第26話 帰り道
「さっきの連中とまた出くわしても何だから駅まで送るよ」そう提案した自分に田村さんは答えた。
「あ、私は菅野なんで歩いて帰ります」菅野というのは自分の帰る方向とは一緒ではあるが、ここからは歩いて行ける場所だ。市川学院に徒歩で通学できる範囲でもある。自分もここから最寄り駅である京成八幡で電車に乗らなくても、彼女を送ってとなりの京成菅野から電車に乗ればいい。家がある市川真間は京成菅野の隣駅だ。私鉄の駅は駅間が短い。本当は自分の家がある市川真間駅近辺からも、市川学院は自転車で通える距離ではある。しかし駅から学校まで歩く時間も好きだったし、電車内で勉強もできるので自分は電車通学をしている。
「ああ、菅野なら方向一が緒だからやっぱり送っていくよ。自分は市川真間だから」そういった自分に
「恐れいりまーす」と彼女は笑顔で答えた。
彼女を送る道すがら、色々な話をした。見た目の派手さから、共通する話題があるのだろうかと少し不安だったが、女の子にしては珍しく理系志望とのことで、同じ理系を選択している自分には話題に困ることは無かった。自分はあまり女性と話すのは得意ではないと思っていたのだが、なんというか彼女とは話しやすかった。
なんでも彼女は自分と同じく市川学院には高校からの入学組で、大学への進学費用を貯めるために、今は京成八幡近くにあるイタリアンレストでバイトをしているとの事だった。奇遇な事にそのレストランは姉妹店が自分の家の近くにもあって、子供の頃は家族でよく行っていた。あのメニューがいいとか、あれはどうなんだろうというような話で結構盛り上がった。
「あ、ここまででいいです。流石にさっきの連中が近所に住んでいるとも思えませんし…」 彼女にはそう言われたが、女の子を家まで送るような機会は今まで無かったので、どうしたらいいのかがよく分からなかった。それほど親しい中でもないのに家の前まで送るのも変かもしれない。しかし結構遅い時間なので、ここはしっかり最後まで送るべきなのか、そのさじ加減が分からない。しかし彼女がいいというならここでいいという事にしておこう。
「あ、そうだ、これあげますね」そう言って彼女はカバンの中から小さな財布を取り出し、中から小さな紙切れを取り出して自分に差し出した。受け取って見ると彼女がバイトをしているレストランのコーヒー無料券だった。
「食事をしたお客さんしか使えないんですけどね」彼女は微笑みながらそう付け加えた。
軽く別れの挨拶をしてから自分は京成菅野駅の方へ歩き出した。程なくして駅へはついたものの、改札を通る前に気が変わって歩いて帰ることにした。このあたりの道は細くてごちゃごちゃしている。地元の人間でなければ思った方向に進むことはできない様な場所だ。この近くで生まれ育った自分ですら迷う事があるくらいだ。もう暗いので道を間違える可能性もありそうだ。そんな時は京成線の線路沿いを歩くに限る。線路沿いには騒音の緩衝帯になる細い道が並走しているところが多い。この時間になれば夏の暑さも和らいで、見通しのいい線路敷きからは涼し気な風も吹いてくる。
なんだろう…ちょっと気分が良かった。
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