(仮)猫生と人生

ラムココ/高橋ココ

第1話

吾輩は猫である。名前はまだない。

そんな吾輩は今、絶賛お昼寝中である。

「にゃーん」

「…………」

「みゃーう」

「…………」

「にゃあ……」

「…………」

いつもなら撫でてくれるのに今日に限って何もしてくれない。

どうして? ねぇどうしてなの? もっと私を可愛がってよ! ご主人様!! 私はベッドの上で丸くなるとご主人様に背を向けた。

もう知らないもんっ。

私のことなんかほっといて仕事に行ってきなさいよ。

ご主人様なんて嫌いだぁ……ぐすん……。

そう思っていたら、後ろから抱きしめられた。

えへへぇ~♪ やっぱりご主人様は優しいや。

私が寂しがっているのに気づいてくれたんだね。

大好きだよ、ご主人様! 私は嬉しくなって喉をゴロゴロ鳴らしながら頭を擦り付けた。

すると突然、首筋に鋭い痛みを感じた。

痛い! 何するの!? 思わず飛び起きると、そこには血のついたナイフを持ったご主人様がいた。

えっ……? なんでそんな怖い顔をしているの? どうしてナイフを持っているの? ご主人様の手には小さな瓶も握られていた。

それって確か傷薬じゃなかったっけ? それをどうするつもりなの? まさか私に使うつもりじゃないよね? 嫌だよぉ……痛いのは嫌だよぉ……。

ごめんなさいご主人様……。

謝るから許して下さい……。

お願いします……。

だからその薬だけは使わないで……。

私は必死になって懇願したけど、ご主人様は無言のまま近づいてきた。

そして―――

ザクッ! 身体中に激痛が走ったと思った瞬間、目の前が真っ暗になった。

◆ 目が覚めると、そこは見慣れた天井だった。……夢か。

またあの時のことを思い出してしまった。

最近はほとんど見ることがなくなっていたのに……。

それもこれも全部アイツらのせいだ。

私は隣で眠る愛しい存在を抱き寄せて眠りについた。………………

「にゃんこさんおはよう!」

『にゃあ!』

「昨日はよく眠れたか?」

『うん』

「そうか。それは良かった」

私はいつものように庭に出ると、塀の上に登った。

すると、ちょうど屋敷から出てきたご主人様とメイドさんが見えた。

2人は笑顔を浮かべながら手を繋いでいる。……チクショウ! 見せつけやがって! いい加減にしろよクソ野郎!! 私は怒りに任せて壁を引っ掻いた。…………あれ? なんか変な感触があったような気がするんだけど気のせいかな? まぁいっか。気にしない気にしないっと。

それよりも今はご飯の時間だし早く戻ろう。

私は急いで部屋に戻った。

「あら? こんなところに猫ちゃんがいるわね」

声の主を見上げると、そこには見たことのない女の人が立っていた。

誰だろうこの人? すごく綺麗な人だけど初めて会う人だよね?……でもどこかで会ったことがあるような気がするんだよなぁ。どこだっけ? 私が首を傾げていると、女は私に向かって手を伸ばしてきた。

ヤバい逃げないと!!……でも足が動かない。なんで? どうしてなの? まるで金縛りにあったみたいに動けないよ。

「怖くないから出ておいで」

優しい声で語りかけてくるけど騙されちゃダメだ。きっとこの人もご主人様と同じなんだ。だってほら見てよ、目の奥が全く笑っていないもの。

それにこの人の手からは血の臭いがする。……絶対に近づいちゃいけない。本能的にそう思った。

「……仕方がない子ね。言うことを聞かない悪い子はお仕置きが必要かしら?」……お仕置き? 一体何をされるの? やめてよ、怖いこと言わないで! 嫌だよぉ助けてご主人様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!………………

目が覚めた時、そこは自分の部屋の中だった。

また夢を見たのか……。最近はよく昔の夢を見るようになった。

あの頃の俺は本当に愚かで馬鹿で救いようのない人間だった。

大切な家族を傷付け、苦しめ、死に追いやった。

全ては俺の弱さが原因だった。

あの時はただ必死で、自分が助かりたい一心で家族を捨てた。

その結果がこれだ。

今更悔やんでも遅いことは分かっている。だがそれでも考えずにはいられないのだ。もしあのまま一緒に暮らし続けていたら、何か変わったのではないか? せめて最期くらいは傍にいてやるべきではなかったのか? 答えの出ない自問自答を繰り返す日々が続いた。

