Momo

ももちよろづ

淡風

「もう行くぞ、レヴィ」



セレブリティ家 庭園、東方に位置する、蒼龍の池。


一人の、袈裟けさ姿の青年が、そのほとりに立たずんでいる。


「クゥ~……」


池の水面みなもが波立ち、青い龍が、顔を覗かせた。


『まだ、遊び足りない』と言った表情だ。


「クルゥ~~~……」


「巡回は、とうに終わった。団に帰らねば、皆が心配する」


は、もう西に傾き掛けている。


「クゥ、クゥ」


青年の声に応じ、龍はようやく、池から長い体を引き上げた。


うろこに、西きらめく。


「良い子だ」


「クゥゥ!」


青年は、龍の背を撫でてやる。


通常、龍は、こんなに人間には心を開かないが、余程、懐いているのか。


一人と一匹が、池から離れようとした、その時……。



「も~も~ころころ、桃栗こ~♪」


「!?」


「お池に、はまっt『ドバァァァァン!!!』


池の端に、盛大に水柱が立った。


(何事だ!!?)


青年が急いで覗き込むと、金髪の幼い女の子が溺れていた。


水面には何故か、ぷかぷかと、トロの刺身が浮かんでいる。


(トロ!……って!いや!違うだろ俺!助けてやらないといかんだろ!!)


とぷん、と小さく水柱が立つ。


「クルゥ?」


レヴィと呼ばれた龍は、不思議そうに、その光景を見詰めていた。




「ぷはぁっ、はぁっ」


池のほとりに、水浸しの青年と、少女。


傍に、一匹の龍。


(この娘……セレブリティ家の令嬢か?


 確か、上の娘は、俺と同じ年の頃と聞いた。妹か。


 又、お転婆てんばに育ったものだ……)


「クルゥ~~……?」


「案ずるな、レヴィ。この娘、息は……」


(*´д`*)ハァ ハァと、苦しそうな息が聞こえる。


頬に張り付いた泥を拭ってやろうとした時、青年は、初めて少女をまじと見つめた。


白く、肌理きめ細かい肌。


緩やかに巻いた、金髪。


仏蘭西フランス人形の様な、顔立ち。


長い、栗色のまつ毛。


ぷっくりとした、頬。


薄紅色の、唇。


青年は、しばし時を忘れ、見惚れた。


「クルゥ?」


「……はっ!今は、それ所じゃないな」


愛龍の鳴き声で我に返った青年は、少女の呼吸を確認する。


「(*´д`*)ハァ ハァ……」


「苦しそうだな……水を飲んだのか」


ふしくれ立った指が、少女の小さな胸に軽く触れた。


「クゥゥ」


「脈は、異常無いが。未だ幼い子だ……」


青年は、苦悶の表情を浮かべる、未だ目覚めない少女を見つめる。


あどけないその姿に、彼の心に躊躇ためらいが生じた。


「クゥ!」


「迷っている時間は、無さそうだな」


その時、青年の脳裏に、同じく金髪の、美しい女性の姿が浮かんだ。


「……この娘、モモに似てるな」


「クゥゥ~」


「向こうを向いていろ、レヴィ」


「クゥッ!」


龍をたしなめ、青年は、もう一度少女を見詰める。


彼女の瞳を再び開かせるには、自分が気道を確保してやらねばならない。


彼は、意を決した。


(……ご免な。お初、お兄ちゃんが貰ってしまうけど、許せ。)


心の中でそう詫びると、青年は、少女に、そっと口付けた。




「お嬢様ぁ~?お嬢様ぁ~!」


両手一杯に薬草を抱えたメイド姿の女性が、庭を全速力で突っ切って行く。


「~~~ほにゃっ?」


少女は、その声に、夢と現の狭間はざまから呼び戻された。


「お~嬢~様ぁ~~~っ!」


声の主は、まだ自分を呼んでいる。


「ふぁ……レナぁ~?」


『キキィィーッ……!』


少女の声に、メイドは一瞬で止まり、方向転換した。


「コモモお嬢様!随分ずいぶん、捜しましたよ!?」


「えへ~」


「えへ~、じゃ、あ・り・ま・せんっ!」


「じゃあ、うふっ♡」


(*・ω-人)-☆バチンッ


「はぅっ!///」


令嬢のウィンクに、同性のメイドは、何故か少し頬を赤らめた。


「……それより!///びしょ濡れじゃありませんか」


「うん、はまっちゃった」


「もう!池の周りは滑りますって、あれ程、言っておいたでしょう?


 さぁ、戻って、お洋服を着替えましょう」


「はぁ~い」


手を繋ぐ二人。


「……コモモのトロ」


「お刺身なら又、用意します。第一、あれは猫の餌です」


「ぶ~っ」


「それより……よく一人で、淵に上がれましたね?」


「ん……よく分かんないけど、どこかのお兄ちゃんが、助けてくれたのぉ~」


「へぇ……それは、親切な人が居たものだわ」


「うん!さーびすで、コモモに、ちゅーもしてくれたよ!」


『バサバサドサッ』


余りの衝撃に、レナは持っていた薬草を、全て芝生に取り落とす。


「………………は?」


「まうすちゅーまうす、だよっ♪」


「な…………………………!?


