 ごすっ。

「いでっ」

 手加減気味だった。これはありがたい。今日のひとみ様はご機嫌のようだ。ラッキー。

「もうっ、ほんとあんたはヘンタイよね。他の人に言ったら通報されるからね」

「大丈夫。君にしか言わないから」

「……あんたのたまっころにシャーペン突き刺していい?」

 それよりコンパスの針がいいかな?優しい笑顔を湛えてペンケースを取り出すひとみ。

「申し訳ございませんでした。すみません」

「よろしい」

 腕を組み、ふんすと息を吐くひとみに僕はちょっと笑ってしまう。

 ふふふっ。

「なに?どうしたの?」

「いや、このやりとりが板についてきたな~って」

「……そうね、あたし達、付き合い長いもんね」

 ちょっとしんみりした空気になる。なんだか気まずいな。どうしたもんか。

 この空気を払拭するべく口を開く。でもなかなか言葉が思い浮かばない。言の葉が生い茂らない。

 結局状況を変えたのは彼女だった。彼女がタコのウインナーを箸でつまんで手を添えたまま僕の口に押しつける。

「食えっ」

「えっ?」

「いいから口を開けろっ」

「うっうん。あむっ」

 おいしい。

 そんなこんなで昼休みは終わった。


 放課後、ひとみに一緒に帰ろうと誘われたが断った。昨日の彼女からのメールが気になったから。メールアプリに『一緒に帰りませんか?』と着信があったから。

「あの女と一緒に帰るのね、まあそうよね。友達より恋人の方が大事だもんね」

 まったく。寒いねえ寒いねえ、なんて下手クソな音頭を踊る彼女に、僕は慰めの言葉を探した。でも、返す言葉もなかった。だって完全に的を射ていたから。

「休みは君の買い物にでも付き合うよ、それか遊びにでも」

「そっか、ありがと。ーーあっ、あそこにいるよ?」

 ほらっ、とひとみが指差す。するとそこには桜色の女の子が窺えた。由希だ。

「じゃあね、また」

「また」

 手を振り合って別れた後、僕の遠ざかっていく背を見てひとみは誰にも聴こえない、聴こえる事のない声量で囁いた。

「両想いだもんね、邪魔しちゃいけないよね」

 自分に言い聞かせるように、でもとても悲しそうな声でひとみは言った。


 遅咲きの桜が校門の前で舞い散る中、その風景が背景になってしまう程魅力的な女の子が目の前に立ってる。

「桜井さん」

 ぴくっ。

 気付いてなかったのか気付いてたのか至近距離で名前を呼ぶとやっと反応する。振り向き、僕の顔を見るととびっきりの笑顔。こりゃ前者か。

 さっきまで表情のない固い顔をしてたのにこの反応。無口で無表情キャラっぽい、でもどこかあどけなさの残る童顔のみてくれにしてはころころ表情が変わるな。雰囲気の割には柔らかい心証だ。

「……っ」

 手を後ろに組んで俯きがちにニコニコはにかんでる彼女に僕はつい頬を緩ませてしまう。こっちもつい、ニコニコ。

「いこっか」

 こくん。

 彼女は頷く。花吹雪く校門をくぐって数分歩く。古風な蔵の木造建築とモダンな石造りの建物、その間に梅雨になると綺麗な紫陽花が咲く水路が並ぶ時代情緒な町並みの遊歩道。蔵の町。それがこの町の名前。

 彼女と肩を並べてると彼女の手が僕の手の甲に当たる。

 こつんっ。

 しかし、その白い手は僕の手を逃がさない。触れたまま、するりと僕の手の内側に入り込むと僕の指にひとつひとつ絡め込んでくる。滑り込んで絡めてくる。ちょうどいい所を探してぴったりフィット。挟まった、握られた手の指の熱が伝わってくる。じんわりと体も熱くなってくる。胸も顔も耳も、なぜか心も。

