第三十一話 小さな命を拾いました。

「式さん、止めてくださいっ!」

「え? 道路のど真ん中だぞ?」

「だったら、端に寄せてくれませんか!? 早く!!!」

「え、えええ、あああああわかった! 待て、待ってくれ!」


 局へ向かう途中、風花が突然に声を荒げた。

 今までこんなことはない。俺は何かあったのかと焦って、路肩に止める。


 風花はすぐにシートベルトを外すと、勢いよく扉を開けた。


「風花!? 危ないぞっ!」

 

 追いかけようとしたが、運転席側に車が来ていて動けない。

 ミラーを覗くと、風花は突然道路の真ん中でしゃがみ込んだ。


「おいおい、どうしたんだよ!?」


 あまりの展開に頭が追いつかない。

 急いで追いかけようとしていたが、風花は前かがみの姿勢で安全な場所へ移動した。


 ホッと胸を撫で下ろし、彼女は歩いて戻って来る。

 ドアがガチャリと開いた瞬間、流石に怒鳴っ――


「風花、何して――」

「式さん、動物病院に向かってください! 足から血が出ちゃってます!」

「にゃおーん」

「……へ? 子猫?」

「はやく!!」

「撮影があるんだけどああああ、行くぞ! シートルベルト!」

「はい!」


 頭が追いつかないが、とにかく俺は急いで動物病院に向かうのだった。


 ◇


「軽い怪我ですね。血はもう随分前に塞がっているみたいなので、問題ないです」

「良かったああああああ……」


 最寄りの動物病院で見てもらったあと、温和そうな医師からそう言われた。

 風花はようやく笑顔になり、真っ白い子猫の頭を撫でる。


「よしよし、良かったねえ」

「にゃおー!」


 本当に良かった。けれども、俺は厳しい言葉を言い放たないといけない。

 深呼吸して、心を鬼にする。


「風花、もうあんなことは絶対しないでくれ。いくら助ける為とはいえ、危険すぎる。君が何かあったりしたら俺は耐えられない。わかったな?」

「はい……ごめんなさい、式さん」

 

 どうやら心から反省しているみたいだ。

 今までに見た事がないほど落ち込んでいる。わかっているならこれ以上は言う必要がないな……。


「……まあでも、良かったよ。よくやった、偉いぞ」

「えへへ、えへへえ。良かったね、猫ちゃん!」


 頭を撫でてやるとすぐに笑顔になった。

 ちょっと甘やかしすぎか……? まあでも、こういうところが風花のいいところだもんな。

 その時、ハッと時計を確認するを見ると飛んでもない事に気づく。


「撮影が! 風花行くぞ!」

「え、あ、あああ!」


 急い出ようとしたが、医師から子猫の預かりは出来ませんと言われてしまう。

 当然だが、どうしようもなかった。


 ということで……。


 ◇


「にゃお!」

「……頼むから静かにしてくれ、遅刻した上に子猫まで持ってきて居心地が悪いんだ」

「にゃお?」


 結局、楽屋の中で預かることになった。

 もちろんスタッフさん達には話したが、苦笑いでしょうがないですとねと言われている。


「にゃごー、ばりばりばり」

「おい!? 畳の上で爪とぎするなって!?」


 段ボールの箱は病院でもらったが、ずっと鳴くのでそのまま入れておくことはできなかった。

 それに……ちょっと可哀想だった。


「はあ……ほら、チャールだぞ」

「にゃっ!」


 まったく……手間のかかる子猫だ。


 そのとき、ドアがガチャリと開く。

 勢いよく叫びながら入って来たのは、撮影を終えた風花だった。


「にゃんにゃんどうですか!?」

「にゃお?」

「ほら、元気だってさ」

「かわいい……かわいいーっ!」


 突然しゃがみ込んで、同じ猫みたいにくねくねと体を揺らす風花。

 うーん、可愛いな……!


