そんなこんなで!③~あの子がメイド服に着替えたら~

宇部 松清

第1話

 もうすぐ文化祭である。

 各々の準備をしながらも、他校の可愛い女の子とお近づきになるのだと、なんとなくクラス全体――いや、学校中がそんな空気で満ちてソワソワしている気がする。


 とはいえ、実は校内には数組のカップルがいる。ここは男子校だから、つまりは、同性同士のカップル。隠しているものもいれば、オープンにしているものと様々だ。それから、『男子校』という、その名の通り男子しかいない高校生活の期間限定と割り切って、はっきり言ってしまえば手っ取り早い欲のはけ口といった意味での関係なんかもあるらしい。不健全とは思うが、両者の合意があるのならば、それもまぁ自由ではある。そいつらにとって、卒業後にそれが黒歴史になるのか良い思い出になるのかは知らんが。


 かくいうこの俺にも、可愛い可愛い恋人がいたりする。同じクラスの紺野こんの那由多なゆた。もちろん男だ。何度でも言う。ここは男子校だ。どんなに可愛かろうと、同じものがついている男なのだ。


 ハムスターのようであまりに可愛いものだから、思ったままに可愛い可愛いと言うと、その可愛らしい頬を丸く膨らませてカンカンに怒るのがまた可愛らしく、そろそろ脳内でも『可愛い』がゲシュタルト崩壊しそうなのだが、それくらい可愛いのだからもうどうしようもない。


 身長は四捨五入して160㎝。本人曰く「まだ伸びてる!」らしいのだが、彼のご両親から推察するに、ここから180まで伸びる可能性は限りなく低いだろう。


 俺との身長差は約20cm。理想の身長差は15cmだとクラスの誰かが言ってた。この約5cm、どうにかならんものか。


 確かに、キスをしようと思えば、那由多が背伸びをするか、俺が多少腰を落とすかになる。那由多は決まって「なんでそんなにデカいんだよ、馬鹿!」と怒るのだが、そんなところもまぁ可愛いこと可愛いこと。


 ある時、目一杯背伸びをしてキスをねだる姿があまりにも可愛く、しばらく呆けて見ていたら、


「もーいい、わかった! そんちゃんはこんなチビとキスしたくないんだろ!」


 と涙目でブチ切れられたので、慌てて抱き上げたものである。


 可愛い。

 もうひたすら可愛い。

 どうだ、可愛いだろ、俺のハムスターは。


 俺としては、この可愛さを全世界に――は大袈裟だとしても、せめてウチのクラス、学年、いややっぱり学校中に知らしめて、悪い虫が近づかないよう、交際していることもオープンにしてしまいたい気持ちでいるのだが、那由多の方ではあまり大っぴらにしたくはないらしい。共学だった中学の頃に色々面倒なことがあったのだと。言われてみれば那由多の実家はここから一時間ほどかかる隣の市である。ウチは、わざわざ市をまたいで来るほどの有名校でもない。


 本人が言いたくないことを暴くつもりはない。可愛い恋人が嫌がることをするつもりもない。うっかりバレてしまう分にはもう仕方がないと那由多も腹をくくっているらしいが、こちらからは公にしないということになっている。


 というわけで俺は、あくまでも内々に、今日も明日も明後日も可愛い恋人を存分に愛でるつもりでいる。


 が、困ったことになった。

 冒頭でも話した通り、文化祭なのである。


 我が二年A組は、近代文学の文豪を紹介するパネルの展示だ。文豪を萌え美少女化して爆発的ヒットを飛ばした漫画作品(アニメにもなった)があるので、それに乗っかろうという魂胆である。とはいえ、その萌え美少女文豪には頼らず、特進クラスの威信をかけて、徹底的にお硬い方面に振り切ろう、ということになったのだ。


 テーマとしては悪くないが、変わり種の飲食店が乱立する文化祭において、ただただパネルを展示するのみのクラスが盛り上がるわけもない。恐らくは、閑古鳥の繁殖地となるだろう。


 それでも、人がいないのを良いことに、不埒な行為に及ばれても困るということで、見張り――じゃなかった、受付や案内 人は必要だ。その判断の元、シフトが組まれ、交代でそれを務めることになったわけだが。


「おい西田」


 我がクラスの委員長の肩をがしりと掴んで、こちらを向かせる。西田は、俺の顔見てぎょっとした顔をし、そして、何やら思い当たる節があるのだろう、あぁ、いや、その、と言葉を詰まらせた。


