第6話 イライジャ先生

「楽しそうだね」


ふと声がかけられた。声の主はイライジャ先生だった。


何の教師なのかは知らないが、白衣を着ている。化学とか、そっちかしら?


「イライジャ先生は、修学旅行は行かれるのですか?」


パーティーの部長が聞く。


「僕は保険の先生だから、行くよ」


保健の先生とは。それは意外だった。


ヨーコがわたしにささやいた。


「イライジャ先生は、毎年修学旅行もご一緒なの」


イライジャ先生は肉の煙を避けながら、芝に腰を下ろした。思いがけないことを言う。

この勇者パーティーの顧問になったという。


「ちょ」

「w」

「お」

「ま」

「w」

「w」


口々にメンバーからの驚きの声がもれた。


「わかっているよ。君たちの意見は。肉を食べない僕が、肉を焼く勇者パーティーの顧問になるのはおかしいと」


先生は青味がかった金髪の髪を軽く揺らした。


「食べないが、顧問することは出来る。オリンピック組織委員の最高名誉顧問が、バリバリのアスリートとは聞かないじゃないか」

「...それとこれとは」


「わたしたちは、共に火を起こし、肉を焼き、食す。ここまでを仲間と共有することで、勇者になったみたいな気分を味わうのが活動の目的なのです。先生は、最後の「食す」が、出来ないではないですか」

「じゃあ聞くが、前の顧問の先生はどうだった?」


先生の問いに、雄弁なメンバーが口ごもった。

どういうことだろう。前の顧問の先生って。


わたしの視線に、部長が告白した。


「カントリーマアム先生は、みんなが起こした火で、執拗にアメリカの田舎風ビスケットを焼きたがって、僕たちと衝突したんだ」


そこでイライジャ先生が空せきをした。こほんと、いつか聞いたような乾いた音だった。


「カントリーマム先生だよ。伸ばしてはいけない。その線引きは非常に重要だ」


ともかく、以前の顧問の先生は、メンバーの彼らとそりが合わず、パーティーを追放されたという。


「僕は肉は食べないが、ビスケットも焼かない。君たちの活動に口出しはしない。それに、顧問がいないと困るのは君たちの方だろう」


うつむくメンバーに、わたしはまたも?マークだ。ヨーコはさすがに事情通で、


「パーティー費が下りなくなるのよ。我がパーティーだと、お肉代ね」


ヨーコの声にかぶせて、先生が静かにつなぐ。


「君らの火起こしが原因の芝の焼け焦げは、代々の顧問が尻拭いしてきたんだよ」


あ。

そうだ。


この辺りの芝は、わたしたちが気まぐれにあちこちで起こす火に焼かれ、根をやられてしまっている。上から見たら、滑稽なはげ模様が出来てしまっているに違いない。


ローストビーフが出来上がった。雪割り水で磨かれたわさびにしょうゆを添えて。


「賢者様、あなたに委ねます」

「委ねます」

「委ねます」…。


面倒臭くなったらしく、メンバーが食に走り、わたしに決断を押し付けて来た。


わたしは、みんなの顔を順番に見てから、うなずいた。


「顧問をお願いします」



散会になった。


どうしてイライジャ先生は、こんなわけのわからないパーティーの顧問になりたがるのだろう。教師間のしがらみかしら。放課後、暇な先生へのやっかみとか。


帰り道、車寄せで迎えを待つわたしの腕を、誰かがいきなりつかんだ。


ぎょっとしたが、イライジャ先生だった。


「こっちへ来て」

「え」


建物の影に引っ張り込まれる。あたりをうかがい、ひと気がないのを確かめた後で、言った。


「僕に協力してほしい」


わたしは目をつむり、思わず貞操も手放した。


「はい」

「僕は王家からの密命を拝し、学園内を探っているんだ」

「え」


成り行きが想像を超え、わたしはやっぱり貞操を取り戻した。


彼がひそひそと打ち明けた内容によると、国家機密がここからもれているのだという。


この学園のどこに機密があるのか。セレブのガキが、一部腐って集っているだけだ。わたしには不思議でならない。


「彼らの親がこの国の中枢を担っているのはわかるね?」

「ええ、まあ」


確かにそうだ。ヨーコの父上も大臣を務めた偉いさんだというし、「それってあなたの感想ですよね?」のディベートパーティーの彼は、母上が王の側近と威張っていた。

他にも、そんな話はごろごろ聞かれる。


「そんなトップエリートの親の弱点が、この学園に通う子息女たちであり、更に、彼ら自身が将来のトップエリートたちでもある。まさに、ここは機密の宝庫と言っていい」

「はあ」


「それを狙って、敵国のスパイが入り込んでいるんだ。さかのぼれば、十八年前の男爵家の子息がそうだ。やつらは寄付にものを言わせ、強引に容姿枠を設けさせ、入学してしまった」

「あ」


容姿枠。


あれは、敵国が侵入するための合格枠だったのか。それが十八年ぶりに復活して、わたしが利用することになった。


「わたしは、スパイなんかじゃ...」

「わかっている。君の素性は調べた。以前の暮らしや家族のことも把握している」


恥ずかしくなり、わたしはうつむいた。肉の町でのその日暮らしの生活を知られていたとは。

そして、きっとカルビのことも。


しかし、つながった。

だから、先生は兄のビーエルと友人になったのだ。弱さと頼りなさとはかなさしか持ち合わせていないあの兄と。


ともかく、先生はこの学園から機密がもれ続けている理由を探っているという。


「どうだろう。危険なことはないと約束はできない。しかし、君のことは全力で守る。どうか、僕と一緒に任務の一端を担ってほしい」


真っ直ぐにわたしを見つめる先生の目は、あの遠い過去の窓辺の君のものだ。今もあなたに恋をし続けるわたしに、どうして彼の願いを拒むことができるのか。


わたしは静かにうなずいた。


「ありがとう」


しかし、高位顕官の子供たちが集うのだ。そんなまさか、敵国におもねるような売国奴がいるとは信じられない。

にわかセレブのわたしですら、毎日のナーロッパ国家斉唱に、愛国心が芽生えそうで困っているくらいなのに。


彼もわたしの思いがわかるのかうなずく。


「この学園の生徒には、そんな心の卑しい者はいない。何か仕掛けがある」


そして、きっぱりと言う。


「目星はついた」

「え」

「きっと修学旅行に秘密がある。敵は本能寺にあり、だよ」

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