第10話 王宮でのパーティー
修学旅行を終え、また日常に戻った。
授業とパーティーの日々だ。
勇者パーティーの顧問を務めたはずのイライジャ先生は、名ばかりで姿を見せない。
彼のことを思うと、本能寺での夜が思い出されてならないのだ。
初恋の君と思い込んでいた彼が、実は双子の弟だった事実がわかり、真実の君は既にこの世にない。どうしようもないほど悲しかった。
量や深さは違えど、同じ悲しみを彼も抱いていて、その喪失感でわたしたちは気持ち的に重なった。
軽いハグが長く続いた。それは長く。
わたしの中の修学旅行のピカ一の思い出になった。他には、忘れたいことや消し去りたいことも多く、ともかく、あの夜のことだけを繰り返し思い起こし続けている。
本当の初恋の君は、イライジャ先生の兄上のフィンという人だ。わたしはこれまで、弟のイライジャ先生を初恋の君と信じ、見つめて来た。
彼の姿も、言葉も、彼の声も、指示も。ぜんぶを初恋の君のフィルターを通して受け入れて来た。
けれども、今そのフィルターが外れ、心はどうだろう。
初恋の君の喪失は、それとして納得し、受容できたように思う。心の奥の一番上等な記憶のアルバムに、それは収められている。そんな気分だ。
それとは別な感情が、わたしには芽生えているのだ。
初恋ではないけれど、わたしはきっとイライジャ先生に恋をしている。
ある時、体育の跳び箱でひざをすった。ヨーコに付き添われ、保健室に行った。
イライジャ先生は保険の先生だった。保健室に行けば会える。そんな思いが、わたしを二十五段の跳び箱に挑ませてしまった。
「失礼します」
保健室の扉を開ける。中にいたのは白衣を着た女性だった。
「あの、イライジャ先生は?」
「先生は、もう上流学園にはいらっしゃらないのよ。中流学園の方に移られてしまったの」
「中流学園?」
「そう、こちらより家格のぐっと落ちるミドルクラスの貴族が多い学園よ」
新しい保険の先生に絆創膏をもらう。礼を言って部屋を出た。
ヨーコに聞いた。中流学園と、上流学園別館の何が違うのか。あそこだって、家格が落ちるうんぬんと聞いたのだ。
「別館は貴族じゃないの。寄付の多い普通の志願者よ。一方、中流は貴族なの。でも、寄付も少なくて、校舎もとても古いと聞くわ。クラスメイド(クラスの世話係)がたったの八人よ。生徒二十人に八人。五人がお弁当を忘れて、三人が消しゴムを落としたら、もうメイドが足りないのよ。もし、もしもよ、トイレットペーパーが切れたら、どうしたらいいの?」
自分で替えろよ、と口まで出かかったがのみ込んだ。ヨーコは本能寺でのジョンとの一夜の後で、ナーバスなことが多い。刺激はタブーだ。
ちなみに、上流学園はクラスの人数の半分はメイドが用意されている。授業中、メイドエプロンを付けた彼女たちが、授業参観のように後ろに並ぶのは、異様でちょっと圧巻だ。
ともかく、そんな中流に彼が行ってしまった。
単なる保険の先生としての異動ではないのだろう。何かまた、別な密命を帯びているのに違いない。
けれど、胸が切なくて寂しい。
もの足りないない日々を送る中、学内に旋風のようにある噂が走った。
王宮でパーティーが開かれるという。
ちょうど校庭でかたまり肉を焼いていたところで、また肉を焼くのかと、少々げんなりした。ロイヤルBBQにはあんまり興味が持てない。
「賢者様、違います。王宮のパーティーは夜会ですよ。デビューのレディが、王と王妃の拝謁を賜るための催しです」
「デビューのレディ?」
知らないことだらけだ。
今年十八才の、社交界へのデビューを迎える貴族令嬢がそれに当てはまるという。十八才なら一年足りない。来年か。
「違うの、そこは数え年なのよ。だから、わたしたちが招かれるのよ」
「へえ、数え年ね」
何でもあり感はぬぐえないが、面白そうなイベントがあるのはちょっと心が浮立つ。
「今年のドレスコードは何かしら?」
「ドレスコード?」
これもわからない。
肉をぐるぐる回して焼きながら、部長が教えてくれた。わたしがグレイビーソースをかけるのを手伝う。
「王家のどなたかが、衣装の注文のようなものを一つお決めになるんです。色だとか、仮面を付けるとか…、お決めになる方によって、ドレスコードはまちまちです」
「ふうん」
昔と違い、ドレスは選び放題だ。
授業もそっちのけで、女子はドレス選びに夢中になる。
果たして、数日を待たずに、邸に王宮からの手紙が届いた。舞踏会への招待状だ。
金の印字でわたしの名前が綴られている。レディ・ディー。
レディ・ディー。
何か響きがよくない。
まあいいか。中には舞踏会への招待が述べた文書で、下方にドレスコードが添えられてあった。
『一部もふもふしたものを着用のこと』。
もふもふ?
何だそれ。
周囲に聞けば、猫耳やしっぽなどを付ければいいとのことだ。
「随分しゃれっ気のある方ね」
母も喜び、わたしのために領地から獣の毛を集め、しっぽ作りに余念がない。母は自身がメイド出身で、こんな華やかな催しには無縁だったのに。娘を思い、無心にしっぽを作ってくれる母には感謝しかない。
「ママは舞踏会にはメイド時代の嫌な思い出しかないわ。酔っぱらったお客にお尻をなでられて、悔しかったわ。それをパパが助けてくれて…」
「そうだったね。ママはとっても可愛かったから、スケベな客が手を出したがったんだよ」
「パパったら、そのお客のコートのポケットに、モモンガを忍ばせてね。ふふふ。六匹も」
「いや、七匹さ」
出来上がった尻尾は、期待したキュートなうさぎや猫のそれではなく、餓狼じみた立派な狼のものだった。
まあいいや。
母が夜なべしてくれたのだし。
ドレスにしっかりと装着し、わたしは舞踏会に臨んだ。
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