いっこ下の田村さん
第24話 いっこ下の田村さん
自分が恋したのはひとつ歳下の女の子だった。
自分の名前は茂木琢磨。私立市川学院高等部の二年生だ。市川学院はその名の通り千葉県は市川市にある私立学校だ。市川市は千葉県北西部の丁度東京都との境界に位置する人口50万人程度の中核市で、住人の多くは都内に通うまさに東京のベッドタウンという趣の土地柄だ。
市川学院は基本的には中高一貫教育の進学校だが、三分の一くらいは高校入試で入ってきた学生が混ざっている。自分もその一人だ。文武両道を謳う校風で、中等部では剣道が必須科目なっているというのは珍しいかもしれない。まぁ高校入学組の自分には関係のない話ではある。
ただ中高共通で部活か委員会活動の、最低でもどちらか一つには所属することが求められている。自分は大学受験に向けての進学校だからという事で入学したので、部活動等には興味が無く、一年の時に一番勉強時間に影響がなさそうだと思った図書委員会に所属する事にした。狙い通り図書委員会の活動は週一回のみで、時たま全体会議が入るくらいで楽なものだった。なので二年になってもそのまま続けている。三年生は受験勉強があるので、本人に残る気が無ければ部活と委員会活動からはおさらばできる。
市川学院は昔は男子校だったらしいが、現在は時流に乗って男女共学になっている。共学とはいっても男女のクラスは別々だ。受験に向けて成績優秀者だけ選抜される特進クラスが、各学年に一クラスだけ設けられているが、カリキュラムの関係なのかこの一クラスだけは男女混合になっている。学年での成績が中の上程度の自分には、これもまた今のところ関係のない話だ。特進クラス以外の年頃の男女にとっては、部活や委員会活動は男女間で交流を持ついい機会だと捉えている人間も多い。
図書委員は高等部のみで、一クラスから各一名が集められている。一学年に男子クラス五つと女子クラスが四つ、選抜クラスを合わせると一学年十クラスあるマンモス校なので、図書委員は一、二年だけでも二十名が所属している。そこに加えて物好きな三年生が数人残っている。
一年生である彼女をはじめて見かけたのは、自分が二年生になって初めての図書委員会の全体会議だった。一学期は窓口当番は彼女と別ローテーションだったので、顔を合わせるのは月に一度程度行われる全体会議の時だけだ。委員会所属の十人ちょっとの女子生徒の中で、特に気になったという訳でもないのだけれど、なぜか印象には残る存在だった。
彼女は何というか…そう普通よりも派手だった。市川学院は文武両道の他、自主性も重んじる校風だった。制服こそ決まっているものの、他に校則らしいものは何も無い。ただ進学校でもあるので禁止されるまでもなく、派手な色に髪を染めたり所謂ヤンキーのような風体をする者はいなかった。
その中で彼女の風貌はやや浮いて見えた。髪の色は若干明るめなので、もしかしたら染めているのかもしれない。ストレートではなくて軽くウェーブもかかっている。ブレザーから見える白いシャツは第二ボタンぐらいまで外されていて、校則違反ではないが小さなネックレスもしている。もしかするとナチュラルメイクとか言われるものをしているのかもしれないが、自分には良く分からない。
決まった制服を着用しながらも、それなりに派手な感じを演出するというのは努力がいるだろうなとは思った。ただそれ以上でもそれ以下でもない。最初は一年生の田村さん以外の何者でも無かった。下の名前も知らなかった。
一体いつ頃から風向きが変わったんだろうかと思い出してみると、やはりあれかなという事が頭には浮かぶ。
制服が夏服になって、梅雨も明けて暑くなったころ。もうあと何日か後に期末試験があって、それを超えれば一学期も終わって夏休みという頃だった。
学院の敷地は駅からはやや離れたところにあった。なので電車で通学する者は登下校時には結構な距離を歩くことになる。一応バスで行く手もあるのだが、乗ったところで2キロメートルちょっという微妙な距離感だ。逆に道が混んでいるとバスの方が時間がかかることもあって、歩いて移動する生徒が大半だ。その日も自分は授業が終わるとすぐに、寄り道はせずに学院から駅への道を歩いていた。
駅に行く途中には大きな神社があって、参道を通るといくらか近道になるので、学院の生徒はそこを通るものが多い。参道の左右にはそれぞれ歩道もあって、その日自分は神社を背にして左側の歩道を歩いていた。すると前からガラの悪そうな高校生らしき三人組がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。このあたりで学ランを制服にしている高校は二つしかない。市川学院と鬼越工業高校だ。今は夏服なので上着は着ていないが、制服など見ずともその風体で大体は見分けがついてしまう。いかにもヤンキーといったその三人組を見て、自分は参道を横切って右側の歩道に移動した。鬼越工業高校の生徒に、市川学院の生徒がよくカツアゲされているという話は聞いていた。この手の人間には関わらないのが一番だ。
「おねーさん一緒に遊ばない」左後ろの方でそんな声がしたので、自分は思わずその方向を振り返った。先ほど自分が歩いていた左側の歩道には1年生の田村さんがいた。声を発したのは先ほどの三人組だ。自分よりも後ろを歩いていた田村さんに、その三人組がすれ違いざまに声をかけたようだ。
「ごめんねー。ちょっと急いでるんで」そういって田村さんは速足でその場を去っていく。
「なんだ。またねー」そう言いながら三人組は軽く手を振った後、また元の向きに戻ってそのまま歩みを続ける。
気になったのは田村さんの去り際だった。なんとなく一瞬自分と目が合った気がした。自分の後ろを歩いてきたのであれば、先ほどの三人組を見たとたんに不自然に進路を変更した自分を見ていたのかもしれない。気のせいかもしれないが、目が合った時にちょっと微笑んでいたようにも見えた。自分の事をとんだヘタレだと思って、笑っていたのかもしれない。気分のいいものではなかったが、でもまぁどうでもいいかと自分に言い聞かせることにした。
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