「撮影付き添えなくて悪いな。流石に猫をスタッフに任せるのも無責任でな」

「大丈夫ですよ! ニャン太を見てくれてありがとうございます!」

「……ニャン太?」

「はい! ねっ、ニャン太ーっ」


 まるで子供が付けそうな名前だなと思ったが、そういえば風花は子供だったことをすぐに思い出す。

 油断するとすぐ頭から消えてしまう。


「それで何で戻って来たんだ? 押してるのか?」

「いえ! 子猫ちゃんのことを話したら、残りは後日でいいって!」

「……なんでだ?」


 今日のプロデューサーは鬼軍曹と言われてる山田Pだ。

 とにかくミスや遅刻を許さないし、今どきめずらしい昭和のおじさんという感じだ。


 タダでも謎なのは、今日子猫を抱き抱えた俺に文句の一つもなかった。

 遅刻についても「そうか」だけだったな……。


 そしてまたドアが開く。


 現れたのは、その鬼軍曹プロデューサーだった。

 サングラス越しの鋭い瞳が、キラリと光る。


「よお」

「あ、山田さん!」

「え、あ、あ、お、お疲れ様です!」


 風貌はもうなんかヤ〇ザだ。声もヤ〇ザだし、性格もヤ〇ザ。

 でも言えない。そんなこと口が裂けても言えない。

 風花は元気よく挨拶してるが、怖くないのか?


「……ニャン太はどうだ?」

「元気です! 今、おやつをあげてました!」

「そうか……」


 あれ、山田さん今さっと何か隠した?

 ちらっとみたけど、チャールもってなかった?


「おい、式ぃ」

「は、はい!」


 思わず背筋がピンとなる。声が低くて怖いんだが……。


「ニャン太のことをちゃんと面倒見ろよ、捨てたりなんかしたら容赦しねえぞ」

「え? あ、はい! 当然です! はい!」

「そうか。じゃあな、あ、風花ちゃん。――あとでこれあげといてくれや」

「え? ――ありがとうございます!」


 山田Pは、こっそりチャールを沢山渡していた。

 なんで持っていてるの!? 撮影に使わないよね!?

 てか、ちょっと頬赤いよ!? 照れてるの!?


 バタリと扉が閉まった瞬間、ホッと一息をつく。


「はあ……心臓止まるかと思った。もしかして山田さん、猫好きなのかな?」

「あれ、知らないんですか? 山田さん、自宅で猫を10匹も飼ってるんですよ」

「……まじ?」

「はい! 名前は確か、ショコラと、クッキーと、フォンデとー」


 風花が指を折りながら一匹ずつ数えていく。そんな甘いお菓子付けちゃうのあの人?

 正直ちょっと……笑ってしまった。


「山田さん、あんな顔して猫好きなんだな、似合わなノ」

「おい式、子猫は体温調節がままならねえんだ。寝るときはあったかくしてやれよ」

「ひゃああああああああ! はい! もちろんです!」

 

 嵐のごとく再び現れる山田P

 俺は変な声を出して立ち上がってしまった。


 しかしそれだけを言ってすぐに消えていく。


 それを見ていた風花が嬉しそうに笑いだした。


「うふふ、式さん面白いです」

「にゃーーーあ!」

「ニャン太にまで笑われちったよ……」


 ここにいると俺の心は持たない。早めに帰るか。

 あ、でも……。


「ニャン太はどうしよう……ああは言ったが、考えなかったな」

「もちろん私の家で引き取りますよ! と、言いたいんですが……」

「言いたいんですが……?」

「お母さん、猫アレルギーなんです。すいません、私が拾っておいてこんな……」

「なるほど……」


 ニャン太に顔を向ける。真っ白い毛並み、ふわふわなほっぺ、柔らかそうなもち肌。

 人懐っこい目、ピンとはった耳。


「にゃーお」

「まあ今日は俺が引き取るよ。ただし飼い主が見つかるまでだぞ、ニャン太」

「ありがとうございます、式さん!」


 嬉しくて飛びついてくる風花。

 そしてなぜか一緒に飛びついてくるニャン太。


「にゃーお!」

「だったら今日は責任もって、私も式さんのお家に泊まらせていただきます!」

「……はい?」


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