第二十三話 もしかして何か隠してませんか?
風花の様子が変だ。
「ねえ式さん、この車って会社用ですか? 個人のですか?」
ジト目、いや疑いの目で俺を睨んでいる。
何を考えているのかはわからないが、明らかに不満そう。
「この車は俺だよ。会社用もあるけど、返却するのが面倒だから許可をもらってるね」
「ふーん、そうなんですね」
明らかにおかしい。助手席に座った瞬間、ダッシュボードを開けたり、鼻をくんくんさせたり、後部座席に視線を向けたり。
どうしたんだ? と聞いても、何もないです。としか答えない。
いや、明らかに何かある。
しかし心当たりもある。
……今朝、雫がリップクリームを置き忘れていたのだ。
それを見つけた風花は、静かに「誰のですか?」と訊ねてきた。
普通に答えれば良かったのだが、咄嗟すぎたこともあって、わからないと答えてしまった。
ただ、あんまりプライベートのことを話すのもなあ……。
「もう少しで家だよ。――あ……」
「どうしました?」
「風花に渡す台本を自宅に忘れてた……ごめん、後でまた届けるよ」
考えごとが多かったせいか、いつもはしないミスをしてしまった。
「だったら先に式さんの自宅に戻ってから取りに行ってもらってもいいですよ」
「でも、遅くなると美咲さんに――」
「今日は遅くなるっていってました。でも、あれから毎日帰ってきてくれるので、気にしないでください」
「そうか、じゃあそうするか」
お言葉に甘えつつ、なんだか気まずいな空気が流れたまま目的地を変更。
俺の家は小さなマンションだが、立地も悪くないので重宝している。
ほどなくして自宅に到着、車を留めて外に出る。
「じゃあすぐ戻って来るよ」
「はい」
まだ不満そうだ。まあ、後で言えばいいだろう。
黙っておく必要も特にないしな。
階段を上がってドアの前に立つと、鍵が開いていた。
……雫のやつ今日もいるのか。
玄関に入ると、テレビの音が聞こえた。おそらくつけっぱなし。
「鍵を閉めろって言ってるだろ」
「え? あ、ごめーん! いつもより早かったんだね?」
雫はフライパンを振っていた。何かご飯を作ってくれているらしい。
昔から料理が上手なので、顔には出さないがそれはちょっと楽しみだった。
「書類を取りにきただけだから、もう少しかかるよ。すぐに出る」
「えー! 一緒に映画見ようよおお」
「夜にな」
ぶーと頬を膨らます雫。短いブラウンの髪が揺れ、どこから持ってきたのかピンク色のエプロンをしている。
「じゃあまたあとでな」
玄関の扉を開いて、閉めようと思った瞬間、雫が小走りで駆けてくる。
手にはスプーンを持っていた。
「ねえねえ、一口だけ味見してくれない?」
「今? かえってからでいいだろ」
「一口だけ、ほらほら!」
と、スプーンをぱくっとした瞬間、俺の横に誰かが立っていた。
――風花だ。
目を見開いて、口をパクパクさせている。
あーん、している場面をみられているのだ。
「あ、えあ、えあ、風花?」
「え、ええと、あ、え……ごめんなさいっ!」
走り去ろうとする風花、俺は急いで追いかけ、腕を掴んだ。
「落ち着いて!?」
「すいません、彼女とのひと時を邪魔しちゃって! ごめんなさい!」
「は、はい!?」
振り返った風花の目には、涙のようなものが浮かんでいた。
そして後ろから、雫もやって来る。エプロン姿のままで。
風花は目を背けるように俯いた。見たくもない、という感じだ。
そして雫が声を掛ける。
「もしかして、安藤風花ちゃん?」
「……そうですけど」
その瞬間、俺は気付いた。”彼女”って、あれ? 勘違いしてないか?
「風花」
「いいです、車に戻ります!」
「風花、こいつはな」
「こいつって! そんなに親しいんですね!」
「親しい?」
雫が首を傾げる。そりゃ親しいよ、親しいに決まってる。
だってこいつは、いや雫は――俺の妹だ。
「風花、紹介する。このエプロン姿の女性は俺の妹だ」
「そんな紹介だなんて! え? いも……うとさん?」
「あ、申し遅れましたっ、
「え、えええ!? あ、あ、あ、安藤風花です! こちらこそお世話になっています!」
慌てふためいていた風花だったが、すぐに姿勢を正すと、まるで結婚の挨拶のように丁寧にお辞儀を返すのだった。
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