 この熱はなんていうのか。この熱の名前はーー

 ピーンーポーンー、ーーーーーー

 プルルルルルル、新栃木駅発車いたしまーす。

 駅の音、男性のアナウンス。それも駅員の。

 気付けば駅に到着してた。その間に僕の手汗はびっしょり。つまり彼女の手も、

「……」

「ごめん……」

 彼女はハンカチで自分の手を拭いてた。びっちょりになったその手をふきふき、ふきふき。

 意外ときれい好きなのだろうか。僕もズボンで汗を拭った。彼女のエキスをズボンに染み込ませて僕は改札口にかざすパスカードを取り出す。

 外国人に、老人に、切符の買い方を教えている駅員を尻目に彼女がカードケース取り出した。

「いこう」

「っ」

 今度は僕から手を繋ぎ、彼女を引っ張る。あの時、ひとみがしたように。

 改札口にパスカードの入ったケースをかざす。ぴっ。その後にも音が続いて、ぴっ。

 駅独特の安穏とした暗めの階段を上って光が見えてくる。陽光。日差し、太陽。順に見えてくる。黒めのクリアガラスごしだから太陽が直視できる。

 丸い輪の光のプリズム、春になって随分暖かく、いや暑くなったものだ。

 そんな事をどうでもよく考えてた。バカみたいに。だから彼女にも訊いてみようか。暑くないって、ーーと。

 ふりふりふりっ。

 握られてる、いや握ったんだった。その手が揺らされる。ゆらゆらと、力任せに。でも優しく。

 僕は振り返る。髪よりも染めて顔面を朱く紅くした彼女がいた。ーー由希がいた。

「あっ、ごめん。気障った?」

「……っ」

 ぷいぷいぷい。

 首を小さく横に振る彼女に僕はほっとする。……でもここで一つ疑問。

「ねえ、訊きたい事あるんだけどいいかな?」

 こくん。

「ありがと。じゃあ、……君はなんで喋らないの?」

 ………………。

 応答なし。ほんとになんの応答もなし。

 彼女の目元が動く事も、瞠目する事も顔色一つさえ動かない。当然待っても返事すらない。

 まるで聴き慣れていると言わんばかりに。修羅場をかいくぐってきた強者のように不敵な堂々とした態度。

 そして数秒、のち、俯瞰。地を見下ろした彼女は瞼を閉じ、一つ頷くと、顔を上げる。

 そしてその彼女の表情に刮目する。

 なぜなら、悠々とした微笑を満面に湛えて、口元で人差し指を交差させたから。

 バツをつくって唇を隠す彼女がとても、とても印象的だったから。

 春風が吹く。彼女の髪がなびいて頬にぴったりくっつく。それだからか、彼女はなんだかくすぐったそう。

 絵になるような婉然な動きで髪を一房、耳にかける。

「ーー喋れないって事?」

 こくん。

「喋れないの?」

 こくりっ。

 彼女は笑顔で頷く。頷く事しかしない。頷く事しかしてくれない。喋ってはーーくれない。

「そっか」

 彼女の声、聴いてみたいのにな。君の事知りたい。もっと知りたい。気になるから。好きだから。人の声には色んな情報量が込められてる。

 その人が何を考えているか。どんな気分なのか。自分に対してどう思ってくれてるのか。感情があるのか、ないのか。

 その人の心が分かる。だから、

「君の声、聴きたいのにな……」

 気付けばぽつり、口から零れていた。

 ……あっ。

「ごっごめんさっきのはにゃしっ!!」

 慌てて手をぶんぶん振る。うまく呂律が回らない。

 でも彼女は、

「……っ」

 こくんっこくん。

 頬をほんのり染めてただ頷いてた。

『まもなく、大平下方面列車が参ります。黄色い線のーー』

 ……電車が来る。

 シュウウウウウーーカタンカタンーー

 待って。まだ話したいのに。話すら出来てないのに。

「っ」

 彼女は電車にぴょんと乗り込むとこっちに手を振る。微笑みながら、にっこり、ふりふり。手を振る。

「……じゃあまたね」

 僕も手を振る。胸に空しさを作って、それを補う事すらできず。

 そして電車を見送って、スマホが鳴る。メールの着信。誰だろうか。

 新規メールを開封。……桜井さんからだ。

『ごめんなさい、私、縅黙症なんです。あなたが嫌いだから、とかじゃあありません。詳しくはこのサイトで。あと私の事は由希でいいですよ、由希って呼んでください』

 URLが最後に記載されてる。そのサイトを開く。

 すると縅黙症についてさまざまな情報が細かく載った特設サイトが掲示される。

 場面縅黙。全縅黙。縅動。読んでいくうちに、全部、彼女に抱いた疑問、そこら辺の人とは違う違和感が連鎖的に解消される。駆逐される。ほとんどの情報が符合する。合致する。

(そう……か)

 僕はただ空を仰ぎ、込み上げるなにかを堪えて、また視線を落とす。そして、何事かスマホに入力する。フリック。

『ありがとう、今日から君を由希って呼ぶ』

 ピロリン。

『うん』

 ピッ。

『でもこれだけは約束させて』

 ピロリン。

『うん?』

 ピッ。

『いつかは君の声、きかせてね』

 ピロリン。

 最後の返信に目を通して、スマホの電源を落とす。

 その一言に唇が弧を描いて。

 ーー救われて。

『恥ずかしいけどね』

 私は姉の事しか知らないーー。

 これは桜井由希という一人の少女の物語。

 私の姉、桜井風花は私のお父さんとお母さん、二人の人間を知ってる、愛を知ってる、私にとって特別な人だった。

 否、今だってそう。

 お姉ちゃんは私に『由希』という名前をつけてくれた、ここまで私を大きく育ててくれた人だから。

 私が三歳の時、お母さんとお父さんは亡くなった。死因は交通事故。

 姉が誕生日だからとバースデーケーキを買いに行った二人は、私たちを置いて逝ってしまった。原因はトラックとの衝突。ブレーキとアクセルを踏み間違えた単純な操作ミス。その一つの失敗でトラックの運転手ごと泉下へと逝ってしまった。

 その時姉は十八歳。社会人になる齢だった。そのため姉は叔父や叔母の力も借りず一人で私を育てると決めたらしい。

 最初、両親が帰らず泣きじゃくる私に手間取って学校にも行けずバイトも中々手に着けられず、困ったらしいが一番はもう帰って来ない事をどう教えるか悩んだらしい。

 それはそうだろう。だって物心もついてない子供に教える方法なんてないのだから。当然頭を抱える姉を見ていた記憶は私にはないし、両親がいた記憶もなくいつの間にかいないのが、姉が母親代わりというのが普通だった。もちろん両親がどうなったのかをどう伝えられたのかさえもいくら追憶、追想しても解らない。 

 でも姉はこういったそうだ。

『パパもママも帰って来ないけど、由希の中にはいるから、もういるから。帰って来ててずうっと一生いるから、一緒にいてくれるから大丈夫だよ』

 もちろんわたしの中にもね、って。そう抱きかかえて優しくあやしてくれたそうだ。

 それから随分時が経って、小学校入学式。新年生の私達は担任の教師に名前を呼ばれ、次々と立ち上がる。

 はいっ!

 元気な男の子の声。

 はいっ。

 ちょっと恥ずかしそうな女の子の声。

 そして次は私。

 ガタッ。

 パイプイスからは立ち上がれた。でも声が出ない。あれっ、なんで?

 全力で絞り出そうとした。しかし時遅し。タイミングが遅れた。 

 体育館ステージ前、出入り口を正面として座っている新一年生の列に、私に、在校生の、教師らの、そして保護者らの全員に奇異な目を向けられる。雰囲気ががらりと変わる。

 なんだ、こいつ?みたいな。そんな感じの空気。

「桜井由希さん?……こほん。佐野勇気くんーー」

 次に流れる。生々流転。輪廻する名前の読み上げに私はほっとしながらも顔を真っ赤に染め上げてた。ほんとに真っ赤っか。元々白い肌の私の体とはかけ離れてるぐらい、紺色の制服からくっきり浮かび上がってるぐらい。それぐらい顔の色が紅くなってた。当然体感温度は四十度。かんかんに熱い。心臓も消防車の放水ポンプぐらいの速さで血液を押し出していた。立ってるのがきついぐらい。マジで死ぬ。

 続けて教室に戻った後もクラスの自己紹介があったから泣きっ面に蜂だ。同じような状況に立たされてもやっぱり同じぐらいの赤面、動悸があった。のちにこれを縅動だと知った。

 出席確認の時も声を出せないから、ただ、にこーっ?と笑うだけ。そんな私を見て先生は、他校に存在する、『言葉の教室』という場所に通わせた。もちろん送り迎えは全部姉が車で送り出してくれた。

 中学校に上がっても簡単な受け答えしか出来るようにならず、人との対話に、学校生活に辛酸嘗め、苦しめられた。ほんときつい。

 だって物を忘れた時とか、人に貸してとも言えず、気軽に貸してくれるような交流のある人間もいないから、どうしようもなかった。

 ある日、学校帰りに家でのんびり過ごして足をぐーっと伸ばしたとき、姉がテレビの電源を点けた。丁度コミュニケーション障害の特集をやってて縅黙症という症例を挙げていた。

「……」

 なぜか興味が湧く。それは内容が喋れない女の人の半生を物語ったエピソードだったから。なんだか私に似てたから。

 幼い頃から人前に出ると喋れなくなり、無理に声かけに対応しようとすると赤面と動悸が起こる。

 ーーもう完全に私ではないか。

 その人は大学生になって好きな人ができるとだんだん打ち解けて会話出来るようになっていったが、ふと通りがかりに、小学校の頃の同級生に声をかけられ、やっぱり喋れなかったという。

 その時、彼氏さんが対応してくれたが、不自然に思った彼氏さんは恥をかいたじゃないか、ときつく当たると女の人はひどく傷付いたという。

 そして気紛れに自分の症状をネットの検索にかけて、愕然とした。

 なぜなら、自分と同じように喋れない人がいるという事を知ったから。事実を知ったから。だから、びっくりした。

 そしてそれを彼氏さんに伝えて、そのカミングアウトに彼氏さんも驚きながらも、攻めてしまった事を謝ったという。

 それで二人は一生のパートナーに、夫婦になったという。

「お姉ちゃん、これ……」

 番組のエンドロールを見て、そして最後までテレビを見つめながら、姉の肩を叩いた。

 その私の反応に姉は、

「……ごめんね、由希。わたし、実は知ってたの」

 ーーえっ?