 な、な、な、なな何ですってぇ――――――――――っ!!?」


「えへぇ♡」


屈託無く笑う、コモモ。


その隣で、レナの怒りは、頂点に達する。


「わわわわわ私の!私のコモモお嬢様になぁぁぁぁにをかましてくれるぅぅっ!?

 そ奴!この四天王が一人・蒼龍のレナが、地獄の底迄追い詰めて、晩飯のスープの出汁だしにしてくれるわぁぁぁ!!」


壮絶な罵倒が、名門・セレブリティ家の庭園にこだました。


「……おい、イサク。今の、レナじゃないか?」


「俺に聞くなよ、ジェイド……」


二人の執事は、頭を抱えた。




―― スマイル団 アジト ――



(……?何だか、今一瞬、背筋がゾクッとした様な……)


「お帰り、クーヤ。遅かったのね?」


奥から、小綺麗な女性が、にこやかに出迎えた。


「ああ、今帰った。モモ、俺は腹が減った」


「はいはい、シチューを温め直すわ。皆は、もう済ませちゃったわよ?」


「トロは無いのか?」


「トロ?好物だっけ?」


「や、何でも無い。……二人きりだな」


「もぉっ♡」


緩やかに流れる時間。


「美味かった、ご馳走さん」


「ふふっ、良かったわ」


モモと呼ばれた女性は、空いた食器を手際良く洗う。


「さっきは、何処で寄り道していたの?」


「あぁ……、レヴィが強請ねだるので、帰りに、龍神池で遊ばせてやってた。


 そうしたら、その池に、女の子……多分、セレブリティ家の令嬢だろうな。


 派手に落ちたんだよ」


「へぇ……?(・ω・)ピキッ」


クーヤの口から出た、「女」と言う単語に、ニコニコだったモモの顔が、(・ω・)ピキッと固まる。


が、彼女の背中しか見えないクーヤは、気付かず笑ったまま


「……それで、どしたの?(・ω・)ピキッ」


「急いで引き上げてな」


「…………で?(・ω・)ピキピキッ」


「俺は息を吹き返そうと」


「………それで?(・ω・メ)ビキキッ」


ニコニコだったモモの顔は、今や、おこ(`ω´)である。


その、おこ(`ω´)さたるや、洗っている皿を握り潰して、割り兼ねない程だ。


しかし、気付かないまま、クーヤは笑って続けた。


「ま、軽く人工呼吸だ」


『パリィィィンッ』


余りにも予測通りの言葉に、モモの手の中からティーカップが落下し、甲高い音が部屋に響く。


「あ!モモ!それは高級ティーセットジャマイ…カ……?」


振り返ったモモの表情で、クーヤはようやく、自分の置かれている状況を飲み込んだ。


「や!その!人命救助だぞ!?不可抗力だ!!俺に幼子を見捨てろってのか!?」


「言い訳は……神様にしたらいいのよ――――っ!!!」


「待て!モモ!俺と今からし直せばい…………ぎゃ あ あ あ あ あ あ あ ―――……」


クーヤに、LV&魔力MAXのシャーマンの攻撃魔法が、容赦無く降り注いだ……。


~ 青年壊滅中 ~ (;ω;)シクシク




―― セレブリティ家 庭園・東方 ――



「うぅ~、トロ、見つからなぁいっ」


濡れた服を着替えた令嬢・コモモが、髪も乾き切らぬまま、池の中で放してしまったトロの刺身を捜していた。


貴族の割に、食い意地の張った娘である。


「食べ物は大事だもん!……ん?トロ、ハケーン!」


芝生の中に、きらりと光る物があった。


「やたっ!……なぁ~んだ、違うヨ。……これ、なぁに?」


青く半透明のそれは、うろこの様だった。


「……へぇ~」


好奇心旺盛なコモモは、ぐに興味を示し始めた。


「ふわぁ、きれい……」


角度にって、様々に変わるその色合いは、コモモが初めて見る物だった。


「きらきら!」


刹那せつな


少女のまな裏に、青い龍と、精悍な青年の姿が思い出された。


「……お兄ちゃん」


見ず知らずのコモモの命を、脇目も振らず、救ってくれた人。


「……ちぅ、しちった」


コモモは自分の唇を少し撫でてみる。


その感触を思い出して、彼女の頬は、名前通り桃色に染まった。


「う~…………。恥ずかしい」


頬っぺたが、火傷やけどしそうな位、熱い。


「何だろ、ここが、どきどきするの」


小さな胸に生まれたその感情の呼び名を、幼い彼女はまだ知らない。


「きれい。とっても」


てのひらの中のうろこは、思ったより薄くて、握り締めると壊れてしまいそうだ。


「…………もっかい」


聞こえるか聞こえないかの、小さな声で。


「……もっかい、会えたら。このきらきら、お兄ちゃんにあげよう!」


今度は大きくそう言うと、コモモはにっこり微笑んで、空を見上げた。



黄金色の真ん丸が、山の間に帰って行く。


夕焼けに透かした青い龍のうろこが、少女の瞳に、淡い、風の様な色を映していた。

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