そんなある日のことだった。

いつものように仕事を終えて家に帰ると、リビングのテーブルに手紙が置かれていた。差出人の名前はない。

嫌な予感がした。

震える手で封を切ると、中に入っていたのは一枚の写真だけだった。

そこに写っていたのは、見覚えのある顔ぶれだった。

妻と息子、そして妻の両親の姿もある。皆楽しそうな表情をしていた。

写真の裏には日付だけが書かれていた。

恐らく隠し撮りされたものだと思われる。

それから毎日のように同じ時間になると手紙が届くようになった。

そこには決まって写真と一言だけメッセージが書かれている。

『次はお前の番だ』

その文字を見る度に心臓を鷲掴みにされているような気分になる。どうすればいい? どうしたらこの悪夢から逃れることができる? 誰か教えてくれ……頼むから……。

「お兄様、今日は何をして遊ぶ?」

「そうだな……。じゃあ追いかけっこしようぜ!」

「うん! 負けないもんね!!」

「望むところだ!……よし、それなら負けた方は勝った方の言うことを聞くっていうのはどうだ?」

「分かった! それで良いよ。その代わり絶対だよ! 約束だからね!?」

「ああ、もちろんだ」

僕は妹と一緒に庭に出た。

「ねぇ、もうちょっと離れてくれる? 動きにくいんだけど……」

「別に良いだろ。兄妹なんだから」

「良くない。離れてってば!」

「嫌だ!」

僕たちは屋敷の塀の前で言い合いになっていた。

「あの2人は相変わらず仲が良いですね」

「ええ、そうですわね。羨ましい限りですわ」

「全くだ。私も弟か妹が欲しかった」

「まあまあ、その話はまたの機会にしましょう。それよりそろそろ始めませんか?」

「それもそうね」

「では、参りますよ」

「「「「「「「最初はグー! じゃんけん――ポンッ!」」」」」」」

「私の勝ちね!」

「ちぇっ、あと少しだったのになぁ。今度は勝つからな!」

「ふふん♪ いつでも受けて立つからかかってきなさい!」

「言ったな? よし、見てろよ?……いくぞ! ジャンケン――ポンッ!」

「やった! また私の勝ちね!」

「うぅ~悔しいなぁ」

「まだまだね、お兄様」

「むぅ……もう一回だ!」

「何度やっても同じだと思うけどなぁ」

「うるさいなぁ、黙ってやれよ!」

「はいはい、分かりました。……行くわよ? ジャンケン――ポンッ!」

「……やっぱり僕の負けかぁ」

「これで3勝1敗だね。……あれ? ひょっとして泣いてるの?」

「な、泣くわけないだろ!! 目にゴミが入っただけだよ!!」

「はいはい、そういうことにしておいてあげる。あ、それと今晩はハンバーグが食べたい」

「分かったよ。でも母さんにお願いしないと無理かもな」

「大丈夫よ。きっと作ってくれるはずだから」

「そうかな?」

「そうよ。だって私はお兄様の妹なんだもの。……ね?」

「……そうだね。じゃあ早速聞いてみるよ。ありがとうアイリ。……大好きだよ」

「……お兄様のバカ///」

「……ん? どうかしたのか?」

「何でもない! ほら、早く行こう! 日が暮れちゃうでしょ!」

「そんなに急ぐなって。ほら、ちゃんと前を見て歩かないと危ないぞ?」

「分かってるってば!」

「本当か? ならいいけど。……ところでさっきから気になってたんだけど、どうして隠れてるんだ?」

僕は物陰に隠れている人物に声をかけた。

「あら、バレてしまいましたか」

「いつから見てたんですか?」

「最初からですよ。お二人とも楽しそうにしていましたので声をかけるタイミングを逃してしまったんです」

「だったら声を掛けてくれれば良かったのに」

「いえ、とても微笑ましい光景だったので邪魔するのは悪いと思いまして」

「そうだったんですか。でも安心しました」

「何故でしょうか?」

「実はこの子がずっと緊張しているみたいだったから心配していたんですよ」

「そうだったのですか。でももう大丈夫そうですね」

「はい、そのようです」

「ねぇ、何の話をしているの?」

「なんでもありませんよ。それよりもう行きましょうか」

「そうだね。じゃあ僕たちはそろそろ失礼します」

「ええ、楽しんできて下さいね」

「はい、行ってきます!」

「いってきまーす!」

「お父様、お帰りなさいませ。ご無事のお戻り嬉しく思います」

「ただいま。それで例のものは?」

「こちらにございます」

「よし、よくやった。それで? 首尾の方はどうなっている?」

「抜かりなく。既に準備は整っております」

「そうか。では早速始めるとしよう。全てはこの国の為なのだからな……」

「お兄様、今日はどこに遊びに行く?」

「そうだな……。じゃあ森の湖に行ってみないか?」

「良いけど、なんで?」

「前に散歩をしていた時に偶然見つけたんだよ。すごく綺麗な場所だったし、アイリにも見せてあげたいと思って」

「ふ~ん、そうなんだ。じゃあ決まりね! あ、そうだ! せっかくだしピクニック気分を味わおうよ!」

「良いね! それならサンドイッチを作っていこう」

「うん!……ねぇ、それってもしかしなくても私が作ったやつじゃないよね?」

「えっと……それは……」

「正直に言ってくれたら許してあげないこともないんだけど……」

「すみませんでした。全部僕が作りました……」

「よろしい! 素直な子は嫌いじゃないよ」

「ははは、ありがとう」

「どういたしまして」

僕たちは森の中にある小さな湖の畔に来ていた。

「うわぁ、すごい景色だね!」

「ああ、それに静かだから落ち着いて過ごせそうだ」

「そうだね。ねぇ、ここでお昼ご飯を食べよっか?」

「ああ、そうしようか」


この後僕たちは、心地よく昼食を取った。

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