「さっきD組の上沢かみさわがな、『村井、悪いな。紺野を借りちまって』って言ってきたんだが」

「そ、それはその」


 我が校の文化祭は、特にクラス対抗で競ったりはしていない。漫画やアニメであるような、優勝したクラスには賞金が〜なんていうのはないのだ。


 それよりは、全校一丸となって文化祭を盛り上げ、成功させましょう、ということになっている。とはいえ一部の生徒は、どこそこのクラスには負けないなどと闘志を燃やしていたりもするのだが、基本的にはまぁ、クラスの垣根を取っ払って助け合いましょう、が推奨されているのだ。それはいい。学校というのは、共に闘い、助け合う心を養う場でもあるだろう。


 が――。




「借りる? 何のことだ?」

「あれ? 村井聞いてねぇの?」

「何がだ」

「俺らのクラス、当日欠員でちまってさ、人手が足んねぇんだよ。そんで、西田そっちの委員長に交渉して、紺野を助っ人として借りるってことになったってわけ」

「そうなのか」


 上沢は、D組の委員長である。その『委員長』という肩書があるからなのか、常に何となく態度が横柄なやつだ。


「ほら、特進サマはさ、パネル展示だろ? どうせ暇だろうしさ、紺野なんかはあんなところでぽつんといるより、華やかなトコでワイワイしてる方が好きだろ、絶対」

「かもな」


 それは否定出来ない。何せ、可愛い可愛いハムスターなのだ。人に囲まれてわちゃわちゃと騒いでいる姿をよく見る。そういう時の那由多は本当に楽しそうで、見ているこっちまで嬉しくなってくる。


「アイツ、全然特進ぽくねぇよなぁ。ウチにもああいうのがいたら良かったのに」

「ああいうの?」

「そ。ムードメイカーっつーの? 騒がしいのがいると教室が明るくなって良いじゃん? ウチのオタク眼鏡とトレードしてほしいくらいだわ」


 ねえのかな、トレードシステム、と言って、へらへらと笑う。その『オタク眼鏡』とやらが誰なのかはわからないが、自分の都合で人を物のように動かそうとするその精神に飽きれて物も言えない。あと、那由多は決してムードメイカーではない。あいつはあれで授業中は真面目なのだ。


「ってなわけで、紺野を借りるな」

「あんまりこき使うなよ」

「何、ちょっと配膳を手伝ってもらうだけだからさ。それに紺野のキャラだったら絶対に美味しいって思うやつだし」

「キャラ的に美味しい……?」


 那由多のキャラ的に美味しい配膳の仕事とは一体何だろう、と首を傾げていると、上沢はやはり、にやりと嫌な笑みを浮かべて、ゆっくりと、言ったのだ。


「あれ、知らないのか? D組ウチはさ――……」



「『メイド喫茶』、と言われたんだが……?」

「えっ、あ、うん。そう、なんだよな」

「ということは、那由多もメイドの恰好をする、ということだな?」

「じゃ、ないかなぁ。配膳担当で貸してほしいって話だったし」

「だろうな、あいつに調理は任せられん!」


 何せ可愛いハムスターなのだ。包丁だの鍋だのを持たせるなんて危険すぎる。いつぞやの調理実習の時だってヒヤヒヤしたんだ。玉ねぎのみじん切りなんて寿命が何年縮んだかわからない。

 あとまぁ単純に、隠し味とか言って中にチョコレートを仕込もうとしたりするからな。確かにタネに隠せるサイズ感ではあったが、フォンダンショコラになってしまう。切ったハンバーグから出てくるのは肉汁かチーズ、あるいは玉子辺りで勘弁してくれ。


「それで、だ」


 肩を掴んだ手に気持ち力を込めると、西田は「ヒィッ」と悲鳴を上げた。


「べ、ベベベ別に紺野を売ったとかじゃなくてな!? ほら、アイツ、写真部の方に引っ張られてあんまり準備とか来られなかったし、いや、それは別に良いんだけど! 全然それは良いんだけど! 上沢が『アイツにももっと文化祭らしいことさせてやろうぜ』なんて言うから……!」


 お前に相談もせず、悪かった! この通り! と涙目で頭を下げてくる。


「いや、何で俺の許可がいるんだ?」

「へ……? だってお前達……その……」

「何を勘違いしているかわからんが、俺の許可は必要ないだろ、那由多が納得してるなら」

「それはまぁ……そうなんだけど」

「俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ。どういうことなんだ、この俺のシフトは!」

「は……?」


 目を丸くしている委員長の顔に、びたん! とシフト表を貼り付ける。


「これじゃ那由多のメイド姿を見に行けんだろうが! ズラせ! ズラしてくれ!」

「ちょ、押し付けんな! わ、わかったから!」

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