「言ったらあなたの気が狂うんじゃないかって、ひどく落ち込むんじゃないかって、由希がおかしくなるんじゃないかって思うと、怖くて言えなかった」

 伝えられなかった。

 銀髪をポニーテールにした姉は怯えたような、ひどく悲哀に満ちた声で呟いた。

 ーーそう、だったのか。そうだったんだ。

 私の方こそ、

「私の方こそごめん。心配かけて。本当はお姉ちゃんがやる事じゃないのに」

 ほんとごめん。

 その言葉を最後に私は泣き崩れた。姉のその豊かな胸の中に顔をうずめて、沈めて、ぐちゃぐちゃに泣いた。泣く事しか出来なかった。ほんとは、ほんとは彼女にお礼を言うべきなのに、心配かけてごめんねって謝るべきなのに、私の人生に自分の半生を費やし、精神に負担、疲弊させたお姉ちゃんを慰めてあげるべきなのに。私は何も出来なかった。

 自分の、己の役目を一つも果たせなかった。姉の妹には、姉妹には、助け合う“きょうだい,,にはなれなかった。私は彼女の一人娘でしかなかった。娘にしかなれなかった。

 ーー泣く事しか出来なかった。

「なんであなたが泣くの。わたしが泣けないじゃない」

 私の頭に姉の手のひらが乗せられる。ふわりと、優しく。

 次第に頭上から、あまり聴かない姉のえづく声が、嗚咽が降ってきた。泣き声が落ちてくる。

 ーーお姉ちゃん、ほんとごめん。

「つ~ばさくん♪」

「わっ」

 蔵の町、コンビニさえも蔵の古風な屋根を模した形をした二つの時代が生きる街。その時代情緒の遊歩道で後ろから肩を組まれた。

 後ろに人がいる事も気にせず腕を首に絡めてくる誰かは、

「やめてくれよひとみさん。人前だよ?それに胸当たってるし……」

「いいじゃないいいじゃない、少しぐらいあたしの洗礼を受け取りなさいっ」

「はあっ……」

 ひとみの華奢な腕を掴み、払い落とすように外す。むうっ、なんて隣でふてくされるひとみに無頓着に歩みを進めた。

 校門をくぐり、靴を脱ぎ、上履きに履き替える。

 由希に告白されて数日が経った。あれから、だ。まだそれだけしか時は過ぎてない。が、由希とは一緒に帰るだけで、進展はまだなにもない。ーー話すらできない。

 でも会話を強いるのは酷だし、こちらとしても話題を振る勇気がない。それに一緒にいるだけで、いれるだけで心地いいから。楽しい、とはまだ違う気がするけど、相手もそれでいいならいい。今はそれで。

「なに?ニヤついて」

「ニヤついてないよ」

「あっ、まさかあの女とセックスでもしたの!?」

「っしてねーよ!!なんでそーなるんだ!?」

 思わず声を張り上げてしまう。なにを言い出すんだこの女は。こくられて数日でやっちゃうスピード結婚ならぬスピード性行為をするか。

「ったく」

「ふーむ、違うか。じゃあさっきのあたしのおっぱいが当たってた事に興奮してんの?」

「君は痴女か」

「違います」

「じゃあ、ヘンタイなの?」

「違いますぅー、ヘンタイなのはあんたですぅー。こくられた女にデレデレして一人エッチのおかずにしようとしてるやつに言われたくありませんー」

「まだおかずにしてねぇーよッ!」

「えっ?まだって言った?これから頭の中であの子とやるの?」

 うっわキモ~、なんて口元に手を添えて引いた態度をとるひとみに、はめやがったな、と唇を噛む。

 まあ、彼女になんと言われようが仕方ない。彼女は少なくとも僕を想ってくれてるのだから。これぐらい言わせとけばいい。

「わーったよ、ヘンタイでした。これでいいだろ?」

 すると、ひとみは瞠目。のち、そっぽを向いて頭がちょっと上下。揺れる。クスクス、クスクス。

「やい、ヘンタイ。やい、ヘンタイっ」

 びすっ、びすっ。

 つんつん僕の肩に人差し指を突き差す彼女をうざったらしく思いながら階段を上がる。うぜぇ。そして最後の一段を踏みしめた時、

「おい」

 通路に立っていた男子生徒に呼び止められた。いや、待ち構えられていたというべきか。

 教室がある方に曲がろうとした時、後ろから肩を掴まれた。

「お前か?」

 なにが?

「ひとみの彼氏は」

 ……何言ってんだこいつは。

「僕はひとみの彼氏じゃないんだけど」

「嘘つけ、あれだけ高島さんといちゃついてて言い逃れできないぞ」

 ……勘違いも甚だしいな。

「僕はひとみさんの友人だ。彼氏でもなんでもない」

「お前と話しても埒が明かない」

 こっちの台詞だ。

 それにしてもこいつ見覚えあるな。このキザったらしい顔つきとツンツンヘアー。確かお前は、

「ウチのクラスの学級委員長だっけ?」

「だっけじゃない!クラスメイトを忘れるなよっ!?」

 糾弾してくるツンツンヘアー。

「仕方ないじゃないか。僕は人に興味がない」

 自慢じゃないが人の顔は覚えられても名前が一致しないぐらいだからな。ひとみと由希は特別だが。

「俺は神野卓磨だ、覚えとけっ!」

「へえ~……、ーーで誰だっけ?」

 名前が耳をすり抜けてしまった。ーーいっけない、てへ。

「おん前ええぇぇ~っ!高島さんはこいつのどこがいいんだよっ!?」

 と、いう本人はというと。

「……」

 僕の背中に隠れて嵐を凌ごうとしている。ーーなんてやつだ……。

 しかし、後ろにいるひとみはどこか怯えた表情をしている。ちかちかと瞳孔が震えてる。

 そして、

 ぎゅっ。……僕の制服の袖を掴み、握り締めてくる。

「ひとみさん?」

「翼くん、こいつどうにかして……」

 ぽつりちっちゃい声で呟くひとみに当惑しながらも一応彼に注意してみる。

「彼女は嫌がってるみたいだぞ?何したんだお前?」

「何ってこくっただけだよ。それを彼氏がいるからごめんなさいって言われたんだっ」

 ……あ"っ?

