第20話 永遠のバッターボックス
ジリジリと肌を焼く太陽、のどがずっと乾いている。
俺とあいつまでの18.44メートルの距離は永遠に縮むことはないんじゃないかと思う。俺は永遠にこのバッターボックスで三振を続けている。
中学三年、野球部での引退試合でチームはボロ負けしてしまった。
だからこそ、かもしれない。負けたくなかった。
「おまじないのようなものだが、使いどころには気をつけなさい」
祖父が毎朝、俺に言っていたその言葉が何度も頭の中で繰り返される。
うちの家系には一つのおまじないが伝わっている。
それは「人生で何か一つだけやり直せる」というもの。
祖父は祖母との初デートをやり直したという。母は学生時代の文化祭でのやらかしをなかったことに。
先祖ではお茶をこぼしたことにその『一つ』を使ってしまって語り継がれている人もいるという。
俺はバッターボックスで三振した瞬間、強く「やり直したい」と願ってしまった。
近くでお互いがライバル視しているような関係の学校同士だったが、あいつがピッチャーをするようになってからあの学校はほとんど負け知らずだ。
だから、あいつと同い年の俺はずっと試合で負け続けてきた。
でも俺はほとんどが補欠だったから、まだくやしさや嫉妬なんかは少ない方だった。それでも、どうしても、勝てないとしても、あいつからファールの一つでもとってやりたいと思った。
そうしてもうどれくらいだろう、祖父の言葉はしょうもないことに使うな、という意味だったと思う。
だが、今は別の意味を持っているようにも思う。
願いによっては、人には扱い切れないもの。そうだ、やり直しなんて本来やってはいけない事、願っても世迷言なはずだ。
バッターボックスから出たらすぐにでもスポーツドリンクを飲み干したい。ずっとのどが渇いている。
何度も三振を続けているうちに体は回復しているはずなのに、目の焦点があわなくなっていくような気もする。
倒れても、気づくとまたバッターボックスに戻される。
投げるタイミングもコースも分かっている。だからこそスピードに目が慣れさえすればバットに当てられる。
やっとバットのタイミングが合うようになってから、あいつは球種を変えるようになった。
俺はやり直している。あいつは元から相手を見て変化球を使い分けていた。
カーブ、スライダー、シュート。直球しか投げていなかったはずのあいつは繰り返しの時間の中で俺に変化球を織り交ぜるようになっていた。
俺が変化すれば未来も変わるし、相手の対応も変わる。
こんなやつに勝てるはずがない。そう思いながらも俺は必死にバッターボックスでバットを振り続けた。
真夏の炎天下――。
――コッ
バットにボールが当たり、後ろのフェンスにガシャンとぶつかった。
「当たった……?」
その場に膝から座り込むと、審判が熱中症や怪我を心配しタイムを宣告した。
「大丈夫か!?」
手足が震えている。立ち上がれない俺を心配して監督が走り寄って来た。ピッチャーのあいつはデッドボールではないものの、何かあったのかと不安そうにしている。
「あ、当たった……当たったんですよ!!!!! ボールが!!!」
事情を説明しようとしても、ボールがバットに当たったことしか言えなかった。それを叫んだところで俺の中学の部活の記憶は途絶えていた。
やり直しのことを家族に相談したら、小馬鹿にされ同情もされた。
やっと俺の夏は終わった。
高校や大学を卒業して、中学の引退試合でのことは笑い話になっていった。
最初は黒歴史だったが、笑い話になったのは、悪魔のようにも思えたピッチャーのあいつがプロの野球選手になってくれたからだ。
その躍進を応援しながら、あの永遠に続く夏を思い出す。
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