第28話 特待生

 自分と広崎さんが貸出カウンターに残される形になった。

「あの子が男の話をするなんて珍しいからそういう話なのかと思っちゃいました。祥子は勉強はとんでもなくできるけど、その手の話はからっきしなんですよね」広崎さんが言う。

「彼女は特進クラスなんだよね。そんなに成績いいの?」自分は話題を逸らすように広崎さんに聞いてみる。


「先輩知らないんですか?私は中等部からの持ち上がりですけど、彼女は高校入学組で特待生ですよ。まぁ分かりやすく言えば学年でぶっちぎりのトップという事です」広崎さんは自分の事の様に誇らしげだ。


 特進クラスだというのは知っていても、そこまで凄いというのは予想していなかった。この学校で成績トップという事は、そのまま行けば東大合格も確実という話になる。市川学院は東京近郊の進学校という事で、毎年現役でも数人の東大合格者を輩出している。


「では次の日曜日の午後一時過ぎという事で、祥子にもよろしく」そう言って道場の住所を聞いてから広崎さんは去っていった。それから間も無くして田村さんも席に戻ってきた。

「広崎さんから聞いたけど、田村さん特待生なんだってね。凄いなー」自分は彼女にそう声をかけた。


「うちは貧乏だから、学費浮かせるためにここに来たんですよ。公立高校も無料じゃないですからね」彼女は何事も無いように笑顔でそう答えた。市川学院は私立ではあるが、その建学の精神にのっとって学費は普通の私立学校に比べれば恐ろしく安い。

 それでも当たり前だが公立高校よりは遥かに高い。毎年入試で特に優秀な成績の人間は、1~2名が特待生として学費が全額免除になるが、それには人間離れした学力が必要だ。狙って特待生になる彼女が凄いのはもちろん、自らを貧乏と言い切ったその言葉にも、貧しい事は恥ずべきことではないという信念と、自らを誇る自信と芯の強さのようなものを感じた。


 このちょっと前まで中学生だった女の子に比べて、祖父のお金で学校も塾も通わせてもらっている自分が、酷く幼い存在に感じられて少し恥ずかしかった。

 

 その後もあまり来客の無いカウンターで自分は一心不乱に参考書に向かい、田村さんは読書に勤しんでいた。冷房の効いた図書館の館内から、田村さん越しに見える大きな窓の向こうには、校門からのアプローチ際に植えられた銀杏(イチョウ)並木が見える。その葉は青々と生い茂り、時折風に揺られている。この銀杏の葉が色づく季節はまだまだずっと先の事のような気がしていた。


 いや、一心不乱は嘘だった。参考書の問題を解いてキリが良くなったところでは、隣で読書する田村さんをチラ見していた。そうでなければイチョウの木もまた目に入ることは無かったろう。

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