第27話 安寧のための嘘

 私はこの施設で、死を待つ人々を看護している。

 苦しみもだえる人の汗を拭き、溶けてしまった氷水を片付ける。


 ご飯を自力で食べることすら敵わない、けれども死ぬこともできない彼らに私は寄り添って涙を流す。


「もう食べたくない。殺してくれ」

「あなたに生きていてほしい人が、きっといますから」


 そうなだめるのが日課だ。

 殺してくれ、という時の彼らは、その瞬間だけとてつもない力を出すことがある。昔なら、別の場所なら彼らの願いを叶えてくれるところもあるかもしれない。


「人殺し」


 施設の中で、私を見掛けるたびに罵る少年は、同じ症状で苦しみながらも情報収集に積極的でかつ外部との連絡を取りたがっていた。


 なんと罵られようと、私はできる限り彼らの命をつむぐことだけが仕事だ。

 たとえ本人たちの願いとは違っても。


 そうこうしているうちに、うちの施設にも箱にいっぱいの薬が届いた。

 別の施設はその薬が届いた後、ゆっくりと閉鎖されていった。私は症状がひどい者から優先して声をかけた。


「この薬を飲めば楽になれます」


 そう彼らに言うと、高齢のものは我先にと薬を奪い取った。

 薬を飲んだ彼らは、幸せそうな笑みを浮かべて数日をかけて痛みのない日を楽しんで、力尽きた


 その様子を見て、一時でも苦痛から逃れられるのならば、と薬を飲んでいく。

 施設の必要がなくなった箇所を閉鎖していく。


 彼らと私は、種族が違う。

 だというのに、罪悪感と無力感が強い。


「人殺し!」

「あなたはどうしますか?」


 私の言葉に少年が口ごもる。


「この薬は、あなた方の惑星のものです」

「……」

「あなたにはもう捕虜の価値もないということです」


 私は彼を諭すように言った。

 外部情報が伝わらないように、彼らの前では絶対に持ち歩かなかったスマホを見せる。ニュースサイトをいくつも彼に見せた。


『惑星間交渉決裂!』


 人口が増えたことで新しい居住区を探しに来た宇宙人類。

 侵略しに来た惑星は調査がされておらず、彼らは騙されて地球にやってきた。事前の交渉すらなく、地球の環境に適応できずにこうして彼らは苦しんでいる。


 戦争状態になることはなかったが、突然現れた飛来者に地球人は困惑していた。

 交渉とは名ばかり。彼らの代表からは、仲間の死体はどうにでもしてくれ、という言葉が届いただけだった。


 地球も人類の人口が多いことは問題になっている。そのことによって起きる土地、食料の問題、格差…。

 だからこそ、新しい人類ですよろしくね、などと言って友好でも、地球規模の問題はただ大きくなるばかり。


 そうしたら今度は、この薬。


「この星に来たら、食うには困らないと聞いていたんだ!」

「国によりますね」

「だから必死に言葉を覚えたのに……」


 私は、薬が届いて数日してから毎日、苦痛から解放された彼らの遺体を大学や研究施設に送っていた。

 彼らは、苦しんでいる時、私には分からない言葉を使う。


「惑星間では交渉は失敗しています。そもそも交渉の余地はなかったということですが……」

「ただ生きることがダメだっていうのかよ!」


 私はガセネタかもしれない、一つのSNSの投稿をスマホに表示した。

 地球人の力を借りて、地球に適応できる薬を作る、もしくは補助装置を作るために研究しているという宇宙人類を名乗るものの投稿だった。


 宇宙人類は明らかに人間と違う容姿をしているが、服装や何かで誤魔化せないこともない。それに、宇宙を旅してきた技術は本物だ。

 投稿主は、その移民団の中でもトップに位置する生き残りを名乗っている。


「この人は、協力を呼び掛ける地球人、宇宙人類を募集しています。この投稿が本物だったら個人間での協力は可能かもしれませんね」

「何がいいたい」

「この施設は月末に閉鎖を言い渡されています。あなたの行く先はないので、引き取り先を探さなければいけません。次の施設では薬を飲むことを強要されるかもしれません」


 私は彼にスマホを渡した。


 地球の人口は増えたものの、少子高齢化社会であり労働人口として私のようなクローン技術で量産された人間が大半になっている。

 彼は絶対にあきらめないだろうし、あきらめないでほしい。


「この情報は真実ではない可能性があります」


 今まで意味を成していなかった、彼につけられた識別タグを外した。痛みでぼやく彼を無理やりつれて、施設を案内する。


「必要な情報はお渡しできたかと思います」

「ちょっと待て、二~三日時間をくれ」

「はい」


 彼は必死にスマホの使い方を見様見真似で覚えいった。私がスマホの料金や、位置情報が教えられていることを伝えると嫌な顔をしたが、次のスマホを見つけるまで身分を偽造するためにこのスマホは必要だ。

 思いがけなく生まれた時間で、私は口座から小口で金を引き出して彼に渡した。


「あんた、なんでこんなことしてくれるんだ?」

「人殺しは、やっぱり嫌なんです」


 少年は困惑した顔をしていた。施設から必要なものを集めに戻った彼を入口で待つ。出入口には厳重なロックが仕掛けられているから。


 彼の旅路は困難なもので危険なものだ。だが、上手くいくことを祈っている。


 クローンには、自由が少ない。

 それなのに罰則は多い。

 人間と同じように行動したいと思い、壊れていった仲間も多い。だから、考えないことが正義だ。耐用年数の終わりを静かに待つ。


 私は彼らと自分を重ねていたのかもしれない。


 しんどさから私のように体の大半を機械に置き換えるものも多い。

 出入口のロックを外した。

 『人間』の少年を今この瞬間だけ救う自己満足の代償は、頭に必死に響くエラーアラートだ。

 本来、私にロックを外す権限はない。


 今回の規約違反で、私に未来はないだろう。ああ、やはり怖い。

 私はポケットにしまいこんでいた薬を飲み込んだ。


 ぐわんと現実が遠いもののように感じられ、今まで気にしていなかった風の音や葉のこすれる音が大きく聞こえる。

 ぼんやりと考える力がなくなっていくのを意識しながら、私は地球に溺れた。


 労働階級のクローン人間は、嘘をつくことが許されていない。

 それで人間関係が悪くなることもあるが、人類に対する反乱の危険を抑止するためには必要な措置ともいえる。


 仕事の未達成で起きたエラーアラート。地球に飲み込まれたと思ったが、近づく足音で、私は少し現実を取り戻した。


「おい!」


 最初で最期、私は一つ嘘をつく。


「君は絶対に幸せになれるよ」


 私のクローン人間として許されない違反に、施設から警報がなる。

 その音に、少し迷っていた少年の足音は、すべてを振り切るように遠ざかっていった。


 私は、本当に彼に幸せになってもらいたい。そう思ってるのに、私のこの言葉は『嘘』なんだ。


 薬のおかげでこれから来るだろう罰則や、私の終わりに不安はない。

 だけど、こんなに悲しい思いをしたことは今までなかった。

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