第七話 お料理会
「え、お母さんがいない!?」
「はい、朝早くに出ちゃいました。急遽仕事が入ったらしくて」
いつもお世話になっているマネージャーさんにご馳走したいとのことで、恥ずかしながらお呼ばれしたのだが、大変なことになっていた。
「さようなら」
「ええ、どこ行くんですかあ!?」
慌てる風花に背中の服を掴まれ、びょーんとスーツが伸びる。クリーニングを終えたばかりなのでやめてください。
「当たり前だ。いくらマネージャーといっても、二人きりなんて許されるわけがない」
「え……式さんって中学生に欲情しちゃうタイプなんですか……? そ、そんな……まさか……」
「帰ります」
再び服を掴まれ、これまたびよよーんとスーツが伸びる。
「じょ、冗談ですよー! ちゃんと事務所にも許可を取ってるので、心配しないてください」
「本当か?」
「確認してもらっても構いませんよ。といっても、私が嘘をつくわけないないんですけ――」
「すいません、今泉です。今、お時間よろしいでしょうか? 安藤風花との食事の件についてお訊ねしたいのですが」
「って、秒で電話してるっ!」
冷静なツッコミをよそに連絡してみたが、確かに許可は取られていた。
とっても、今回は親睦会を兼ねた食事会という体。
聞けば今朝、風花の母親から直接電話が来たらしく、仕事を出ないといけなくなった、とのことだった。
悪い人ではないんだろうが、随分と風花を一人にしているとも聞いている。
俺も片親なので、そのあたりの寂しさはわかっているつもりだが、彼女から寂しいと聞いたことはない。
それがまた心配でもある。
「式さん、お腹空いてますよね?」
「そりゃ空いてるが……」
許可は得ているものの、なんだか不安になってくる。
そのとき、風花が俺の手に持っている袋に気づく。
「それ、なんですか?」
「ああ、ほら。前に話してただろ、ここの茶菓子が食べたいって」
「えー!
ぴょんぴょん飛び跳ねる様子は、本当に子供なんだよな。いつもは大人びた表情で演技しているのでわからなくなるが。
確かに俺が気にしすぎなのかもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「はいっ! どうぞ、椅子に座ってください。まずは予定通りお昼ご飯食べましょー! その後、ばあむくうへんで!」
「そういえば作るのはお母さんの予定だっただろ? だったら、出前でも取るか」
「む、式さんって私のこと舐めてますね」
「いや、まあ料理が得意ってのはプロフで知ってるけど……」
芸能プロダクションのHPにはプロフィールが記載されている。もちろんほとんどが真実だが、料理上手ってのは書いているだけの時もある。中にはプロ並! という人も本当にるが、大抵は番組の幅を上げるためだ。
もちろん例外もあるが……。
「ちゃんと得意です。毎日、作ってますからね」
「そうか、それは悪かったな。だったら俺も手伝うよ。こうみえてそこそこ料理はできるんだ」
「えー、式さんこそ怪しいですけどー」
「ならば大人の力を見せてやろう。で、今日の献立は?」
「ハンバーグを作ろうかなと思ってました。お昼だし軽いものにしようか悩んだのですが、夕食を一緒に食べることはできないので」
「だったら、玉ねぎをみじん切りにしてやろう。ついでにチーズも入れてやる」
「出来るんですか?」
舐めるなよ。見せてやろう、彼女もいない独身の能力を!
……っても、この台詞はもはや古いか。
◇
とんとんとん、とんとんとん、俺はもの凄い速度で玉ねぎを細かく刻んでいた。
「凄い、凄い! まるでプロ並みじゃないですか」
「そうだろう。ふふん」
少しばかり調子に乗りすぎてしまった気もするが、たまには褒められるのも悪くない。
会社をクビになったら料理人を目指すのもいいか? なんて。
「じゃあ、私も」
驚いたことに、というのは失礼か。
風花は言う通り手際が良かった。明らかに手慣れている。目分量で調味料を入れているし、料理をよくしているんだろう。
まあ、それが良いことかどうかはわからないが。
◇
「んまーいっ! 式さんの玉ねぎ、美味しいです!」
「刻んだだけだが……んっ、味噌汁かなり上手いな。隠し味でも入れてるのか?」
「よく気づきましたね。愛情という名の隠し味が――」
「ハンバーグも上手い。料理番組もばっちりですと営業しておくよ」
「そうやって乙女の話を無視するのはよくないですよ。泣いちゃいます」
思えば随分と仲良くなった。俺のことを揶揄うのは変わらないが、気を遣ってくれていないのがありがたい。
マネージャーとしての業務も楽しくなってきている。
今を時めく安藤風花の魅力を正しく世間に広めるのは、俺の仕事だ。
「式さん、今は仕事のことは忘れてくださいね」
「……どうしてわかったんだ?」
「毎日一緒にいるんですよ。そのくらいわかります」
「……わかった」
といっても、こうやってすぐに中学生に諭されてしまうんだがな。
俺もまだまだか……。
◇
「ここでいいんですか?」
「ああ、外で見られるはあまり良くないからね」
帰り際、玄関まで風花が送ってくれた。
「わかりました。今日はとっても楽しかったです。自宅に男の人がいるって、新鮮でした」
風花の父親は、随分と前に離婚している。それ以来ずっと母親と二人だ。
何気ない言葉が、俺の心に突き刺さった。
「俺も誰かとご飯を食べるのは久しぶりだったから楽しかったよ。後、お母さんに連絡も入れくね」
「はい、それではいってらっしゃい!」
「……いってらっしゃい?」
風花は、なぜか俺のネクタイを掴み、ふんふんとご機嫌な感じで整える。
最後、満足そうに笑みを浮かべた。
「……って、何してんだ」
「えへへ、憧れだったので」
一生懸命背伸びする姿は、とても可愛らしかった。
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