「聞けば高島さんに付き合ってるやつなんていないそうじゃないか、でもお前が怪しい。それっぽい噂は流れている」

 あれっ?いつの間にか僕、ひとみの彼氏になってね?彼女いるんだけど。

 後ろのやつに視線を向ける。

「……」

 じーっ。

「ーー」

 視線に無視するひとみ。

「ねえ、ひとみさん」

 じとーっ。

「……えっ」

 やっと反応した。

「君の彼氏って誰?」

「い、いや~」

 ひとみはそっと目を背ける。

「確信犯め」

「ぐっ」

 ひとみはぐうの音も出ない様子。いや、『ぐっ』て声出してるか。

「仕方ないじゃない、こいつしつこいんだもの」

「だってさ、お前しつこいって」

「ッ!?ーーッ!ーーーーッ!!くう~ッ、くそーー!!覚えてろよーッ!!」

 だッと駆け出して、悔しげに叫び声を上げていくツンツンヘアーを見届けると僕は振り返る。

「君は小悪魔かね?」

「むっ、ひど~い」

「助けたんだからひどいはないだろ」

「そうだけどさ、あたしが性悪みたいに聞こえるじゃない」

 いや、実際そうだろ。僕を勝手に彼氏設定して告白の防御に使ったんだから。ずるいわ。

 ーーとは言わなかった。言えなかった。殴られそうだったから。しかもひとみの場合、股間を狙いかねない。

「まったく、僕には交際相手がいるんだから、勝手に彼氏として使わないでくれ、分かったな?」

「は~い」

 唇を尖らせて不満げに応じるひとみに嘆息し、ツンツンヘアーが逃げていった先を一瞥して、教室に向かう。

 小悪魔というよりひとみは悪魔かもな。


 放課後、職員室に呼び出された。なんだろうか。

 放送の指定通り生活指導の日ノ原先生の元に寄る。

「なんですか、先生」

「なんですか、じゃない。お前、女子の胸を揉んだそうだな」

 急な歓迎だった。まさか、そんな言葉が待ち構えてたなんて。迎撃の威力が強すぎた。あまりの衝撃に、

「はあっ?」

 なんて生意気な声を出してしまった。

 何を言ってるんだこの先公は。いくら美人女教師で有名だからって言っていい事と悪い事があるぞ。

 日ノ原先生はとてつもなく綺麗な人だった。それは由希やひとみに負けないぐらい美人な大人っぽい先生。ロングヘアーの茶髪が色気のある顔立ちを引き立たせている妖艶な雰囲気の先生。だからなおさらその言葉の威力はでかかった。

「何言ってるんですか先生?」

 あまり感情が漏れないよう気取って喋る。口調が怪しくないか、表情は露わにしてないか、ただそれだけが今は気になった。

 先生は嘆息し、職員用の机の引き出しから一枚のプリントを取り出した。

「これを見ろ」

「?」

 ーー停学処分書?なんだこれ?

「これがどうかしたんですか?」

「ちゃんと下まで見たか?よく見ろ」

 ……じーっ。

 大体の文面に目を通し、目線をずらしていく。……んっ?

 自分の名前が載ってる事に気付いた。なぜだ。

 停学処分書に自分の名前。

 視覚で捉えた情報を反芻。そしてようやく事実に気付く。

「まさか、嘘ですよね?」

「いんや、本当だ」

「本当ですか」

「ああ、よく見てみろ」

「いや、もう充分です」

 バッサリ。断った。

「そうか、まあいい。保護者にはもう通知しといたからな」

「えっ……」

 あまりに恐ろしい発言だった。自分でなんとか弁明して直接伝えようとしたが、叶わなかった。無理な願望となってしまった。どうすればいい、どうしたらいい、どうやれば、

「それにしてもセクハラをしてないような反応だったが覚えはないのかね?」

「……えっ?」

 先生の言葉に意識を戻された。邪な思考から現実に回帰した、そんな感じ。

「ああっ、はい。まったく覚えはないですけど」

 なんとか応じる。

「どこ情報なんです?」

「いやな、今朝、下級生がお前と高島がいちゃいちゃしてる所を写真に撮ったらしくてな。それを見せられたんだ」

「はあ……」

 今朝のやりとりか。人前だという事は懸念したが、まさかここまで発展するとはな。人って怖い。

「胸を揉んだのは昇華捏造かもしれんが肩を組んでたのは事実。だろ?だから校則に則ってお前を処分しなければならない」

「……?」

 よく分からない。それでなぜ処分されなければならないんだ?

 僕は首を傾げて問う。

「校則ってなんですか?」

「不純異性交遊はなしって事だ。分かるだろう?ここは学校だ」

「でも肩を組んだぐらいセクハラになるんですか?それに組まれた側ですし……」

 感情を抑える。

「それでも、だ。気持ちは分かるが、上からの命令で仕方ないんだ。私だってこんな事はしたくない」

 上からの、命令?なんだそれ?

「上からの命令ってなんですか?なんで僕がこんな目に合わなくちゃならないんですか?」

 先生は溜め息を吐いて、言葉を紡ぐ。めんどくさそうに。

「だから校則だって言ってるだろう?」

 ……。

「もういいです、話にならない」

 僕はぱんっ、と紙が破れるような勢いでプリントを受け取り、振り返る。早足で出入り口の扉に近づき、ぴしゃっと開けた。一瞬、室内にいる教師らの視線が集まる。それに逃げるように、そして静かに扉を閉めた。

「……ぅ、ふう、ふうッ!!」

 怒りがふつふつと込み上げてくる。煮えたぎってくる。

 なんだよ、あいつ。仕方ない私もこんな事したくないとか言っててあんな態度とるか。鬱陶しそうな、飽きれたような、嫌そうな態度をとりやがって。視線を送りやがって……!

むかつく。むかつくむかつくムカつくムカツクッ!!

「くそッ!」

 毒づき足早に下駄箱のロッカーに向かおうとした時、後ろから手首を掴まれた。

「ッ!?」

 咄嗟に背後の人間を睨みつける。すると、心配げに見つめていたひとみがいた。

 僕の反応に瞠目し、おののいた怯えた表情を見せたが、ごくっと喉を鳴らすと、唇を震わせながら言葉を舌に乗せて、こう喋りかけてきた。

「だっ大丈夫?すごい怖い顔してるけど、なんかあったの?さっき呼び出されてたのって……」

 放送を聞いて待ち伏せていたのか。人がどんな目に遭っているのかも知らずにのうのうと心配だけして、ここで待ってたのか。こいつが、ここで……。

 こいつの、こいつのせいで僕はこんな目に……ーー、いや違う、か。違うのか?でも、無自覚に無邪気にあんな行為をしたこいつを憎むのは間違って……、でも、でも。でもそうしたら僕のこの行き場のないこの気持ちは、感情は、憤りはどこに向かえば。

 クソ、どいつもこいつも。どいつもこいつもーー死ね。

「ひとみ」

「あっは、はい!どうしたの!?」

「うせろ」

「えっ?」

「うせろっつってんだよッ!!」

 僕が叫んでもひとみは動じなかった。否、

「なによ……」

「ーー」

 ひとみの声が響く。涙ぐんだ声。哀調の声音。哀切に満ち満ちた音色に僕は、その、そこに立ってるひとみの双眸を見やる。

「いきなり呼び捨てにしたからなにかと思ったら、なんなのよ、心配してあげてるのにそれはないでしょうっ!?」

 ひとみの揺れた怒声。悲憤が僕を責め立てる。でもそれすら鬱陶しかった。

 彼女の悲哀と憤怒が込められてる両眼が、恋い慕う恋情が、恋々とした恋歌を連ねる恋慕が、鬱陶しかった。

 だから僕は、

「もうお前とは友達じゃない」

 その情感を根本から薙ぎ払った。失墜、滅却した。

 僕との友好の断絶、拒絶に彼女は、ひとみは、

「ーーッ!!ッバカーーーッッッ!!」

 バシンッ。

 僕の頬をありったけの力を込めた右腕で、強く強かに叩いた。酷く甚だしい破裂音をたてて。

 これが僕の、いや僕らの決裂の別れだった。

「あんた、女の子にセクハラしたんだって?」

 母との会話は痛烈な一言で始まった。

 ひとみと文字通り離別した僕は、とぼとぼと家路を辿っていた。二階建てのボロアパートに着くまで母への弁解の余地を探していたが、結局見つからず、とうとう自宅に辿り着いてしまった。

