第3話 あの人ならよく辻ヒールしてるよ


 今人気急上昇中のダンジョン配信者――通称ダンチューバー。

 ダンチューバーの『ひかるん』と言えば、私のことだ。

 ひかるんというのはあだ名で、本名は錦木野にしきぎの光瑠ひかる

 年齢は17歳で、ソロのダンチューバーをしている。

 チャンネル登録者は240万人だ。

 私の場合は、ダンジョン探索者としての実力はそこそこ。


 まあ、普段は中層に潜ってる感じかな。

 一応下層にもいけることはいけるけど、ちょっと厳しい。

 下層のモンスターも倒せるには倒せるけど、強敵と連戦するのは厳しいなーってくらい。

 まあ、高校生でこれだけソロでやれたら、日本でもなかなか上澄みだと思う。

 私の場合、その人気はダンジョン探索者としての戦闘能力っていうよりも、配信者としての才能のほうにあった。

 まあ、自分でいうのもアレだけどね……。


 正直、見た目はわるくない。ていうかむしろ、かなりいい。

 これも自分でいうのはアレだけど、まあ、客観的な事実としてはそうだ。

 事実、一部モデルの仕事とかもしたことがある。

 配信者として人気だから、雑誌の取材を受けたりね。

 私の場合は顔出しでもやってるから、アイドル的な人気がけっこうすごい。

 ガチ恋勢とかいう人たちもけっこういる。

 

 まあ、私についてはそんな感じだ。


 その日、私は学校も休みで、いつものようにダンジョンに潜り、ダンチューブで配信をしていた。

 土曜日だったからね。

 定例配信だ。

 その日の同時接続者数は4万人。

 まあ、いつも通りって感じかな。

 ダンチューブのランキングにも載っていて、かなりの人が見に来ていた。

 スパチャもかなりの額が飛んでいて、正直いってうはうはだ。

 

 中層でさんざん狩りをして、もう配信を終わろうとした頃だ。

 帰り道で、上層まで引き返したころ。

 なんと、突如として私の目の前に、グレートオーガが現れた。

 グレートオーガと言えば、下層でも強敵の部類に入るモンスターだ。


「なんで下層の敵が……!?」


 コメント欄の流れが速くなる。


『イレギュラー……!?』『ひかるん逃げてえええええ!』

『これはやばいって』『逃げたほうがいい!』

『誰か通報しよ!』『やばいやばいやばい!』

『ダンジョン救助隊に通報しないと!』

『あああああ俺のひかるんが!』

『俺今から助けにいく!』

『やめとけ!グレートオーガは危険だぞ!』

『間に合わねえって!』


 まあ、万全の状態であれば一対一でなんとか倒せる……かもってくらいの敵。

 だけど、今の私は、丸一日中層で狩りをしたあとで、かなり疲弊している。

 魔力も切れているし、ポーションだってもうない。

 正直、運の尽きってやつだ。

 私はここで死ぬ運命なのかもしれない、そう思った。

 

 なんとかグレートオーガと戦いながら、逃げる。

 しかし、やはり状況はわるい。

 周りに助けてくれるような人もいない。

 上層だし、もし人がいたとしても、被害者が増えるだけだ。

 

「オガーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

「っく……!」


 オーガの攻撃……!

 ――ズシャアアアア!!!!

 私は途中で、腕に怪我を負ってしまった。


『あああああ俺のひかるんが!』

『ひかるん逃げてええええ!』

『ひかるん死んじゃやだ!』

『オイだれかなんとかしろよ!』

『放送事故!』

『オワタ\(^o^)/』


 なんとか逃げるけど、ここまでか……。

 そのときだった。

 ちょうど、一人の男性探索者が通りかかる。

 どうやら装備からしても、上層のエンジョイ勢の人っぽい。

 やばい、私一人死ぬならいいけど、このままだとこの人も巻き込んでしまう。


「ちょっとあなた! 逃げて!」

「え……?」

「イレギュラーよ……!!!! 下層のグレートオーガが出てきたの!」


 すると、その人は逃げるでもなく、焦るでもなく、私に意外なことを言ってきた。


「あの、もしよかったら、俺がヒールしましょうか?」

「え……?」

「迷惑ですか?」

「い、いえ……! ぜひお願いします! 正直、めっちゃ助かります!」

「では……! えい! ヒール!」


 もしかして、この人ヒーラー……!?

