第7話 修学旅行の夜に

明日はいよいよ修学旅行だ。


キャリーケースに荷物を詰めながら、ぼんやりとしてしまう。

先日、イライジャ先生と交わした会話がよみがえるのだ。彼はわたしに潜入捜査の協力を求めた。


「もふもふパーティーのメンバーは、既に面が割れてしまっている。彼らはもう配属替えになった」

「え」


獣人の着ぐるみを着て温まったりぶつかり合うだけのパーティーに、まさかそんな裏の顔が、とわたしは驚愕した。


確かに、この凛々しく有能そうで素敵な彼が、そんなふざけた集いを喜んで率いているとは考えたくはない。


今回、わたしに白羽の矢を当てたのは、わたしが上流学院での日が浅く、染まっていないこと。そして、素質を認めたからだという。そして、それを実感するために、あのパーティーに接触したのだとも。


わたしが知らないだけで、しばらく前からわたしたちをうかがっていたのだろう。


「君は転校して来て、あっという間にあの勇者パーティーの面々の心をつかんだ。彼らの君に寄せる信頼感、尊敬の念は計り知れない」

「まあ」


単に、甘ちゃんの彼らに肉の焼き方を教えただけなのに。


「そして、テスト攻略の妙だよ。大胆でありながら、緻密な計画で乗り切った。君は自分を過小評価し過ぎている」

「え」


うれしかった。

先生にそう言ってもらえて、本当にうれしい。


彼のために、頑張ろうと思った。何を任されるのかはまだわからないが、やり抜こうと誓うのだ。



修学旅行では、まずキャンプから始まった。


薪を集め、火を起こし、肉を焼く。

放課後と同じ内容だが、やはり旅でのBBQは楽しい。キャンプファイヤーを終え、スーパー銭湯でお湯を使ったら、テント泊だ。


いつの間にか、班ごとにテントが用意されている。チープな旅行に見えても、さすが上流学園。こんなところはスタッフを雇い、金をかけている。


寝袋にくるまって、恋バナを堪能した後で眠った。


キャンプ、観光、ソロキャンプ、観光、キャンプ、キャンプ、ソロキャンプ、ソロキャンプ。

ソロキャンプが続き、男子生徒はひげをそらなくなった。


連日のBBQの煙で制服も薄汚れ、全体的にみすぼらしい集団になったところで、本能寺に到着した。


本能寺上流宿坊に入った。畳の和室が落ち着く。


「おじい様の別邸がこことそっくり」


ヨーコの声にわたしもうなずいた。うちのおじい様の調合部屋もこことそっくりだ。


執拗なBBQに胃が疲れていたので、精進料理がとてものど越しがいい。あっさりした食材に、あっさりとした味付け。あっさりとした満足感。


あっさりほどほどが、こんなに気持ちがいいとは。

わたしは、そろそろ上流の色に染まり始めているのかもしれない。


夕食後、部屋に戻ると、布団がのべられてある。

わたしの布団の上には、白い布が畳まれている。


これは何?


「ディー、あなた...」


ヨーコの声が哀愁を帯びて途切れた。


畳んだ布を広げた。浴衣状の浴衣ではない何か。


「経帷子」


部屋に遊びに来たジョンが、それきりで絶句した。


どうしてこんなものがわたしの布団に?


二人を見るが、二人とも目を逸らし、「ジョン」、「ヨーコ」。を繰り返すだけだ。


そこで、奇妙な笛の音のような音が鳴り響く。何だろう、頭が一瞬もやっとした。

その瞬間、辺りが暗闇に包まれる。暗転。何が何だかわからない。


「ディー、それに早く着替えて」


ヨーコだ。


「え、どうして?」

「あなた、今年の蘭丸様なのよ」


「蘭丸様は、信長の側にいて、一緒に討ち取られるんだ」

「一人じゃないの? 生贄は」


愕然となる。


二人に急かされ、ともかくわたしは制服を脱ぎ、経帷子に着替えた。着替えが済めば、ヨーコに連れられて、わたしは本殿に走る。


本殿では、既に着替え終えた信長役の男子生徒が、欄干にもたれ、ふてくされた顔をして立っていた。

月光に照らされ、わたしたちは本殿の庭にせり出して設けられた舞台に立つ。


ヨーコがわたしになぎなたを渡してくれる。信長役は土産物っぽい模造刀を手にした。


地響きがする。人声もずいぶん騒がしい。庭の奥から、牛でも群れて走って来るのじゃないかと思うほどだ。


いきなり柵が開かれる。

途端に手に手に棒のようなものを持った人々が、こちらにめがけて走って来る。その数、数百はいるだろう。


わけがわからず、わたしは信長にしがみついた。


「だめだよ、ディー戦わないと」


信長はわたしを振りほどき、模造刀を振り回すのだ。

しょうがなく、わたしも見様見真似で、「えいえい」と言いながら、前面の敵になぎなたを突っ込み始めた。


信長とはいつしか背中合わせになり、すっかりバディだ。


わめきながら棒を繰り出してくる敵兵たち。動きに無駄がなく、乱れもない。ひたすらにわたしと信長の命を狙ってくるのだ。


らんらんとこちらを見る目はかっと見開いて、表情は興奮して固まり、なのに笑みが浮かんでいる。

ちょっといっちゃてる感がぬぐえない。


「彼らは何?」

「別館の生徒さ」

「旅行に来ていたの?」


別館の生徒とは、授業も校舎も違い、あまり交流がない。てっきり旅行も別だと思っていた。

信長いわく、旅行の荷物持ちや、布団の上げ下げ、テント設営、すべては代々別館の生徒たちの仕事なのだという。


「それはひどい」

「そのうっぷん晴らしに、十八年前からこの討ち入りゲームが始まったんだよ」

「あっ」


わたしの脚に、敵の棒がかすった。痛くはない。ウレタンの棒みたい。


「一番槍。一番槍」


すかさず、ヨーコがわたしの胸に-1の紙を張って去る。-3で死ぬのだという。

早目にやられて引っ込む方が楽かもしれない。適当にこなそうと、敵をざっと眺めた時だ。


見覚えのある物が目に入った。


え。


確認のため、もう一度目を戻す。そこにあったのは、大声でわめくカルビの顔だった。忘れもしないおたまじゃくし風の、あのカルビだ。


別館の生徒になっていたのか。

驚きに、なぎなたをとりおとしそうになる。

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