第45話 ポケットの中はブラックホール
ポケットの中にはビスケットが一つ、もひとつたたくとビスケットが二つ、
そんな歌を歌いながら、私は近所を散歩していた。
お日様に当たってセロトニンをつくると健康になるとか聞くし、日頃の運動でダイエットもできる。
しないよりはいいだろう、目標もない日課だ。
くだらないことを考えながら、ぽんぽんとポケットをたたいて散歩をする。少しおなかが空いた。
肌寒いから出掛けに羽織ってきたカーディガンには、ポケットが左右に一つずつついている。
「ポーケットの中にはー、ビスケットが三つ、」
続きはなんだったろうか?
「ん~もひとつたたくと~……ビスケットが一つ!」
誰が聞いているわけでもないし、と歌のはじめに戻ってまたぽんぽんとポケットをたたく。
そうして日課の散歩が終わり家に帰ると、ポケットの中に空間が広がっていた。
「ん?」
ポケットに大きな穴が開いているわけではない。
うちの鍵はどこ?
広がるポケットの中をごそごそと探すと、手にいくつかのものが当たる。おかしいな、私はポケットに家の鍵しか入れてないはずなんだけど…。
手にぽすんと小さなぬいぐるみが当たる。ぎゅっとつかむとそれは、鍵につけていたマスコットのぬいぐるみだった。
どうやらポケットの中でふんわりと浮いているようだ。
とにかく鍵をゲット!
急いで家に入ってカーディガンを床に広げた。
うさぎのポッケもにんじんのポッケも外からは何もかわっていない。ただのかわいいポケットだ。
「う~ん……」
おそるおそる出現したビスケットを食べてみても、まぁまぁおいしいかというほどで依存性があるわけでも毒があるわけでもない。
ポケットの中をのぞいてみたが、別次元につながっているだとか、中に小人がビスケット工場をつくっているなんてことはない。
トンカチで叩いても、上に服をのせてもビスケットは現れない。
手でポンポンと叩いた時にだけビスケットが出現するし、ポケットの中に手を入れると空間が広がる。
「便利っちゃ便利なのかな……」
しかしそういえばこういう謎現象が好きなやつがいるにはいたな。
私はSNSの個人チャットで『なんか変な現象が起きた』と送った。
たすけて、とも送ろうと思ったけど、不可解ではあるけれど急用かと言われれば違う。命の危険はないし……。
いや、さっき食べたビスケットに何かしらあればこれから危険が起きるのか?
私はメッセージに既読がついた後に『わりとやばいかも』と追加で送った。
すぐさま部屋のインターホンが鳴った。
彼と私は同じ大学に通っていて、隣同士に住んでいる。
田舎から上京したという共通点しかなかったが、世間話くらいはする仲だ。
そんな中で科学が好きでオカルトも好きという話を聞いていた。
部屋に招き入れると、
「心霊現象か!?」
とズカズカと入り込んでキョロキョロと周囲を見渡した。
そして床にひろげてあったカーディガンを見ると、
「古着でも買ったのか? ……もしや……事故衣服!?」
「カーディガンがやばいのは合ってるけど、事故衣服ではないと思うよ、ユニク〇で買ったし」
「何が起きている!?」
私は彼の目の前で、カーディガンのポケットをポンポンと叩いた。
ビスケットを出現させると、手品を疑っていた彼だったが――。
「外から見たら普通のポケット……、手を入れると異空間!? そしてポケットを叩くとビスケットが出現する!?」
「そうなの、便利かもしれないけど中は整理されてないし使えないっちゃ使えないかも」
「いや! 君! えっ!?」
頭が良い彼がオーバーに喜んで、カーディガンを抱きしめている。
「こんなオカルトアイテム、本当にくれるのか!?」
「あげるなんて言ってないよ、ていうかビスケット食べちゃったんだけど食中毒とか大丈夫かな」
「ビスケットの成分調べてぇ~~~!!」
「貸すのはOK」
「えええ~~無制限で~~!?!?!」
オカルトを科学で証明するために、と勉強を頑張っている彼にカーディガンを託すことにした。月額5千円で。
本当にSFチックな謎アイテムだったらまた別途相談すると契約書も書いてくれた。
なんて良いカモなんだ……。
「出現したビスケットについてはどうする?」
「それは成分しだいだね」
若返り効果とかあったらイノベーションじゃない?
「調べる気力もこれを使って何かできるわけでもないけど、第一発見者としての利益は受け取りたい」
「正直だね、君は」
彼は嬉しそうにビスケットとカーディガンを持っていった。
研究報告として定期的にチャットが送られてくる。そして大学卒業しても彼のキャリアはスケールが大きくなっていった。
ビスケット自体は、大手お菓子メーカーのビスケットと同じものだったらしい。
そうして彼が隣から引っ越した後も時折、協力者として彼と会う。普通の喫茶店で周囲に私服のガードマンがいた時は驚いた。
「実はこれは『魔法』なんじゃないかって話になっててね」
「なんか……(私のカーディガンのせいで)科学者の道へ進んだはずなのに、オカルト博士への道を歩んでるね」
「魔法、とは言っても新しいエネルギーが発見されるかもってだけだから。まだまだ科学だよ」
「そんなもんなんだ……」
はたして数年後、私は彼へまた新しい『謎』が生まれたことをチャットで送った。
子供のために幼稚園用のきんちゃく袋を作っていたところ、袋の中から赤とんぼが発生したのだ。
思い当たることがあるとすれば夕焼け小焼けを歌いながら作っていたことだろうか。
副業として友達から引き受けていた『幼稚園入園準備の手伝い』が進まない!
彼に連絡していくなかで前回と今回の共通点をまとめた。
数日後に部屋のインターホンが鳴った。
「調べるべきは、ビスケットでもポケットでもなく君だったみたいだね!」
「じゃあこれはいらない?」
赤とんぼ発生袋を見せると、「いるいる!!」飛びつくように受け取った。彼が袋を開けると一匹の赤とんぼが部屋を飛び始めた。
もし私が童謡を歌い、衣服と組み合わせて起きているのだとしたら、なんて限定的な能力なんだろう。
それに自分が何かをしている実感もない。
「あ、これお土産」
中を見るとトッピングされたビスケットが入っていた。
「現象の解明はできなかったけど、ちょい足しレシピは続々開発中さ」
もはや解明を諦めてるじゃない。ということは、これはオカルト現象のたぐいってことでいいのよ、ね?
「解明はできてないけど、おなかが空いた時には便利だから研究の合間にみんなポケット叩いてるよ。とりあえず、これからも協力よろしく!」
彼と協力して、こんどは『おむすびころりん』を歌いながらコートのポケットを叩いてみると、おむすびを吸い込むコートが生まれてしまった。
やっぱりこれ、オカルト現象じゃない……?
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