 でも、この傷はかなり深い。

 そんな、上層にいるヒーラーになんとかできるようなものでもないと思うのだが……。

 ここまでの傷、下層のヒーラーくらいじゃないと、手に負えないと思う。

 だけど、他に方法はない。

 このままだと、この人も私も、やられてしまう。

 私は神に祈った。


 すると、みるみるうちに私の傷は回復していく。

 この人、すごい……!

 凄腕のヒーラーだ!


『うおおおおおおおおお!?』

『辻ヒーラーキタああああああああ!!!!』

『いけるか……!?』


 私の傷は完全に回復し、ふさがった。

 しかもなぜだか、さっきよりも体力も戻った気がする。

 なんか、不思議とパワーアップすらしたような気がするのだ。

 もしかしてこの人のヒール、バフ効果もついてる!?

 この人は、なにものなの……!?

 とりあえず、そんなことは今はどうでもいいか。

 今は眼前に迫る、オーガをなんとかしないと……!


「これで、まだ戦える……!」


 私は振り返り、後ろを向いた。

 そこにはいましも迫りくるグレートオーガが……!


「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 ――ズシャアア!!!!

 ――ドシーン!!!!


 やった……!

 ヒールの人のおかげで、私はなんとかグレートオーガを倒すことができた。

 これは……奇跡だ……!

 この人がいなかったら、さっき死んでいた……。

 コメント欄も、今目の前で起きた信じられない奇跡に、これ以上ないほど盛り上がる。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

『ひかるんやったあああああ!』

『かっけええ!』

『さすがひかるん!』

『よかったあああああ!』

『ひかるん生きてた!』

『オッサンナイス!』

『マジでさっきのオッサン何者だよ……!?』

『通りすがりの人ナイスすぎる……!』

『オッサンに感謝だな』『命の恩人』

『俺たちのひかるんを救ってくれた!』

『神!』『英雄!』

『ひかるんを助けてくれてありがとう!』


 そうだ、さっきの人にちゃんとお礼をしないと。

 なんたって、私の命の恩人なんだから……!

 振り向くと、すでにそこにはさっきの人の姿はなかった。


「あ、じゃあ俺はこれで」

「え……あ……ちょっと待って……! ってか足はやっ……!?」


 ものすごいスピードで、去っていく。

 なんだったんだろう……。

 もっとちゃんとお礼したかったんだけどな……。

 連絡先とか、きいておきたかった。


「行っちゃった……」


 なんか、さっきの人の後ろを不思議なもふもふが追いかけていったけど、あれはなんだろうか……?

 まあ、いいか。気のせいかもしれない。

 またどこかで会えるといいけど……。

 私はがっかりしてコメント欄に目を落とす。

 なにかさっきの人のヒントとかあればいいんだけど……。

 もしかしたら、彼も配信者とかってこともあるかもしれないし。


『あーあ……逃げた……』

『シャイなのかな?』

『オッサンを捕まえろ!』

『特定はよ』『配信やってねえのかなオッサン』

『もっとお礼させてー!』

『俺たちからもお礼したい』

『オッサンに赤スパチャ投げたい』

『俺あの人見たことあるかも……!』

『え、マジで!?』

『あ、俺もあの人の辻ヒールで救われたことあるわ』

『マジかよ』

『あの人よく辻ヒールしてるよ』

『俺もヒールしてもらったことあるわ』

『有名人なのか……?』

『無名だけど、東京のダンジョン潜る人ならたまに出くわす』


 幸いなことに、コメント欄に彼を知る人が何人かいた。

 まとめると、彼は【辻ヒールのおじさん】として、一部では知られている人らしい。

 ダンジョンの中でけがをしている人がいたら、辻ヒールをして去っていくジェントルマンらしい。

 みんなお礼をしたいけど、ものすごい逃げ足で去って行くのだとか……。

 だからみんな、彼がどこの誰かもしらないのだという。

 私もお礼したいんだけどな……。

 いったい彼はどこの誰なのだろう。

 少なくとも、並みのヒーラーではないことは確かだ。





 今回ひかるんの配信に移りこんでしまったのをきっかけに、辻ヒールのおじさんこと辻風ハヤテは、映像として残ってしまう。

 そのことがきっかけで、身バレして特定されて、一躍有名人になってしまうのだが……。

 そんなこと、ハヤテはまだ知るよしもないのであった――。

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