第四十一話 必ず約束する。だから、待ってていてくれ

「風花、シートベルトは装着しているか?」

「ばばばばばば、ばっちりです」


 全然バッチリではない返事だった。

 入場前は俺のほうが不安だと話していたが、どうやら風花は強がっていただけらしい。

 

「確認しますので、そのままでお待ちくださーい!」


 キャストさんの声がその場に響き渡る。

 俺たちはジェットコースターに乗り込み、今まさに出発しようとしていた。


 外見はネズミの形をしているのでほのぼのに見えるが、最高速度は百キロを超えるらしい。

 絶叫系は随分と久しぶりだが、隣の風花のほうが不安だ。


「リタイアできるらしいぞ」

「だだだだだだ、大丈夫です!」


 どっちかよくわからない不安な答えだが、本人の意思を尊重することにするか……。


 プルルルという発信音が響いた瞬間、風花の顔は見たことがないほどガチガチになった。

 大勢の人の前で歌声を披露するときも、映画の撮影で一発OKしないといけないときも、こんな顔はしていない。


 それがなんだか少し面白くて、思わず笑ってしまった。


「ははっ、風花でも緊張するんだな」

「え、ええ!? そりゃしますよお!?」

「そこまでの顔初めて見たよ」

「そんなヤバイ顔してますか?」

「かなりね、撮影したいくらいだ」

「だだだだだ、ダメです」


 ガタンゴトンと天高く昇っていく。

 風花の表情から生気が消えていく。


 なんだか可哀想になってくる。

 といっても、本人が希望したのだが。


「ほら」


 震えてる手を少しでも抑えてあげようと軽く抑えた。

 二人掛けなので誰からも見られることはないだろう。


「し、式さん……」


 すると風花は目を瞑りながら手をくるりとひるがえし、ぎゅっと握りしめてきた。

 これにはさすがにドキッとしたが、同時に可愛いなとも思った。


「そろそろ落ちるぞ!」

「こ、こわいです!」


 登頂した後、緩やかなカーブでカウントダウンがはじまる。

 そして――思い切り急降下した。


「きゃああああああああああああ」

「え? え、ええええええええええええ」

 

 だが俺が思っていた以上だった。

 この悲鳴は風花ではなく、そう、俺の声だ。


 浮遊感もすさまじく、何度も高低差の坂道で揺さぶられる心臓。


「ぎゃあああああああああああああ」

「し、式さん大丈夫ですか!?」


 気づけば立場が逆転、俺は強く強く、それはもう強く風花の手を握りしめたのだった。


 ◇


「死んだ……」

「見たところギリギリ生きてます」

「ギリギリか……」


 頼れるところを見せようと思ったが、反対に情けない所を見せてしまった。

 足なんてまだ震えているし、声もうわずっている気がする。


 そして気づけばまだ手を握っていた。


「あ、ご、ごめん!?」


 慌てて離そうとしたが、風花が強く握っていて離れなかった。


「もう少しだけ、それにもう暗いですし大丈夫ですよ」

「そ、そうか!? でも!?」

「……もう少しだけ」


 風花の言う通り、気づけば外が暗い。

 ジェットコースターに乗る前に色々と見まわったりしていたので時間が経過していたのだろう。


 そしてパレードの行進音が聞こえてきた。

 確かにみんな夢中で、俺たちの手元なんて誰も見ていない。


「……式さん、見に来ませんか?」

「ああ、行こう」


 光輝くパレードは綺麗だった。

 キャストさんも笑顔で、見ている人も皆楽し気で、幸せで溢れていく。


 まるで今までの俺と風花の思い出のように。


 誰にだって時間は有限で、良い思い出も嫌な思い出も過ぎ去っていく。


 一つ、一つとパレードの乗り物が俺たちの視界から消えるたび、風花の握りしめる手が強くなっていた。

 

 もしかしたら、俺と同じことを考えていたのかもしれない。


 今までの記憶が、幸せで楽しかったことが過去になっていく。


「綺麗だな」

「……はい」


 やがてパレードが終わり、閉園の時間が来た。

 俺たちはお土産を買うこともせず、ゆっくりと近くのベンチに座った。


 風花は長い間言葉を話さず、ただそれでも手は離したくはないという感じだった。


 だが俺も同じだった。まだもう少し余韻に浸っていたい。


 ずっとここにいれば明日は来ないのだ。


 だが何事にも終わりはある。

  

 我儘は言えない。


「ありがとな、風花」

「……何がですか?」

「俺の為に話してくれたんだろ。マネージャーを続けてほしいって」

「……知ってたんですか」

「ああ、聞いた。ごめんな」


 風花は山本さんのことを信頼している。それに大好好きなはずだ。

 それなのに俺にマネージャーを続けてほしいなんて伝えるのは心苦しかっただろうし、申し訳なさもあったはず。


 ……感謝しかなかった。


「うっ……うう……ひっく……ひっく」


 すると隣から泣き声が聞こえた。

 慌てて顔を向けると、風花が涙をポロポロ流していた。


「風花!?」

「うっ……う………」


 涙で言葉が話せないらしく、時折えづくように声をあげた。


「さみしい……私……式さんともっと仕事がしたかった……一緒にいたかった」


 それまるで無邪気な子供のようだった。

 いつもと違って砕けた口調で、さみしいと言ってくれる。


 悲しくて、辛くて、そして嬉しかった。


「ごめん、全部俺の力不足なんだ。風花は悪くない」

「そんな……式さんは凄いです! いつも、いつも凄いです。全部、何もかも私の為に……。――私、考えたんです」

「考えた?」

「一緒に……事務所を作りませんか? それで二人で一緒に働くんです! 私、今より仕事します! 一生懸命に仕事をすればきっと!」

「ダメだ」

「え……」


 涙ながらに叫ぶような風花の肩を抑えて、まっすぐ目を見つめた。


「芸能界はそんな甘くない。それは風花もわかってるだろ」

「でも……でも……」

「いいか? 俺は担当から外れるだけだ。君の傍からいなくなるわけじゃない」

「…………」

「けど、約束するよ。今よりもっと勉強して、誰からも認められるようになって、再び君のマネージャーになる。本当だ」


 ゆっくりと小指を差し出す。風花は涙を拭いながらゆっくりと手を出した。


「本当ですか?」

「ああ、指切りげんまんだ」

「……絶対、ですからね」


 涙をぼろぼろと流しながら、俺たちは固い約束を誓った。


 そして一ヵ月後、俺は安藤風花の代理マネージャーを全うし、正式にその任を終えた。


 

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