 どうしたものか。

 二階建ての賃貸住宅にしては年季の入ったアパート。母が借りてるその二階の中央の部屋へと階段を上り、向かう。玄関の扉の前に立つと途端に焦燥感が汗となり、額、背中から滲み出る。

 母に、どう伝えるか。どうすればあの神経質でプライドの高い親を説得できるか。一挙一動に熟思の思索を込めながら鍵をバッグから取り出し、ドアの鍵穴に差し込む。

 ガチャッ。

 開閉音がした後、鍵をしまいながら扉を開けた。

「あっ……」

「先生から聞いた。ーーあんた、女の子にセクハラしたんだって?」

 僕は死んだ。人生ーー終わった。

 母が玄関で仁王立ちしていた。

 母は会社勤めのOLだ。今年で四十歳になるが父は僕が生まれる前に病死した。

 母は父親がいない分愛情を注ぎ込んでくれたが、その分厳しかった。特に躾が厳格だった。

 ルールはもちろん、マナーはもちろんだがそれまでは普通。母の場合、ネット環境は高校まで用意せず、付き合う人さえも選ばされた。だから、友達が出来なかった。

 でもなぜかひとみだけはよかった。母が気に入ったらしい。傍迷惑な話だが人に自分の人付き合いまで言及されたくない。別に悪友を作ろうとしてるのではないのだから。でもいつも厳粛な顔付きをしていた母は今回ばかりは特段厳かだった。

「相手はひとみちゃんでしょう。あの子、あんたに特別好意を寄せてるみたいだったからそれを利用したんじゃないの?」

 なんとか言いなさいよ、そう口が動いて僕の顎を母の右手が掴んだ。僕の頬を握り潰してくる。

 途端に心臓の鼓動が速まる。ドクドク、ドクドクと音を大きくして震えるそいつがたまらなく胸を苦しくさせる。

「ねえっ、訊いてるのよ、答えなさい。相手はひとみちゃんじゃないの?」

 彼女の握力が強くなってくる。汗が全身から噴き出す。体が震えだす。カタカタ、カタカタとたまらなく。たまらなく、ーー

 怖い。

「はっ、はい、そう……です」

「そう……」

 ぱっ。

 僕の頬が脹らみを取り戻す。手が、離される。

「あんたなんかいらない」

 へっ?

「今、なん、て……」

「あんたなんかいらないわよッ!!」

 ドンッ。

 思いっきり肩を突き飛ばされた。衝撃で後ろに吹き飛ぶ。赤錆びた鉄柵に背中がめり込み、二階からの落下は免れたが、肺が潰れ、ひしゃげて御釈迦になる錯覚に気が酩酊する。

「くあっーー」

 金属を叩いたような壮大な着地音とともに尻もちをつくと、母が扉の前で僕を見下ろしている事に気付く。痛みに片目を瞑り、隻眼を仰がせると母は、ふんっと瞑する双眸ごと顔を逸らし、室内に入って扉を閉めた。

「ーーっ、ふぐっ……」

 涙が溢れてきた。今まで母の子供として従順に育ってきたのに。ひとみとも一生の友達になれると思っていたのに。信じていたのに。どちらとも断ち切れてしまった。いや、ひとみは僕から絶ったんだっけか。彼女のせいでこんな目に、あいつのせいで理不尽な目に遭って。あいつの、あいつのせいで。あいつが悪い。そうだ、全部あいつが悪い。あいつのせいにすればいい。あいつを憎めばいい。

 ーーそうあれたらよかったのに。

 絶望を憎悪に、嫌悪に変えて憎めればよかったのに。

 僕は、あいつを、彼女を、ひとみを、君を憎めなかった。

 ふらふら、ふらふらと道を歩き、気付けば辺りは真っ暗になっていた。どこまで歩いたか。見知った道ではあるけれど真夜中にここを歩いた事はなかった。通りは小さな神社と住宅だけが並ぶ道。その神社の石段に腰かけ、ひと息吐いた。

 目元がひりひりする。歩いてる時、濡れる目を擦って手で拭っていたからか。

 暗い夜道の中は誰も通らない。ふと見上げた空もくもり。星も、何も、見えない。

 また、自分の足元を見る。暗い。地面の色さえも分からない。僕の胸裏も、置かれてる状況も、これからどうすればいいのかさえも、分からない。

 無限にも感じるような時の中で、虚ろに、虚無に、虚空に囚われながら、また涙が滲みかけた時、不意に女性の声が響いた。

「うい~っ、ひぐっ」

 酒に酔っ払ったような声だった。そして、

 すとんっ。

 隣にその誰かは座った。潤んだ瞳をその誰かに向けると唖然とした。

 凄く綺麗な人だったから。その明眸に、つやのある銀髪に、端麗な顔立ちにびっくりする。

「どうしたんだ~い?きみ~。制服なんか着て夜を出歩いてたら通報されちゃうぞ~?」

 そして気付く。自分が制服姿のままであった事に。

「ーーどうしたの~?」

「……なんでもないですよっ」

 にこ~っと破顔して相好を崩しまくってる女性に僕はそっぽを向く。

「おやおや~?ツンデレってやつかな~?それとも思春期い~?」

 酒に酔ってるからか女性は気分がよさそうな声で話しかけてくる。普段からこんななのだろうか。……酒臭い。

「ふふっ、お姉さんに言ってみ?」

「いいです」

「ほらっ、言ってみ?」

「いいですって……」

「言ってみ~よ~っ♪」

 でしっ。

 彼女に肘突きされると、嘆息し、仕方なく僕は今朝からの出来事を物語った。

 僕が話を区切る度に彼女は頷きながら、うんうん、それで?と続きを、発声を催促してくる。だから、話をやめる事ができなかった。

「それで今に至るわけです……」

「そっか……」

 最後まで聲の操觚をすると、銀髪の女性はこう、ぽつり、呟いて口を零す。

「頑張ったね」

 僕は呆気にとられ、瞠目して呆然とした。そして、彼女を見やる。

 彼女を熟視する眼は次第に、またも、涙を滲ませ、潤んでいく。

 ーー僕は、僕を認めてくれる人が欲しかった。頑張りを褒めてくれる人が欲しかった。そしてその人が今そこにいる。存在する。だから僕はーー、

「っ、うああああああああああああああああああああーーーッッッ!!」

 涙声を、愁然とした愁傷の叫びを上げた。否、絶叫だった。

 勢いで僕は女性の体に抱きつき、しがみつく。きゃっ、なんて小さな悲鳴を彼女は上げたけど僕は気に留めなかった。気に、しなかった。いや、気付けなかった。僕が何をしているか、気付く事さえ出来ず。僕が何をしているかさえ僕は分からなかった。

 女性の豊満な胸に顔をうずめて、その人の服も自分の顔も涙と鼻水の体液でぐちゃぐちゃにしてどうしようもなかった。どうしようもない光景だった。

 僕は自分の心痛に、心中をどうする事も出来ずに、ただ、ただ、ただただ泣いて哀号に苦しんだ。

「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 その謝罪は誰に向けられたものか。母か。父か。ひとみか。この女性か。それとも、

