第5話 逃げたよー

 ものすごく怖いし、次の瞬間僕の首から上が胴体と永久のお別れになってしまうんじゃないかという危惧もあるけれど、僕は一歩踏み出した。

 さすがにこれ以上はいけないと思うので、努めて気配を消しつつサクラ先生さんの肩を叩いたのだ。同時に即座に、背負った杭打機の鉄塊を後ろ手に握って防御行動に移れるように備える。

 

「────む。杭打ち殿、どうなされた」

「…………」

 

 幸いなことに、反射でカタナを振るうほどのキレ加減ではなかったらしい。意外なまでに冷静に穏やかに、彼女は僕のほうを向いて尋ねてくれた。

 ただし、カタナは変わらずリンダ先輩の首筋に当てられたままだ。これ、すぐにでも致命傷を与えられちゃうやつじゃん。怖いー。

 

 なんなら未だ、殺意自体は振りまいてるしこの人。

 どうしたものかなーと思いながらも僕は、どうにか会話で解決できないかと思って手招きのジェスチャーをした。

 チョイチョイっと手をこっちに動かして、耳を貸してほしい旨を伝える。

 

「? ……その場を動くなよガキども、逃げても逃さぬでござるからな」

「う……」

 

 子供達に本気の威圧をかけて動きを封じ、サクラ先生さんは僕に顔を寄せてきた。お綺麗な顔がすごい近くに来てびっくりするくらい胸が高鳴るけど、さすがにこの状況で一目惚れしましたとは言えない。

 ああああいい匂いするうううう! なんだろこれお花のいい匂いいいいい!

 

「……どうされたでござるか、杭打ち殿? こやつらの蛮行の謝罪は後ほど、こやつらをとっちめてからさせていただきたいのでござるが」

「!」

 

 いけないいけない、すごいいい匂いに意識が吹っ飛んじゃってた。サクラ先生さんの訝しげな顔さえ綺麗だ、惚れるぅー。

 昨日ぶり11度目の初恋に胸が高鳴るのを抑えつつ、僕は彼女に小声で囁きかけた。なんか密着してのひそひそ話ってイチャイチャ感がしていいよね。

 

『……えっと。お気遣いありがたいのですが、少しやりすぎかなって。僕は気にしていませんのでどうか、この辺で矛を収めていただけませんでしょうか?』

『! ……お主よもや、このガキどもとそう変わらぬ年頃でござるか? それによく見ればその眼差しは、女子?』

『男ですぅ……たまに言われますけど、15歳男子ですぅ……』

 

 僕に合わせて小声で返してくれたのはありがたいけど、いくらなんでも女子認定はひどいよー。

 たしかに小柄だし、女装したら似合いそうって言われがちだけど僕は男だよー。家一軒分並に重い杭打機だって片手で持てちゃうマッチョくんなんですよー。

 

 さすがに抗議すると、サクラ先生さんは息を呑んだ。ちょっとキリッとした表情で言ったから、きっと僕の男の魅力ってやつが伝わったんだと思う。ダンディズム。

 

『そ、そうでござるか。失礼……いや、それはさておき。その、お主この者らを許すのでござるか? 舐められるのは冒険者的によろしくないでござるぞ?』

『揉めるほうが嫌ですし……白状すると僕、彼らと同じ学校に通う学生冒険者なんですよね。なんで揉めると万一、正体がバレた時にどんな目に遭うか分からなくって』

『なんと……! それゆえ顔も声すらも隠しておられるのか。なんという不憫な……!!』

 

 えぇ……なんか別な方向に怒り出した……

 恥を忍んで身の上を話し、ことなかれで収めたい旨を伝えたつもりが彼女の怒りに火を注いでしまったみたいだ。なんで?

 なんかこう、直情的な正義の冒険者さんっぽいんだねサクラ先生さん。でもこの場合、それをやられると僕が困る。

 彼女にを宥めるつもりで、僕はまあまあと声をかけた。

 

『そもそもオーランドくん達とは滅多なことで会いませんから、隠すと言ってもそんなに負担じゃないんですよ。それでそのー、そういう事情もあってですね、あんまりことを荒立てたくはなくって』

『むう……しかし、あそこまで舐めた口を叩いておるのを野放しにしては、それこそ冒険者全体にとっての沽券に関わること。鼻っ柱を折るくらいはせねば、こちらとて申しわけもなく』

『穏便な範囲で説教するとかならいいとは思いますけど、今みたいにカタナ? でしたっけ。そんなものを振り回しだすのはちょっと』

『むー、でござる』

 

 むくれる姿さえかわいいってどういうことだろう。ときめいちゃうんですけどー?

 美人系の顔立ちなのに、表情が結構ころころ変わるから幼さもあって、むしろ愛嬌があるように見えるから女の人ってすごい。

 

 少しの間、見つめ合う。本当に美人さんだから目をまっすぐ見つめることさえ緊張して顔が熱くなってくる。

 もうそろそろ限界だ逸らしそう、ああもったいない! って時になって、やっとこサクラ先生さんは渋々ながら頷いた。オーランドくん達、殺気に当てられて動けない周囲にも聞こえるように告げる。

 

「承知した、杭打ち殿。寛大なるお言葉、まことにありがたく」

「………………」

「む、これから依頼のために迷宮へ赴かれるでござるか! それは益々失礼仕った。ほれガキども、阿呆みたいに固まっとらんでどかぬか、出入口を塞ぐでないでござるよ、迷惑な!」

「り、理不尽だぜ……」

 

 お説教とかそういうのはそちらのほうでやっといてもらって、僕は僕で今から依頼なので……と、こっちは相変わらず小声で彼女にだけ聞こえるように伝えたところ、恐ろしく理不尽な指示がオーランドくん達を襲っていた。怖いー。

 困惑と恐怖と恥辱に顔を、真っ青にしたり真っ赤にしたりしているオーランドくんとリンダ先輩がこちらを睨んでいる。いやもう、退散するから許してください。

 

「それではご武運を、杭打ち殿! ──おうアホガキども、お主らの実力確認なんぞもうどうでもいいでござる、そこに直れ説教でござる」

「な、なんだよそれ!?」

「冒険者以前に人としてカスなその性根から、叩き直してやろうと言ってるんでござるよっ!!」

 

 ああああ修羅場が発生してるうううう!

 本格的にガチ説教が始まろうとしていく空気の中、僕はこれ以上こんなとこいられないや! と、ギルドを早足で出て町の外、迷宮へと一路向かうのだった。

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