第43話 深層へ5


 ひかるんの頭には――耳があった。


「うう……ひどいよ……お母さん……」

「お母さんだなんて呼ばないで」


 ひかるんの頭には、獣の耳があった。

 これは……猫の耳だろうか。

 俺は、脳がフリーズした。

 これは、どういうことだろうか。

 猫の耳がヒトについている……?

 つけ耳って、わけじゃないよな……。

 ひかるんがこれまでに頑なに帽子を脱がなかったのは、こういう理由だったのか。


「この子はね、半分獣なの。人間じゃないの。そういうことよ。ほら、辻風さんもドン引きして言葉を失っているでしょう? あなたは人間じゃないの。肝に銘じなさい。もう二度と迷惑をかけないで」

「はい……ゴメンナサイ……」


 ひかるんの母は乱暴に帽子を投げ捨てると、病室を出ていった。


 あとに残されたのは、泣きじゃくるひかるんと俺。

 気まずい……。


「あの……ひかるん……? 大丈夫か……?」

「うう……辻風さん……。みちゃったんですね……。私のこと、嫌いになりましたよね……」

「え……? なんでだ……?」

「え……?」

「なんで俺がひかるんのこと嫌いになるんだ。そんなわけないじゃないか」

「え……でも、私の耳を見て、引きましたよね」

「いや、ドン引きしたのはひかるんの母親に対してだよ」


 俺が、そんなことでひかるんのことを嫌いになるわけがない。

 だって、獣耳がついてるだけだろ?

 むしろ可愛いじゃんか、猫耳ひかるんなんて。

 それより、あの母親にはマジでドン引きだ。

 嫌がるひかるんから帽子を奪い取るなんて……。


「じゃあ、私のこと嫌いにならないですか……?」

「だから、そう言ってるじゃないか」

「よかった……私、てっきりもう辻風さんと……」

「馬鹿なこというなよ。それより、それはいったいどういうことなんだ? 説明してもらってもいいか? 嫌なら無理にとはいわないが」


 ひかるんになぜ猫耳がついているのか、

 そしてひかるん母がいっていた半獣ってのはどういう意味なのか。

 なぜ、ひかるん母がひかるんに対してあそこまで強く当たるのか。


「これは……亜人症……って、知ってますか……?」

「いや……詳しくは、知らない」


 亜人症、どこかできいたことがあるようなないような……。


「ダンジョンがこの世界に登場してから、しばらく経ったころ、数百万人に一人の割合で、私のような亜人が生まれるようになったんです」

「亜人……」

「人によっては、獣耳や、エルフ耳だったりするそうです。ダンジョンからの魔力の影響だと言われています。とにかく、私の両親はそのことが気に食わないんです。私のことを、いつも迫害します」

「そんな……! 酷い……!」

「でも、しかたないんです。私はこれのせいで、友達もあまり作らずに来ました……。嫌われるのが……怖いんです」

「ひかるん……」


 かける言葉がみつからなかった。

 俺は、この子になにをしてやれるだろうか。


「よし、ひかるん。俺は約束するよ。俺は、絶対にひかるんを嫌いになったりなんかしないってな。獣耳があっても、ひかるんはひかるんだ……!」

「辻風さん……。いや……ハヤテさん……! ありがとうございます」


 ひかるんは顔を赤く染めた。

 


========

【あとがき】


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