 ーーーー由希か。

 ごめん、ひとみさん。僕は君を憎めない、憎めなかった。やっぱり友達でいたかった。友達でいるべきだった。そうじゃないと“僕,,は、“僕,,という存在は保てない。僕は“僕,,でいられない。

 ほんとにごめん。


「すぅ……すぅ……」

 ボクが泣き疲れて女性の膝枕で眠った後、女性は嫌がる素振りさえも見せずに、ただボクの頭を撫でていた。髪をとかすようにかきわけていた。

「大丈夫、大丈夫だよ。もう、大丈夫。頑張ったね。あとはわたしに任せてーー」

 そうぽつり、銀髪の女性は囁いた。

 目が覚めると知らない天井が視界に映った。

「んっ、んん……」

 ひりひりとした目元を擦って起き上がる。すると突然、

「あら、起きたの?」

 びくっ。

 思わず反射的に肩が跳ね上がる。聴き覚えのある声。さっきまで聴いてた声。記憶が途切れる直前まで聴こえてた、声。その声の持ち主は、

「おはよう、って言ってもお昼だけどね。あの後、泣き疲れて寝ちゃったから大変だったよ。男の子って重いね。行く宛もないだろうからウチに泊まらせたの。大丈夫だった?」

「えっ?はっはい……。でもなんでーー」

 あっ、と間の抜けた声を出した直前、一刹那、記憶が蘇る。彼女の、女性の銀髪と清艶かつ凄艶な顔立ちが印象的なこの人は、酔っ払いながらボクの話を聞いてくれた、そして慰めてくれた女性だった。

(ウチ?ウチってことはここはこの人の……)

 家、なのか。と、なるとこの部屋はこの人の部屋で、じゃあボクが寝ているこのベッドはーー、

「わたしのベッドに寝て嫌だった……?」

 ボクがしきりにベッドを凝視しているからかそう愁眉に問うてくる女性。

 ああ、困った顔も綺麗だ。つい、このお姉さんのベッドに寝ているという事もあって体中が熱くなって頬を染めてしまう。あとあそこもピンピン反応する。

「いっいえ、とんでもない。すぐこの家出て行きますんで……」

 そそくさと自分にかかってる布団をはがすと、

「だめっ」

「えっ……」

 座卓に置いてあるタブレットになにか描いていたらしい女性は、ペンを座卓に乗せて立ち上がった。そしてベッドの元に歩み寄ってくる。

「だめよ、行く所ないんだから」

「でも迷惑になるし、さっき大丈夫だったかって訊いてーー」

「だめったらだめ。きみ、わたしの子になりなさい」

「へっ!?」

 突然の発言に条件反射で出た声が変に裏返る。なに言ってんだこの人。

「行く所ないんでしょう?帰る場所ないんでしょう?じゃあウチにいなさい。あなたが一人立ちできるようになるまで支えてあげるから。養ってあげるから。だから」

 ウチにいなさい。

 そう、にっこり優しく微笑んでボクの頭に陶磁器のように白い手を乗せる。

 ぽんぽんっ。

 あれっ、いつしか、誰かにもこうしてもらった事がある。誰だっけ。おぼろげな輪郭しか持たないその人は確か女性だった。確かにこの人と同性の人だった。誰だったっけか。ーー忘れた。

「あなたのお母さんにはわたしから言ってあげる。戸籍も移してあげる。いいでしょ?わたしがしたいんだから」

「ーー」

「?まだ反抗する気?」

 女性の顔がちょっとムッとする。むーっとボクをじと目で見つめる彼女に完敗して、こう、照れくさげに呟いた。そっぽを向いて。

「じゃあ、お願いします」

「ふふっ、きーまり~っ。じゃあきみのスマホ借りて行ってくるね♪あっ、画面ロック解除のパスワード教えて」

「あっ、はい」

 セキュリティーの解除法だけ教えると、女性はふむふむとボクがスマホをいじる画面を覗き込む。

 どきっ。

 こんなに綺麗なお姉さんに顔を近付けられると彼女がいるボクでさえ緊張する。

「なるほど。じゃあ行ってきます。あっ、絶対部屋から出ちゃだめだよ。トイレと食べる時以外絶対っ!!」

 いや、それ部屋から出てんじゃん。そう言おうとしたが、

「お腹空いたらテキトーに冷蔵庫のもの食べていいから♪じゃあね~」

 ばたんっ。

 女性は扉を閉めて出て行ってしまった。

 まるで風のような人だった。そういえば名前も訊き忘れてた。やべっ。

 ーーーー……どうしよう、暇だ。

 荒らすわけでもないけれど、初めて入った他人の女性の部屋を宛てもなく物色して、本棚に並ぶ何故か豊富なラノベの本を取り出したりして読みふけった。そして、

 ガチャッ。

「たーだいま~っ!お母さんと話つけて役所の手続きを済ませてきたよぉ~うっ!」

 ……ほんとに風みたいな人だ。突風レベルの。

「そうですか…、その、訊きそびれていたんですけどお姉さんの名前は?」

「ん~?わたしの名前~?わたしは風花っていうの♪これできみもこの家の子だよ~っ♪」

「?」

 も?もって言った?この人。もって言わなかった?

 他にも誰か子どもがいるのだろうか。この若さで。

 風花と名乗った女性は嬉しげにボクを見つめ、どこで買ってきたのかよく分からない膨らんだレジ袋を座卓に置いた。

「それは……?」

「ん?これはお祝いのお酒。きみには飲ませないけどね♪ーーと、そういえば名前訊いてなかったけど翼くんでいいんだよね?」

「あっ、はい、そうですけど……」

 すると途端に風花は哀切の表情に切り替え、こう、言う。

「ごめんね、お母さん退学届出してたみたいできみは高校から除席されてるみたいなの」

 ほんとにごめんね、と謝ってくれる彼女にいえっ、と首を振り笑顔を作る。

 そうか、それならそれでいい。あそこにはもういれない。いたくない。他に通信制の高校でも通うか働き口でも探そう。

「そろそろ晩ご飯の時間ね。あの子も帰ってきてるし、そろそろ用意しなくちゃ♪」

「あの子?」

 ボクが疑問の声を上げたのにも気付かずに風花はパタパタと部屋を出て行ってしまう。

 ボクもつられて部屋をあとにすると、トイレの時とか、あんまり意識して見てなかった中の内装が鮮明に映し出された。

「……」

 キャラもののグッズが壁に掛けられたり鎮座している中をとことこと歩き、リビングへと出る。

 どうやらリビングにキッチンがあるらしく、そこで風花がせっせと野菜やらお肉やらを冷蔵庫から取り出していた。

 そして、リビングの中央に部屋を鎮守するかのように一際目立って存在するソファに女の子が一人座っていて。ーー……何故か全身白い肌色で、座って、……いた。

「お姉ちゃ~ん、今日のご飯なに~」

 猫なで声で風花に質問する女の子は全裸だった。いや、パンツは穿いているみたいだった。

 しかし、タオルを首に掛けて足をぶらぶらさせながらテレビのリモコンを操作する彼女にボクはどんな対応すればいいのか分からなかった。そもそも、そもそも分からない以前に彼女が見知った顔である事に驚愕していて、どうしたらいいのかよく分からなかった。だって彼女は、彼女は、

