第37話 もどき
仕事帰りの人間でごった返した商店街で、私はコロッケを頬張りながら商店街名物のとあるケーキ屋さんに向かった。
とあるケーキ屋の良い所は、店名が『とあるケーキ屋』という洒落た店名だ。
おしゃれじゃなくてだじゃれ。こういうところがポイント高いんだ。
仕事帰りに彼氏と公園で待ち合わせて、ケーキを食べる。ささやかだが、大切な時間だ。
そもそも彼氏と出会ったのもとあるケーキ屋さんだし。あのお店はまさに恋のキューピッドだ。
「は、ぁちち」
ついつい香りに負けて購入してしまった百円コロッケは熱々でほくほくだ。
とあるケーキ屋に行くといつも購入してしまう。節約したい心を折ってくる美味しさがたまらない!
仕事終わりに楽しみにしていたとあるケーキ屋さん。
うきうきと歩を進めたところ、見た事がないシャッターが現れた。とあるケーキ屋があった場所だ。
シャッターの張り紙の文字に目をこらす。
「ん? んんんん???」
『任務が終わったのでこの作戦を中止します』
意味が分からない。
とあるケーキ屋さんはテレビにも取り上げられるくらいにこの辺りでは有名で、いつもにぎやかだった。経営が苦しいにしてもこんな張り紙は意味が分からない。
「お、サキ!」
彼氏がこちらに向かって歩いてきていた。軽く手を上げている彼に釣られて私も手を上げた。
「そらくん!」
「仕事早く終わったからきちゃった、へへ」
「私もちょっと早く終わったんだ♪」
彼氏とハイタッチすると、二人でとあるケーキ屋さんの張り紙を見た。
「どういう意味だと思う?」
私が聞くと、彼氏はとても嬉しそうに微笑んだ。
「うんうん。地球への派遣が終わったんだねぇ」
「何か知ってるの?」
彼氏であるそらくんが当然のようにそんな不思議なことを言うので私は首をかしげてしまう。
ガシャン!
ガシャガシャガガガガガ!
突然の金属音に驚くと、とあるケーキ屋さんの店舗のシャッターが激しく揺れていた。
「おっ、ちょうど帰るみたいだね! サキもほら手を振って!」
「う、うん」
そらくんに促され、私たちは空に向かって手を振った。
ガコンガッコン!
ゴゴゴゴゴゴゴ!!!
ロケットのような音を立てて、とあるケーキ屋さんの店舗が空に打ちあがった。
私も、そして商店街にいた人々もみんな茫然と空を見上げた。
唯一そらくんだけが、にこにこと店舗跡地を眺めていた。
「あ……あれ、何?」
「仕事が終わったって事」
「仕事?」
とあるケーキ屋さんは何十年もケーキを作っていた。今はパティシエの奥様が一人で経営している。たしか先月旦那さんが亡くなられたばかりだ。
「人間と恋すること」
当然のように言うそらくんが、私には理解できなかった。
まるで、まるで彼らは人間ではないとでも言っているような……。
ポトリ。
私の手の中にあった食べかけのコロッケは地面に落ちてひしゃげてしまった。
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