ちびっ子とあなたは

@rabbit090

ちびっことあなたは

 私があなたに想いを伝えるということは、同時にあなたを、苦しめるということと同義でもある。

 幸子は、よく手入れされた髪を触りながら、ちょっとだけ後ろに下がる。

 「すごく長くなったね、ここまで伸ばすの大変だったでしょ。」

 「うん。」

 ぶっきらぼう、とも言えなくないけど、従兄の洋司の娘、さなはちょっとねじ曲がっていた。

 洋司、というか洋司君は何ていうか、絵に描いたように不良をやっていて、私はそのあまりのストレートさを、ダサい、と批判していた。

 年齢は5歳上で、まあイケメンと言ってもいいのかもしれないが、私は別に好意を寄せるというようなことは無かった。

 しかし、友達の紀子が、とにかく洋司君に惚れ込んでいて、正直傍から見ているとヤバいのでは、と思わせるほどの熱狂ぶりで、でも頼まれたら仕方がなく、私は洋司君と頻繁に会い、そこで仕入れた情報を紀子にささやくという、ちょっと歪な関係を築いていた。

 仕方なく、仕方ないからって、思っていたんだけど、だんだん。

 「幸子、好きだ。」

 「え?」

 意表を突かれた、というか考えの外、完全に外、洋司君は私のことが好きだった。

 でも、しかし。

 私は洋司君のことが好きではなかった、というか、誰かを好きになったことがなく、本当に不思議なほど、人に好意を抱くという感覚が、分からなかった。

 だから、「冗談でしょ。」と言い捨てて、私はその場を後にした。それ以来、紀子に頼まれても私は、洋司君を避け続けていた。

 「さなさあ、お友達と遊んだりしないの?」

 「いないから。」

 私は別に、この子を傷付けたいわけではなくて、本当に素直に何でも話せるほど、洋司君曰くさなは幸子に懐いている、ということだった。

 だから何ていうか、心配する友達っていう感じで、私はさなにいつも接している。さなは、でもそれを不服だとは思っていないようだった。

 そして、一人になって、ぼんやりとした瞬間に私は考える。

 さなは、きっとすぐに大きくなって、友達をたくさん作って、幸せになっていくのだと、そんなことを考える。

 しかし、かくいう私は、どんどん狭まる人生を歩き続けているというか、階段を転がり落ちているような錯覚を、いつも、ここ最近は抱いてしまうのだった。

 でも、私には今、さながいて洋司君もいる、それ以外の親族とはもう関係がないけれど、それでも、私はまだまだ大丈夫だった。

 「久子さんは?帰って来たの?」

 「まだだ、遅くなるって。」

 私は美容師をしていて、さなの髪をいつも整えてあげている。さなはおしゃれな子で、それを喜んで受け入れてくれるから。

 久子さんは、さなのお母さんだ。つまり、洋司君の母親。私は、本当に数回した会ったことがなくて、やけに目が大きくて、でも何か小動物のような人だなと、思った経験がある。

 それくらい、全く関わりがない人だっていうのに、私はさなを、その人の娘を母親のようにケアしている。

 

 洋司君が、大学生の頃だったんだ。

 洋司君は不良をやっていたくせに、何か勉強していて、すっかり受験に成功して、かくいう私は勉強など手につかず、美容師になることだけに熱量を燃やしていた。

 「俺、親になる、結婚する。」

 紀子との関係も縁遠くなり、私はあまり洋司君と会うことは無くなっていた。

 でも、洋司君はわざわざ、そう言いに来て、久子さんを紹介して、それさなが生まれて、なぜか私はこの子の世話を、全面的に見ている。

 不満はない、家族のいない私にとっては、洋司君はただ一人の、縁戚とはいえ親族なのだし、それに。


 「私は、洋司君のことが好きなの、大好きだったの、気付いたの。」

 誰もいないこの場所は、ひどく冷たく寒いところで、でも私はここにいる間だけは、世界に許されているような気分に、なれる。

 「私。」

 本音はここにだけ、閉じ込めておく。

 行き場のないそれらは、どうしようもなく漂って、すぐに消えるというのに。


 「さな、今日はおしゃれさんだね。どっか行くの?」

 「うん、ちょっとね。」

 最近さなにはお友達ができた、同い年の、男の子。いや、女の子であればいいなとは、思ってしまったけれど、クールなさなには男の子の方があっているような気もしている。

 そして、「おう、幸子。」と言いながらさなの手を引く洋司君は、いつもよりスマートな顔をして、笑っていた。

 「久子さん戻ってきたのね。」

 「おう。」

 「さな、良かったね。」

 「………。」

 さなは、洋司君の後ろに隠れながら、でも恥ずかしそうに喜んでいた。                                                                                                                                

 私は、その二人の姿を見つめながら、ただ笑っている。

 本当は、うれしいのかどうかなんて、分からない。

 そして、

 「私、気付いたの。私はね、本当は一人ぼっちなのだから、誰かにかかわってはいけないような人間だと思っているから、誰も好きになることができなかった。だけど、私は、私は。」

 世界を見つめながら、朝を迎える。

 ひどく心もとないその景色に、私は吞まれているというのに。

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