「ゆっ、由希?」

「へっ?」

 間抜けな声を出して振り向いた彼女は、由希は愕然とした。超が付くぐらい、愕然とした。そりゃあ顎が外れんじゃないかってぐらい、あんぐり口を開けている。

「ッ!?ッ!?ッ!?ッ!?ッッッ!?」

 風花とボクを交互に見やり、最後にボクの事を熟視する。

「ーー……!ッ!!ッ!!ッッッ~~~~!!」

 あっけらかんとした彼女はようやく理解が追いついて、いや、現実を直視して、自分の体に目をやり、次に自分の口元を押さえ、顔を茹で上がらせていく由希。ぼんっとショートして煙が巻き上がってるかのような錯覚を受ける程、顔を真っ赤に紅潮させる。

 そしてばっとソファの影に体を丸めて隠し、唇を噛んでなぜかボクを睨んでくる。

「ごっごめん!!」

 ボクは慌ててリビングを出て扉を閉める。扉に背を預けてドクドクと心臓を高鳴らせて、あとあそこも高鳴らせて、ひと息吐いた。

 まっ、まあ当然の反応か。彼氏がラッキースケベで彼女の体を見ちゃったんだからな……。


 次にリビングに入ったのは夕ご飯で風花に呼ばれてからだった。

 それまでさきほど居させてもらった風花の部屋に待避して難を凌ぎ、やりきった。が、今のこの状況は……、

「……」

 じーっと由希が見つめてくる。怒ってるわけでもなく恥ずかしがってるわけでもなく無表情。真顔。

 食卓を囲んでいるボクらはとても気まずい状況だった。由希が黙々と食べながらこっちを凝視してくるから。風花もどこかぎこちない真顔で食を摂っていた。

 どうやら由希は風花の妹だったらしい。姉妹揃って美人だが性格は正反対だ。突風レベルの風のように元気な風花と桜のような暖かい雰囲気を持ちながらも雪のようにしんとして静かでころころと変わっていく由希。

 どうやらボクがいない間に話を済ませていたらしく、だからというわけでもないだろうが由希は今までと違ってとにかく無表情だった。あんなころころ表情が変わる愛嬌のある可愛い子だったのに一体どうしたっていうんだ。ボクが何をしたっていうんだ。ラッキースケベをしただけじゃないか。意図せず。そんなにラッキースケベは犯罪性のある罪深き男子の救済措置なのか。

「……ごめん」

「……」

 じーっ。

「……ごめん」

「……」

 じーーーっ。

「……ごめんっ」

 声が震えだす。でも、

「……」

 じーーーーーーーっ。

 由希は視線を送る事をやめない。

 ぼとっ。

「あっ」

 風花が箸でつまんだ目玉焼きを皿に落とした。

 かちゃっ。

 風花が箸を置く。

「ねえ、二人ともやめてよ。付き合ってるなんて知らなかったし、女所帯だから風呂上がりに裸でいる事も当たり前だったの。だからうっかり忘れちゃってて……。だから……」

 風花はぽつぽつと言葉を途切れさせながらも紡ぐ。

「わたしたち姉弟になるんだから、これぐらいいいんじゃないの、ね?由希♪」

 そう作り笑いを浮かべて風花は由希ににこっと微笑みかけるが、

 ぎろっ。

 由希は風花に殺気を叩きつけ、睨みつけた。

「すっ、すみません……」

 今までの風のような勢いをなくして風花はおずおずと平謝りした。あの突風レベルのこの人が、だ。

 由希って案外怖いんだな。そう痛感した瞬間だった。夕食を済ませた後、ボクの部屋が割り当てられた。その部屋は由希の部屋だった。

「じゃあきみは由希と一緒ね?」

 なんで?なぜ相部屋なんだ。そう抗議したが、そのクレーム活動は不発に終わった。理由は部屋がないから。

 風花の部屋は仕事部屋としても使用するため、ダメとのことだった。

 風花はイラストレーターをやっているらしく、ボクが寝ている間も絶賛仕事中だったらしい。そういえば可愛い女の子のイラストがタブレットにちらっと見えて、ラノベが本棚に揃えられてたなーっと散りばめられた情報が符合する。

(……すごくいい匂いする)

 シトラスフルーティの香気がムンムンとする彼女の部屋はなんというか、とても質素な部屋だった。本棚があって、机があって、それに伴うデスクチェア、なぜかこいつだけ一際目立って存在するダブルベッド、などなどそれぐらいしかない。とてもじゃないけどあまり女の子らしいとはいえない簡素な部屋だった。

「……」

 じーっ。

 未だに由希はボクを見つめてくる。“無表情,,で。もうやめてくれ。しかも真っ隣で至近距離で凝視してくるもんだからすんげぇーきつい。

 彼女の空虚な視線をどうにか色付けようと彼女の名前を呼ぶ。すると、

「由希、どうしたの、さっきから」

「ッ!?……ッ」

 途端に顔を染めて、眼を見開く由希。そしてそっぽを向く。

 ……可愛いらしい。

「大丈夫?……由希?」

「……っ」

 体育座りしてる彼女にボクは少し心配げに声かける。ーーと。

「好き、だから」

「……えっ?」

 啾々とした声。小さな、その、“聲,,。この無音の部屋でそれが、人の声が聴こえた事に唖然とする。呆れる。なぜその声が聴けたのか。なぜその声が聴こえたのか。よく分からなかった。そして呆然とするのは次も、次に聴こえた人の音もそう。

「キミの事、好きだから」

 初めて間近で聴いた声だった。さっきちらっと聴取した声は彼女の体を意識し過ぎて聞き流していたけど、聞き逃していたけど、でも今聴いた声は由希の、本物の声だった。今まで聴かなかった、聴けなかった銀鈴の声音。凛としたその声にボクは、ボクの声は上擦る。

「こ、れ……が、君の声?」

「……そうだよ」

 感動、感激以上の言葉でしか言い表せないのに、その言葉さえも見つからない。

 彼女の声がボクの脳髄でただただ残響し、踊り、舞う。花吹雪く桜のように。ずっと姿を見せなかった桜の花びらが風に吹雪き、雪のようにほろほろと舞い降りた、その鈴の音。それが聴けただけで、本当に、ただ、ただ、嬉しかった。

 ふと、彼女が振り向く。

「ーーねえ、キスしない?」

「……」

 由希の甘い発言に唖然として声すらも出せない。

「ーーして、いいんだよね?」

 彼女の顔が肉薄する。彼女の雪のように白い小さな右手がボクの後頭部に添えられ、対を成す隻腕がボクの首に絡められる。

 次第に、静かだったボクの胸の中はどんどん音をたてて煩くしていく。やがてそれは脳に響く程の騒音になると、ボクの頭を反響でくらくらさせる。

 ちゅっ。

 まず唇が触れ合う。重なる。

「んむ、んぐ……」

 ちゅぴっ、くちゅ。

「ん、ん……」

 次に彼女の舌がボクの唇を割って入り込み、中を掻き乱す。舌尖が歯列をなぞり、舌と舌とが絡みあい、唾液が混ざり合う。飲んで、飲まれ、食まれて飲まされ、ボクの体が、心が彼女に溶かされていくのを感じる。溶け合っていくのを感じる。応酬を、相即していく感覚を味わう。

