天邪鬼

やざき わかば

天邪鬼

 いつの頃からか、俺に天邪鬼が取り憑いた。


 数々のお話や作品などに取り上げられているので、読者の皆さんもご存知だろう。

ひねくれ者で空気を読まず、他人の意図することに逆らったりする口の悪い存在だ。


 取り憑かれたとは言いつつも、気配として何故か「天邪鬼だ」と理解できるだけで、未だに姿を一度も見ていないし、何か不都合なことが起こったわけでもない。ただ、「今、俺には天邪鬼が取り憑いている」と気配がするだけだ。


 最初はビクビクしていたが、一週間が経ち一ヶ月が経ち、いよいよ一年が経とうとしている。いい加減イライラした俺は、天邪鬼に呼びかけてみた。


「おい、天邪鬼。いるんだろう。いい加減出てきたらどうだ」


 すると素直に俺の前に現れたのは、タイトなスーツ姿でソフトハットを被り、メガネをかけ長身、額にツノを突き出した美形の男だった。

美形の男は帽子を胸に当て、俺にこう言った。


「お呼びになりましたか」


 うん? 天邪鬼はもっとこう、小鬼というか邪悪な姿をしていると思っていたが。


「君は天邪鬼かい」

「左様でございます。何なりとお申し付けを」


 そつがなく、それでいて優雅な動きで最敬礼をしてくる。


 俺はかなり戸惑ったが、これも何かのいたずらだろうと思い、

適当にお茶を入れてくれるよう頼んでみた。


「かしこまりました。少々お待ちを」


 それから数分後、菓子と紅茶を持ってきた。


「アールグレイです。付け合せにクッキーをどうぞ」


 合う。お茶も美味いがお茶請けも最高に良い。これは高いものなのだろうか。いや、何よりお茶の温度も熱すぎず温すぎずちょうど良い。これはお茶を入れ慣れている。完璧だ。


 いやいや、そういうことではない。お茶もお菓子もどうでも良い。問題は天邪鬼のイメージとかけ離れ過ぎていることだ。


「君は随分と、従来のイメージの天邪鬼とかけ離れているね」

「そうでしょうか。私はそうは思いません。

 これが今の私達のイメージと考えております」


 はて。それはまた何故だろう。


「貴方がた人間は、私たち天邪鬼に『ひねくれ者、卑屈、醜い、陰湿、人を怒らせる、口が悪い』というイメージを昔から書籍や講談などで流布し定着させてきました。もちろんそれは間違ってはおりません。私たちはひねくれ者なのです。他の方のイメージには逆らいたくなるもの。そして、この姿となりました」


 ということは、素直で聞き分けが良く、人の言うことをよく聞いて、品行方正で所作も姿も美しい今の君が、天邪鬼のスタンダードというわけか.


「その通りでございます」


 しかしそれでは、このお話が進行しなくなってしまう。聞き分けの良い天邪鬼と単なる人間が優雅にお茶を飲むだけの話なんて、面白くないだろう?


「存じ上げません。私は天邪鬼ですから。

 さて、他にご要望は? 何なりとお申し付けを…」

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天邪鬼 やざき わかば @wakaba_fight

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