(ああ、気持ちいい……)

 形さえ無くして、輪郭を失ったそれはもう、再起不能。完全に彼女の熱に溶解し、熔解させられたボクの精神は、もう、彼女の“モノ,,。ーーそして、煌めく銀糸が緩い曲線を靡かせ、描き、靡いて、顔が離れる。

「ぁ、はあ、はあっ」

「これでおあいこ、でもまだまだ続かせて?私、ヘンタイだから」

 そのまま由希に押し倒され、されるがままに夜を共に過ごした。

「由希」

 誰だろう。私の名前を呼ぶのは。

「ほら、行こう、由希」

 ああ、そうか。これは彼の声だ。

 またこの夢を見ているんだ。彼との始まりの、出逢いの夢。

 いつも眠ると夢に出てくる彼は初めて見た時、名前は分からなかった。


 気付けば私は大樹の木陰で背を預けていた。伸ばした足の爪先を見つめていた私は、ふとして出来た人影に顔を上げる。

「由希」

「?誰?」

 いつもは自分に課した呪いが発動して声が出せないのに今回だけ出せた。嬉しくて、宛てもなく声を出してみる。

「あー、あー。あれ、人前で声が出せる」

「不思議な子だな、君は。そんなの当たり前じゃないか」

 私を見下ろす男の子。私と同世代だろうか?十五歳くらいの少し幼さの残る顔をした、顔、体ともに線の細い女の子のような顔立ちをした子だった。

 まともに話せたのは姉の風花以外の他人だと久しぶりだ。初めてに近いぐらい。なぜかこの子ともっと話したくなる。興味を持ち出す。

「キミについていってもいい?」

「ん?いいよ?」

 私は地に生い茂る野草に手を乗せて腰を上げる。お尻を払うと、周りは草原。空は蒼天。

「ほら、行こう、由希」

「うん」

 彼は私に手を差し出す。私はそれを掴む。人肌の温かい、男の子にしてはふにふに柔らかい綺麗な、細い指。女爪の彼の小さな可愛い手が私の手中にある。それがたまらなく嬉しかった。けど、すぐに離れてしまう。

 無限に広がる大草原に私と男の子の二人。ただ二人。二人だけ。二人だけの世界が広がっている。

 何を目的地とする事もなく、地図もバッグすらも持たない白いフリルの付いたワンピースの私と真っ白なシャツを着た彼。

 深い蒼茫たる蒼穹に向かって歩む私達を見守るように、白い小鳥が二羽、羽撃いていく。

「キミはなんていう名前なの?」

 私は訊いてみた。

「ん?僕は翼っていうんだ」

「へえー、翼くんか~。なんか私達似てるね」

「どこが?」

「白い雪と白い翼。ほら、似てるでしょう?」

「確かに」

 ふふふっ、と笑いあって、今度は手を繋いでみる。その彼の人肌の温度が恋しくて。またその華奢な手に触れたくて。

「どうしたの?心細くなった?」

「いや、なんでも」

 こんな風に男の子と手を繋いでみたかった。興味のある子と睦まじく。

 踏み躙られるだけの泥だらけの雪の私に彼は声を掛けてくれた。自分の、本当の意味の白い“ユキ,,の名前で呼んでくれた。ただそれがなによりも嬉しくて。だから、

「翼くん、いつか私と付き合ってね?」

 そして、

「私を自由にさせて」

 それだけが私の願い。彼に救われる事に、そのためだけに生まれてきたのだから。

「うん。分かった」

 彼は微笑んで顎を引いてくれる。首肯してくれる。

「ーー約束だよ」

 私の言葉を最後に感覚が、意識がフェードアウトしていく。次第にはぷつり“私,,が途切れた。


 小鳥たちのさえずりを耳にして、朦朧としていた意識が一気に現実味を帯びていく。

 目を開けると、水色の薄暗い部屋の天井が目に映った。

 視界の隅っこでは頼りなく常夜灯がちかり、輝いている。隣を見ると睫毛の長い女の子のような顔が視界に捉えられる。

 愛しい私の彼。私が脱げ脱げ!と言わんばかりに全裸になった私が小首を傾げて彼を見つめると、彼は仕方ないと、否応にシャツを脱ぎ始めた。

 彼の、翼くんの体は女の子みたいに華奢で、下腹部だけが、「僕は男です」と主張していた。

 私と鏡合わせのように耳まで顔を綺麗なリンゴ色にしてる翼くんは、やっぱり、可愛かった。そう、母性を刺激されるように。堪らなく、うっとりする。

 初めて同士の私達は、手探りでやり方を模索。翼くんは、女の子の身体は初見のようで、胸をそっと触っていた。まるでコワレモノを扱うように、優しく。人差し指でツンツンつつく。そんな彼の手つきがたまらなくおかしくて、笑っちゃう。

「笑わないでよ」彼はそう抗議したけど、私はそんなキミの手を掴んで、ぽったりと膨らんだ胸に押し込んだ。

「ひゃあ!!」

 翼くんは女子じみた悲鳴を上げて、私の身体から手を離そうとしたけど、私はそれをムリヤリ抑えこんだ。力を込めた。

「私の心臓、動いてるでしょ?」

「えっ?……うん」

 私が問うとキミはまた黙り込んだ。顔の色もまた、私と鏡合わせ。

「怖かったら無理しなくていいからね」

「……うん。ごめん」

 そういいながらも硬くなったキミの股間が体に当たってたのを私は知ってる。

「今度はキミから誘ってね?」

「……うん。ごめん」

 キミはそれしか言わなかった。いや、言えなかったんだよね。

 私は硬くなったそれをもっと引き寄せるように翼くんを抱き締めた。

 女の子みたいに肌はもちもち、すべすべ。ちょっと妬ましい……。でも、それでも硬いものが「ボクは男です!!」と主張している。その頑張りに応じて許してあげようか。

「ねえ、由希?」

「うん?」

「ボクは君が大好きだ」

「うん。分かってる」

 私達はお姉ちゃんと使ってたベッドに身を任せた。

 そして、今も。


 まあるく、ぽよんと起伏に富んだ自分の体を見下ろす。そして、無意識にお腹をさすった。

 将来、この中に愛する人との子どもが育まれるんだ。そして、その愛する人は隣にいる。

「由希?」

「ん?」

 ずーっと私に可愛いその顔を向けていればいいものを、私が起きたときには背中しか見せてなかった。

 上体を起こして家族設計を考えていた私が振り向けば、今は頼りない表情でその女顔をこちらに向けている。このクソめ。

「今日、ひとみさんに会いに行っていいかな」

「ダメって言っちゃだめなんでしょ?」

「うん、まあ、その。謝りにいくだけだから。大丈夫、だよ?」

 なぜ疑問形で終わらせる?まったく。

「いいよ。でもキミはもう、私のモノだからね?」

「分かってるよっ」

 ふふっ。

 彼は苦笑した。


 これはある男の子が初恋と友情を辿った軌跡、逢瀬を祝福するかのような『幸』と私が自由の『翼』を手に入れるまでの、倖せになるための恋物語。

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ボクとユキ、緘黙症の聲。feat瞳に映る愛の調べ @aoilumina283

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